第106話 祝杯
ギルマスの部屋から離れ、とりあえずドロップ品の換金しにやってきた。
「あいかわらず、すごい量ですね。また日数を頂くことになると思います……」
いつもの手続きを終わらせてから、祝杯をあげるために食堂にやってきた。
すると食堂にいた冒険者から一斉に注目を浴びることになった。
どうやら、僕達がダンジョンを攻略したことは全員が周知することになっているようだ。
上級の冒険者からは妬みの一つも言われ、下級の冒険者からはお小遣い稼ぎが出来たと感謝された。
その中にはガルーダの姿もあった。
「よお。ついにやったな。小僧たちなら必ず成し遂げると思っていたぞ」
相変わらずパンツ一枚なんだな。
妙にテカテカしているから、あまり近寄りたくない。
「結局、最後のボスもギガンテスだった。ガルーダと戦った経験がなければ、苦戦していたかも知れない。そういう意味ではすごく感謝しているよ」
「ほお。ダンジョン攻略者様とは思えない謙虚な姿勢だな。ならば、これから俺が言うことに文句はあるまい?」
ん? どういう事だ?
ミーチャが頭を抱えて、首を横に振っている。
「おい、お前ら! 今日はダンジョン攻略者様の奢りだそうだ! 好きなだけ飲んで食べて良いそうだぞ!」
待ってましたとばかりに、冒険者から喝采が上がる。
中にギルマスの姿もあったような気がしたけど、気のせいか?
ウエイトレスのセレスもすぐに飛んできた。
凄い笑顔だ。
「売上貢献に感謝しますね。ちなみに赤とか白とかもありですか?」
何の話だ?
ミーチャが厳しい表情を浮かべて、セレスに詰め寄っていた。
何か激しい口論のようなものをしていたが、酒のことだろうな。
横でルーナが真剣な表情を頷いていた。
ルーナにはあまり酒の世界には入ってほしくないと思っているんだけど……もう遅いかも知れないな。
「セレス……随分と粘られたわね」
話し合いは終わったようだ。
結局、なんとかというシリーズ物は一本ずつ確保することで決着がついたようだが……。
「ちなみにそのシリーズって一本いくらするの?」
ミーチャの怪しい表情を見ただけで、簡単に察することが出来る自分が嫌になる。
「いや、いいです。ルーナも程々にするんだぞ」
「はい! ミーチャさん。また、王子様と姫様の物語をお願いしますね」
「しょうがないわね。今日は機嫌がいいから、隣国に旅に出たときの話をしましょう」
隣国? 公国のことかな?
いや、知らない王国の名前が出てきたぞ。
そんなところに行った記憶がないな。
ルーナも流石に嘘だった分かるだろうに、すごく真剣に話を聞いているぞ。
「おう! 師匠!」
僕を師匠と呼ぶ人は一人しかいない。
「料理長、どうしたんです?」
「どうしたもない。偶には師匠の味を楽しませてくれよ」
どうせ、僕は酒はほとんど飲まないんだ。
かといって、ミーチャとルーナを残して出ていくわけにもいかない。
「いいぞ。ちょうどバファーの肉があるんだ。それを使ってみよう」
「冗談言っちゃいけねぇ。バファーの肉って言えば、超がつくほどの高級肉じゃねぇか。王侯貴族だって口に出来ない……なんだって、そんなもの……いや、ダンジョン攻略者なら持っていても不思議ではないが……それにしても、あの管理が難しい肉をなぁ」
バファーは牛のようなモンスターだ。
最後のダンジョン攻略で初めて見たモンスターだった。しかも群れで。
本当に運が良かったみたいだ。
バファーの肉は料理長が言った通り、腐りが早く保管が難しい。
『無限収納』がなければ、とても口にすること出来ない食材だ。
そのため、冒険者は奇跡的にバファーの肉を手に入れても、その場で食べてしまう。
まずお目にかかることはない。
そんな肉をふんだんに使った料理を考えてみた。
「そうだな……やっぱり、刺し身からがいいだろう」
「おいおいおい。冗談だろ? 腹壊さないのか?」
『料理』スキルは問題がないと告げてくる。
どれ……一切れを口に放り込む。
きめ細やかな肉質。脂に味付けがされているのかと思わせるほどの濃厚な香り。
本当に何もしていないのに、一品として十分に完成されている。
まさに料理人泣かせの食材。
料理長にもこっそりと食べさせた。
「一切れで百万トルグは取れるな」
なんて無粋な料理長なんだ。しかし、そんなに高い食材なのか!?
一切れをちびちびと食べる料理長は、口に入れる度にため息をつきながら上を見上げていた。
「これが夢にまで見たバファーの肉か……想像を絶するものだな」
料理長、こっちをちらちら見るのを止めて欲しい。
食材は本当に大量にあるから好きなだけ食べるといい。
「本当に良いのだろうか? 師匠は、神の使いか何かなのか?」
何をバカなことを。
厨房で料理長と盛り上がっていると、それを聞きつけたのか厨房前に人が集まってきた。
バファーの肉と聞いただけで、皆が狂喜した。
そんなに有名な肉だったのか。
いや、殆どの人はあまりピンときてない様子だ。
皆に振る舞うと、もはや乱闘さわぎだ。
我先と争うように、おかわりを要求してくる。
その中で一人、格好が違う人が周りを押しのけ、厨房前にやってきた。
屈強な冒険者を払いのけるとは、相当な実力者のはずだが……見たことがない顔だ。
いや、どこかで見たことが……思い出せない。
「君!! おかわりを!! おかわりをくれ!」
なんて必死な形相……まったく、サンゼロの街の冒険者は料理人心をよく理解している。
こんなに催促されて、断れるだろうか?
「料理長。いつまで惚けているんだ!! 忙しくなるぞ」
「お、おう」
バファーの肉は刺し身だけが料理ではない。
シンプルながらに焼きを入れるだけでも、味が一気に変わる。
柔らかい肉質の中に、しっかりと歯ごたえを感じさせ、その瞬間に飛び出す肉汁が絶対的な幸福感を与えてくれる。
定番となったサンドイッチも捨てがたい。
オーク肉のシチューに最後の最後にバファーの肉を加える。
生で十分に柔らかいから、煮込みは最小限に押さえる。
皆は料理がいつでも手に入ると分かると、ようやく各々の席に戻り、酒と一緒に料理を堪能し始めた。
それでも一人だけはその場を離れることはなかった。
「ほお。なるほど。これはすごいな……ここでこれほどの……」
一人呟きながら、皿から目を離さずに次々と注文を出してくる。
仕方がないので、厨房にこの人用の席を用意するほどだ。
「あの……バファーの肉以外の食材も試してみるか?」
「なにっ!? ど、どういうものがあるというのだ!!」
フェロー鳥もなかなかの食材だと思う。
後ろで料理長がわなわなしているが気にしないでおこう。
「信じられない。フェロー鳥をどうするつもりなんだ?」
この人との会話は結構楽しい。時々、王宮の料理長の話が出てくるが、それもまた楽しい。
新たな料理の発見に繋がりそうだ。
すると、ミーチャが苦情を言いにやってきた。
「そろそろ一緒に飲みましょうよ。ルーナが……えっ!? なんで、あなたがここに……」
ん? ミーチャは知っているのか?
僕もずっと気になっていたんだ。これでこの気持ち悪さから開放されそうだな。
ミーチャが手招きをしてきて、小さな声で衝撃の事実を言ってきた。
「私のお父さんよ」
……?
ミーチャのお父さん?
ミーチャは王族……そのお父さん。
王様じゃん!!
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