第97話 襲撃
初めての斥候ということもあり、平原に向かったが何をして良いのかが皆目見当もつかなかった。
斥候の目的は相手の出方を伺うこと。位置や進軍速度、武器などを調べ、後方に伝えるのが仕事だ。
今回は……いるかどうか分からない敵を探すこと。
しかも平原だ。どこから手を付けていけばいいか……
ふと、遠方にある岩場が目に付いた。
まずはあそこから当たったほうがいいだろう。
「ミーチャ。まずはあの岩場から探してみよう。多分、あそこをよじ登れば、平原を一望できるはず。敵が潜んでいれば、それなりの情報を得ることが出来るはずだ」
「そうね。こういう話になると、ロスティはさすがは公子と言う感じがするわね。私生活はポンコツだけど……」
ポンコツは余計だ。まぁ、間違いではない気がするけど……。
岩場までは、人が隠れられそうな場所を探してみたが気配が全く無かった。
「本当にいるのかしら? といっても、いたら大変よね」
「そうだね。ニーダが言っていた冒険者に裏切り者がいた場合、挟撃だけは避けないとね」
味方と思っていた者が敵だと知ったときの衝撃は想像を絶するものだ。
そうなると他の味方も敵かも知れないと疑心暗鬼になる。
そこを外部から敵が攻めてくれば、いくら強固が軍隊だったとしてもいとも簡単に破られてしまう。
ミーチャの手を引っ張り、僕達は岩場の頂きに到達した。
「確かに一望できるわね。やっぱり……人影はないわね」
ミーチャの言う通り、人影は一切ない。
しかし、別の疑問も出てくる。
「変じゃないか? ここは街道だ。人の往来がないって可怪しくないか?」
「言われてみれば……何も敵だけがいるわけじゃないものね。普通の人だって、この道は使うはずよ。その人達がいないって……確かに変ね」
ここは一旦、護衛隊に戻ったほうが良さそうだな。
敵の影を発見することはできなかったが、様子が明らかに可怪しい。
「戻ろう」
岩場を離れ、元来た道を駆けるように戻った。
「ロスティ、止まって!!」
「どうしたんだ?」
「どうしたって。早すぎるわよ。全然、追いつけないんだもん」
あれ? おかしいな。僕のほうがミーチャより少し早いくらいだったはず。
だから、少し走る速度を緩めていたはずなんだけど。
「ごめん。何かの熟練度が上がったのかも知れないな。もうちょっと、ゆっくりと走るよ」
「あれでゆっくり? なんだか、ロスティが人間離れしていっているような気がするわ。最初は……可愛かったのに……」
なんだ、その遠い目は。
僕だって、この変化には驚いているんだ。最初よりかは驚きは減ってきたけど。
「あら? なんか、変じゃない?」
「そんなに変って言わないでくれよ。熟練度のことは……」
「違うわよ。あっちよ」
あっちって……僕達が向かっている場所。つまりは護衛隊がいる方角だ。
その何が変……
「どうなっているんだ?」
「変よね? ここで休憩をするつもりはないのに、狼煙が上がっているなんて」
たしかに。そもそも街道のど真ん中で狼煙を上げていたら、王兵が飛んできても可怪しくない事態だ。
それほどの迷惑行為だ。
最悪、火事になって……いや、それはどうでもいいか。
「急ごう。何か、嫌な予感がする」
再び、駆け出すと前から数人の男が立ちはだかった。
護衛の冒険者ではなさそうだ。
通行人? いや、違う。明らかにこちらに敵意を持っている。
相手は、剣とハンマーをこちらにむけてくる。
「お二人さん。ここで死んでもらおうか」
そう言うや否や、数人が襲い掛かってきた。
「ミーチャ。頼む」
「うん」
幻影魔法で僕の分身が周りに現れる。
こいつらは大したことはなさそうだ。
幻影にすっかり騙されている。
木聖剣を抜き、一人、また一人と気絶する程度の力で殴りつけた……つもりだったが、ものすごく吹き飛ばしてしまう結果になってしまった。
一応、足が動いているから、死んではいないよな?
「ミーチャ。これは本当にマズイかも知れない。とにかく、急ごう」
「ルーナが心配だわ」
その通りだ。それにしてもさっきの男たちは何者だったんだ?
腕は大したことはなかったが……明らかに場慣れしている様子だった。
考えられるのは……傭兵? だとすると、誰の差し金なんだ?
これがギルマスの言っていた襲撃者なのか?
今は何も分からない。とにかく、ルーナを救い出すんだ。
やっと、馬車が見えるところまで着いた。
その光景は……もっとも見たくないものだった。
何人もの護衛役の冒険者が倒れ、馬車の前には一人の男が誰かと対峙していた。
相手は見知らぬ男だ。
とにかく助ける。
「ミーチャ!」
「分かっているわ」
馬車の前に立っている男はロドだった。
分身体と共に対峙している男に向かって、一閃……。
男はすぐに糸切れたように倒れた。
「助かった。ロスティ。まさか、ここで襲撃を受けるとは……」
「ルーナは? 中のドワーフ達は無事なのか?」
「ああ。もちろん……伏せろ!! 火魔法が来る!」
燃え盛る火の玉が馬車めがけて来るのが見えた。
早い。間に合わない。
しかし、火の玉は馬車に当たる前に爆発したように見えた。
「なにが……」
「成功したわね」
ミーチャが馬車に近寄って、虚空にノックをする。
するとコツコツと音が聞こえてきた。
「これは……ダンジョンで見た、見えない壁か?」
「そうよ。もしかしたら、出来るかもって思ったら、出来たわ。土壇場でまさか成功すると思わなかったけど」
ミーチャに嬉しさのあまり、抱きつきたい衝動に駆られたが、今は止めておこう。
「これはどれくらい持続できそうなんだ?」
「大して持たないわ。それにこれを発動している時は何も出来ないわよ」
だったら……
「ダメよ。もう一度成功する自信ないわ。また火魔法を使われたら、手を出せないわよ」
確かにそうだ。
あの火魔法を打ち消すすべがない以上、ミーチャの魔法に頼るしかない。
「すぐに決着をつけるからな」
「そうして欲しいわ」
ここにいる冒険者は、ロドだけだ。
ニーダは? まさか、倒れている中にいるのか?
「ロド。この魔法が展開している間は物理・魔法どちらも馬車には届かない。だから、この間に敵を駆逐するぞ」
「ああ。やはりロスティは大した腕だな。まずは魔法使いを叩こう」
それが良さそうだな。
脅威がかなり取り除かれるはずだ。
火魔法が飛んできた方角に向かうと、黒尽くめの格好をして、顔を見ることが出来ない者たちが大勢いた。
その真ん中に杖を振りかざす者。
こいつが魔法使いに違いない。
倒すためには、目の前の黒尽くめの者たちを倒すしかない。
「ロド。出来るか?」
「やらねばなるまい。君の得物はそれかい?」
「ああ。信頼できる武器だ」
「私もだ。先に行かせてもらうぞ」
ロドの剣が光り輝き、剣が何倍も長くなって大きく振り払った。
その光に当たった者たちは、その場から倒されたり、吹き飛ばされたりして一気に人を減らした。
すごい技だな。
僕には使えない技だ。
それでも木聖剣で向かってくる敵を一人、また一人と倒していく。確実に……。
やれる。ロドと一緒であれば、問題はない。
「なんだ、こいつらは……」
敵の中から声が飛んできた。
「いい加減、助けやがれ!」
再び、声が飛ぶと黒尽くめの敵から一人が飛び出してきて、ロドと対峙するや一気にロドを切り伏せてしまった。
「ロスティ。もう終わりだ。これ以上、俺達に攻撃をすれば、ロドの命はないぞ」
この声は……。
ロドに剣を向けているものが頭巾に手を掛け、外すと見知った顔が現れた。
「ニーダ。なんで……いや、何をしているのか分かっているのか?」
「すまないが、お前にはここで死んでもらう。お前には恩があったからな……命令とは言え、お前にはこの任務に加わってほしくなかったぜ」
やっと分かった。ニーダが僕に任務から降りることをずっと言ってきたことが。
……でも、このまま殺される訳にはいかない。
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