第108話 父親との対面

 馬車には王の他には僕達しかいない。


 従者も連れずに、この人は危ないと思わないのか?


「トルリア王。まずは……」


「ロスティ君。その前に聞きたいことがある」


 話を遮られて、しかも、王の表情は相手を射抜くような鋭い視線を送ってきた。


 内心はかなり落ち着かない。


「なんでしょう」


「ミーチャとは、どういうつもりなんだ?」


 どういうつもりというのは……つまりはそういうことだよな?


 まずは整理だ。


 王はどういう訳か、僕とミーチャの姿に気付いている。


 そして、ミーチャは公国の次期公主となる者との婚約者として送られている。


 しかし、ミーチャはその役目を放棄し、追放された僕と共に公国を離れた。


 王はどういうつもりでミーチャと……つまり娘と一緒にいるのかを、問いただしているということだろう。


「僕はミーチャと共にこれから一生いたいと思っています」


「ほお。素晴らしい言葉だ。だが、こうは考えないか? 私がミーチャを力づくで奪還し、公国に再び送りつけると」


 王であることに気付いてから、一番懸念していたことは、それだ。


 それゆえ、ゆっくりと考える時間をもらうことが出来た。


 そして、結論はすでに決まっている。


「そのようなことはさせません。王と王国を敵に回しても、ミーチャと離れるつもりはありません。どのような手段を使っても」


「良い答えだ。だが、威勢だけならばなんとでも言えよう。ミーチャをどのように守るつもりなのだ?」


 確かに言葉だけではなんとでも言える。


 今の僕に言葉を裏付けるような実力があるとは思えない。


 だが……。


「気持ちが……ミーチャを想う気持ちがあれば、なんとでもなりましょう」


 これが僕に出せる唯一の答えだ。


 背景もない、飛び抜けたスキルがあるわけでもない。


 それでもミーチャを想う気持ちだけは誰にも負けるつもりはない。


 今はそれだけが僕のすべてだ。


「想う気持ちか……とても公国の後継者だった者の言葉とは思えない。なんとも市井にまみれた泥臭い考えだ。だが、私はそういう事を言える男は嫌いではない」


 王はニヤッと笑い、視線をミーチャに移す。


「一つだけだ。一つだけ聞かせてもらう。幸せか?」


 ミーチャはその言葉に少し驚いていた。


 おそらくミーチャにとっても、恐ろしいのは王宮に連れ戻されるか、公国に渡されることだ。


 その事が王の口から出るのではないかと思っていたと思う。


 しかし、王からは全く別の話だったのだ。


「とても幸せです。毎日が経験をしたことがないことの連続で、それに私の居場所をロスティが作ってくれますから。ここ以上に幸せな場所は私にはありません」


 王は何を思ったのか、じっと虚空を見つめるだけだった。


 泣いているのだろうか? ここからでは分からない。


「ミーチャ。本当に済まなかった。お前がロスティ君に想いを寄せているのは知っていた。それゆえ、公国に婚約者として送ったが、別の者が後継者となった時点で、ミーチャを助けるべきだった。しかし、それが出来なかったのは、私の力不足が原因だ。不憫な思いをさせて、本当に済まなかった」


 僕にとって、この王の言葉は意外だった。


 なんというか、ミーチャのことをすごく大切にしているような言葉だった。


 ミーチャは常に王宮では孤独だった。


 それは父親である王ですら相手にしない。


 しかし、言葉にはそんな冷たさを一切感じないものだった。


「分かっていました。父上は……いつも私を庇ってくれていたことを。おそらく、私は王宮にいることすら出来なかったでしょう。それほど嫌われていると、子供ながらに実感していました。それでも父上は会いに来なくとも、守ってくれていると感じることが出来ていまし。公国に送ってくださったのも、王宮よりもロスティの側にという配慮であったことも。だから……謝らないで下さい。私はおかげですごく幸せですから」


 ちょっと泣きそうになった。


 たしかにここに親密な親子がいる。


 ルーナなんて、事情は全く分かっていないだろうが、涙を流していた。


「そう言ってくれるか。しかし、ミーチャを幸せにするのは私の務めだと思っていたが、まさか、こうも簡単に幸せにするとは……ロスティ君!!」


「は、はい!!」


 王は頭をすっと下げた。


「ミーチャを……娘をこれからも頼む。私には出来なかったことを、君に託す。これがどういう意味か、分かっているな?」


「もちろんです……」


 威圧的な雰囲気はその瞬間から霧散し、穏やかな表情をした王になった。


「これで私の肩の荷が下りた……と言いたいところだが、知ってしまった以上はこの問題を処理しなければならない。娘が王国をふらついているなど、公国に知られるわけにはいかないからな。さてどうしたものか」


 たしかにこの状況を放置すれば、当然、王国と公国の外交問題に発展することは間違いない。


 ミーチャを王国が匿っていると公国側が喧伝すれば、王国としては対処に迫られる。


 最悪、ミーチャを公国に戻すという話もありうる。


「王は公国との婚姻を本気で望まれているのですか?」


「ふむ。ロスティ君は完全に公国とは縁を切っているのだな?」


 もちろん。


 後継者から外され、追放処分まで受けている以上、何の関係もなくなっている。


「だったら、正直に言うが公国と関係を継続する必要性はあまりないと思っている。ミーチャがここにいる以上、他の娘を、とも思ったが、乗り気がしない。だから悩んでいるのだ」


 正直に言えば、公国は王家のものであれば誰でもいいと思っている節があるから、ミーチャ以外の者を……とも思ったが、それは可能性としてはないようだ。


 であれば……


「おそらく……僕の予想では、公主はミーチャ失踪のことは秘匿にしていると思います。実際に王国にはその話は伝わっているのですか?」


 王は首を横に振った。


 言葉に出さないのは、何かしらの事情が含まれていて、公言が出来ないからだろう。


 しかし、今はその答えで十分だ。


「だとしたら、タラスを捜索隊として王国に派遣している以上は内々に解決を図ろうとしているはず。しかし、ミーチャはここにいる。それでも公にならないということは、別の手段を模索していると考えられます」


「ふむ。つまり公国はミーチャが未だに公国にいると思わせる工作をしてくると?」


 確信はない。


 だが、魔道具を駆使すれば、それも可能となるだろう。


 なにせ、僕とミーチャが使っている魔道具で変装をしているのだ。


 ミーチャに姿かたちを似せる魔道具があったとしても驚くことではない。


「なるほど。さすがは元後継者だな。そうなると、こちらの出方としては……」


「それに便乗するのが良いと思います。偽物を本物と認めてしまうのです。そうすれば、本物のミーチャに手を出す輩はいなくなります」


 こちらにとって都合の良いことを言っているのは承知しているが、ミーチャを縛り付けている鎖をなんとしても解きたい。その一心だった。


「悪くない手だな。あとは……ふふっ。後は私に任せてもらおう。一つ、ロスティ君に聞きたいことがあったんだ」


 王が聞きたかったのは、公国内の鉱山のことだった。


 公国はかつて鉱山で賑わった国だった。一方、王国は鉱山資源が乏しい。


「これを機に鉱山開発の権利を取りたいのだが……なにか良い考えはないか?」


 王がどういう方法で権利を取りに行くかは分からなかった。


 しかし、聞きたいことは分かっている。


「権利を取りにいけるのであれば、国境近くの鉱山を押さえると良いでしょう」


「ほお。しかし、あの鉱山はすでに枯れていると噂があり、鉱夫もすでに引き払っていると聞いたが?」


 その通りだ。


 公国は、国境付近の鉱山に見切りをつけている。


 だが、僕は鉱夫の労働改善をするために行動している時に、様々な話を聞くことが出来た。


「国境付近の鉱山で働いていた鉱夫の扱いは相当酷かったのです。そのため、生産力が落ちていたのですが、その理由を公国は把握しておらず、撤退を決めたのです」


「つまり、鉱山開発の余地が残っていると?」


「鉱夫が言うには、埋蔵量だけを言えば、公国随一とか」


 王がその時ニヤリとしたことは忘れることが出来なかった。

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