第98話 ニーダの最期
ニーダはロドに剣を突きつけている。
ロドは気を失っているのか、動きが止まっている。
どうする……。
ニーダの目を見る限り、脅しで言っているような感じではない。
動けば、本当にロドに剣を突き刺すだろう。
その間に二発目となる火魔法が馬車めがけて、発射した。
その軌跡を追うが、ミーチャの防御結界は完璧のようだ。
火魔法を簡単に弾いてくれる。
「どうなっているのよ! なんで当たらないの!?」
どうやら火魔法の使い手は女のようだ。そいつがニーダに抗議しているようだ。
「おい! ロスティ。どんな手を使いやがった。答えないとこいつを殺すぞ」
どうする……早く結論を考えなければ。
馬車は安心だ。ミーチャの結界のおかげであらゆる攻撃を弾いてくれる。
しかし、長時間の維持は難しいだろう。
そうなると早く決着をつけなければ。
ニーダはA級冒険者だ。手合わせしたこともないし、戦っている姿も見たいことがない。未知数の強敵だ。果たして、ロドを犠牲にせずに倒すことが出来るのか?
しかも、ニーダの周りには黒尽くめの者たちが大勢いる。
「早く答えろ!」
ニーダは苛立ちを隠さずにロドの喉元に剣を近づける。
こうなったら、挑発をしてみるか。
「やれるものならやってみろ。こうなる事はロドも覚悟の上だ。その上で、僕はこの任務を完遂しなければならない。この意味はニーダにも分かるだろ?」
「いいか? 挑発っていうのは、顔に出したら負けなんだよ。お前は今、本心で言っていないな? ロドを犠牲にする気なんてない。早く答えろ!」
顔に出ていた?
やはり場数の差が出てしまったのか。
「ロスティ! 私に構うな。こいつらを倒すんだ!」
ロドが目を覚ましたようだ。
「うるせぇ。黙っていろ。殺されたいのか?」
「ああ。殺してみろ。だがな、私を殺せば、お前たちはロスティに倒されるだけだぞ。悪いことは言わない。投降するんだ」
「状況が見えていないのか? こちらが有利であることは変わりないんだよ。それに俺はロスティに倒されねぇ。B級にA級が負ける? 絶対にありえない」
ロドはフッと笑う。
「嘘を言うな。お前だって分かっているだろ? ロスティはお前より強い。私の目からも恐怖を感じるほどだ。だから、この状況はロスティの実力なら十分に打開できる。だからこそ、ロスティとの直接の戦いを避けているんだろ?」
「う、うるせぇ。俺がB級ごときとの戦いを避けているだと? 訳、分かんねぇ事言ってると……」
ロドはチラチラとこちらを見てくる。
これがどういう意味を持つか……。
「ニーダ。あいつが……!!」
すべての力を一瞬で絞り出す。
スピードだ。とにかく、一瞬でニーダに近づく。
そして……
「何、言ってやが……ぐはっ!」
ニーダにそのまま体当たりをした。
ニーダの体は何度も転がり、吹き飛んだ。
「ありがとう。ロド」
「それはこっちのセリフだ。やはり、ロスティの実力は凄まじいな。私には見えなかったぞ」
そんな訳がない。ロドはかなりダメージを負っているから、そう見えただけだろう。
「ロド。立てるか? とりあえず、このポーションを」
ニードが一瞬で吹き飛ばされたのを見たせいか、周りは身動きをすることはなかった。
ポーションを一瞬で飲み干したロドは立ち上がり、近くに落ちていた剣を拾った。
「ロド一人であの女魔法師を倒せるか?」
「ニードがいなければ、なんてことはない」
ロドは優秀な冒険者のようだ。
これだけの人数を前に、自信を崩すことがない。
「僕はニードを。あいつが暴走を止めれば、今回は僕達の勝ちだ」
「そうだな」
方針が決まれば、やることに集中するだけだ。
ロドは短い間だったが、信頼に足る人物だと思う。
だからこそ、安心して背中を任せられる。
ニードはかなり離れた場所で、ようやく立ち上がろうとしている状態だった。
「今が好機だ」
僕は木聖剣を抜き払い、一気に間合いを詰めていった。
「ニーダ!」
渾身の一撃を振るうが、さすがはA級だ。これを難なく受け止める。
それでもニーダの表情に余裕があるわけではない。
ならば、連撃だ。
何度も木聖剣を振るうが、ニーダに弾かれてしまう。
決定打が出ない。
「これが場数の差ってやつだ。所詮は駆け出しの冒険者だな。力は相当だが、攻撃が単調で避けるのが簡単だ。結構、腕が立つと思っていたが大したことはないな」
ニーダが何かを言っているが、耳に入ってこない。
急がなければ。ミーチャの魔法が解ける前に。
「まぁ、そろそろ……って、おい!! 話を最後まで……」
再び、攻撃を加えた。
次は二刀流だ。これなら、ニーダが防御をした時の隙をつけるはずだ。
「くっ……あぶねぇ!」
思った通りだ。二刀流なら、ニーダにダメージを与えることが出来る。
あと一歩だ。
「厄介な真似を。しかたねぇ……」
ニーダが何かを言うと、急に体が重くなった。
なんだ、これは……
「ぐふっ!」
ニーダの蹴りに反応も出来ずに、蹴り飛ばされた。
何度も執拗に蹴りを入れてくる。
体が重くて、動けない……
「どうだ? 大したものだろう? 俺を剣士と思っていたんだろ? 残念だった。俺は魔法剣士だったんだよ。お前には俊敏性を落とす魔法をかけてやった。体が重くて、言うことを聞かないだろ?」
これが……呪いか。
動こうにも、指一つ動かすことが出来ない。その間も何度も蹴ってくる。
まずい……意識が……。
しかし、ふいに体が軽くなった。
どういうことだ?
魔法? 魔法を掛けられているのか?
顔を動かすと、その視線の先には……ルーナがいた。こちらに手をかざし、魔法を発動させている。
それに気付いたのか、ニーダの剣がルーナの方に向いた。
ルーナが殺される!!
「ニーダ!!」
僕は木聖剣をニーダの体に思いっきり、突き刺した。
木聖剣はニーダの体を貫通し、致命傷を与えた。
「なんで、動け……ああ、そうか。そこの獣人も魔法師だったのか……」
ニーダは倒れ、荒い息遣いをして、僕の胸ぐらを掴んできた。
「よく聞け。忠告だ。商業ギルドには絶対に手を出すなよ」
「この騒動は商業ギルドの仕業か!?」
「へへっ……恩人に手を上げたとあっては師匠に怒られちまうな……でも、殺さずに済んで……良かったぜ」
「ニーダ? おい……」
胸ぐらを掴んでいた手がゆっくりと地面に触れた。
最悪なやつだと思っていた。周りを見下し、自分のことしか考えないやつだと。
ニーダは、この戦闘中、何度も僕を殺せるチャンスがあった。
しかし、蹴りはしたが剣を向けてくることはなかった。きっと……一度、助けた恩を感じていたからだろう。
この背後にはきっと商業ギルドがいる……ハッキリと言わなかったが、ニーダはそれを伝えたかったんだと思う。そして、ニーダはその卑劣な商業ギルドに殺されたようなものだ。
僕はニーダの愛剣を拾った。
「ニーダが夢に見たダンジョン攻略。この剣は必ず、ダンジョンの最深部に突き刺してやる」
それが僕に出来る唯一のニーダへの弔いだった。
「ロスティ。片付いたか?」
「ああ」
ロドはすでに女魔法師を倒し、ほとんどの黒尽くめの者たちは撤退していったと言う。
女魔法師からは有益な情報は得られなかったらしい。
なんとも後味の悪い戦いになった……。
再びニーダのような者と剣を交えることがないように、僕は覚悟した。商業ギルドと事を構えることになるかもしれないことを。
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