第107話 王
やっと思い出した。
年始の挨拶の時に何度か遠目で見たことがあった。
これほどの人物を忘れていたなんて……いや、いやいやいや。
こんな場所に王がいるなんて、誰が思うだろうか。
この場で王に気付いているのは……一人いた。
ギルマスだ。
ヒヤヒヤした表情を浮かべながら、こちらを何度も窺っていた。
こっちに来て話をすればいいものを。
さて、どうしよう。
王はじっと皿だけを見つめている。
「ミーチャ。どうしたほうがいいんだ?」
「知らないわよ。というか、なんでこんなところにいるのよ!!」
僕が知りたいよ。
ここまではずっと小声。
ここを打開するのはギルマスしかいない。
手招きをするが、首を横に振るだけだ。
……使えない。
料理長が王に近づき、肩を叩きながら気さくに話しかけに行っている。
だ、大丈夫なのか?
あとで打ち首になったりしないよね?
なんで、ここにいるかはさておき、一旦は帰ってもらおう。
僕が公子であったことはバレないはずだ。
バレると厄介だからな。
もちろん、ミーチャも同じだ。
すると、王が皿に目を向けながら話しかけてきた。
「ミーチャ? ふふっ。偶然があるものだな。私の知っている者に同じ名前があるのだ。彼女は遠い土地にいるが……そうか。面白い偶然があるものだな」
こちらに目を向けてこないのは幸いだ。
しかし、小声で話していたはずなのに……
「そういえば、これだけ料理を振る舞ってくれた者の名を聞かなかったのは、申し訳なかった。君の名前を聞いてもいいか?」
この問いは不味い。
ミーチャにロスティと来れば、不審に思われても当然だ。
ほんの一瞬、黙っていると、機嫌のいい料理長が間に入ってきた。
「この方はロスティさんですよ。私の師匠でもあるんです」
その言葉を聞いて、王は目を細めて僕を睨みつけてきた。
「ほお。これまた偶然だな。私はその名前を持つものを知っているな。そうかそうか……ミーチャとロスティか。本当に面白いものだな。まぁ、他人であることは間違いないだろうな。その者がこれほどの料理を作れるとは思えないからな」
ドキドキしたが、なんとか誤魔化す事が出来たようだ。
あとはご退場を願うだけだ。
「これほど食べたのは生まれて初めてのことだ。代金はいかほどだ? といっても手持ちがないから、後でもってこさせよう」
料理長はすっかり打ち解けてしまったようだ。
「気にするな。今日はここにいる師匠が全部持ってくれるからな」
「持ってくれる? つまり、馳走になっても良いということか?」
「おう」
料理長はまるで自分が払うかのように表情を浮かべている。
「そうか……ならば、言葉に甘えよう。そうだな……せめて、握手をさせてくれ。礼だけでもさせてもらいたい」
それくらいならいいか……それにこの人との料理談は本当に勉強になった。
こちらこそ、握手をしたいほどだった。
王が差し出してきた手を両手で握った。
すると、王が僕の方を怪訝そうに見つめてきた。
しまった!!
つい、両手で受けてしまった。
普通は片手だ。
王だからと思い、つい……
手を離そうとしたが、王が離そうとしない。
「なるほどな……」
それだけ言うと、手を離した。
なんだったんだ?
「ついでに、そこの君とも握手をしたいがいいだろうか?」
ミーチャの方に近寄り、手を差し伸べる。
ミーチャはかなり嫌そうだが、断ることも出来ずに一瞬だけ握手をした。
手を離すとミーチャは一歩後ずさり、席に引き返そうとすると王が呼び止めた。
呼び止めたと言うより、小さな声で話しかけたと言った感じだろうか。
「久しぶりだな。ミーチャ」
その言葉にミーチャの歩みが止まる。
「何のことでしょう? 私はあなたとは初対面ですが?」
「もはや、隠し立ては不要だ。安心しろ。騒ぎにするつもりはない。ただ、話だけは聞かせてもらうぞ」
何を話しているんだ?
少ししか聞こえないぞ。
王がこちらに振り向き、再び握手を求めてきた。
僕が戸惑っていると、王から僕の手を取ってきた。
そして、顔をぐっと近づけてきた。
「話がある。ミーチャと一緒に来てもらう。話をする義務が君にはあると思うが?」
これは一体……ミーチャの方を見ると、観念したような表情を浮かべて一度だけコクリと頷いた。
「だが、その前に……ギルマス」
「はっ。ここに。お出でになられていることを知っていたにもかかわらず、挨拶が遅れて……」
「よい。それよりダンジョン攻略者が出たと。その者と話をするつもりだったが、後にしてもらえないか。この二人と先に話を聞きたいと思ってな。料理がな」
「はあ。それならば問題はありません。この二人ともう一人が、今回のダンジョン攻略者ですから」
「何っ!?」
王が僕達を交互に見つめ、頷いた。
「そうか。ならば、そのもう一人という者を連れてきてくれ。その者とも話を聞こう」
ギルマスは飛ぶようにルーナの下に向かい、すぐに連れてきた。
「この者がロスティ達のパーティーの者で、ルーナと申す者です」
「ほお。ルーナと申したな。一つだけ聞きたいことがある。それによって、話をするかどうかを決める。お前は純血か?」
純血? どういう意味だ?
ルーナはいきなり連れてこられて、訳の分からない質問に動揺するだろうと思っていたが、そうでもなかった。
「あなたがなぜ、その質問をするか分かりませんし、なぜその言葉を知っているのかも。でも、知っているというのであれば、答えます。私はカシーナを祖先とする正統なユグーノの民です」
「ふむ。まさかカシーナという名が出てくるとはな……分かった。ルーナも付いてくるがいい。ロスティとミーチャもな」
有無を言わせない王の貫禄がそこにはあった。
さっきまでの料理好きの男ではない。
それにしても、なぜ僕達の事がわかったんだ?
少なくともさっきまでは分かっていなかったはず。
握手がきっかけか?
全くわからない。
「ギルマス。この三人は私が預かることにする。もちろん、異論はあるまいな?」
「もちろんでございます。ダンジョン攻略者の特権ですから。ただ、この三人は将来有望な者たちです。是非とも、無碍な扱いは……」
「分かっている。前のような過ちはせぬ。ダンジョン攻略者が出たとあれば、ギルマスの株も上がるというもの。相当、資源も得られたのではないか?」
ギルマスと王の話は資源の話になっていた。
立ち話でするようなものなのかは分からないが、ギルマスはかなりの資源を王宮に融通するということで話をつけられたようだ。
ちょっとギルマスの肩が落ち込んでいるように感じたのは気のせいだろうか?
「さあ、行こう」
王は身軽な単身でギルドを僕達を連れて離れることになった。
向かった先は……豪勢な馬車が外れに置かれていた。
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