第96話 ドワーフ

 大きな街道から少し離れた場所でトリボンの冒険者と合流することになった。


 トリボンからやってきた冒険者は10人程度。


 皆は完全な武装をしている様子で、各々が様々な武器を持っている。


 見たところ、パーティーは二組と言う感じだから、こちらと同じようだ。


 向こうのリーダーは柔和な表情を浮かべ、感じの良さそうな感じだ。得物は……剣か。


「やあ。はじめまして。私はロド。トリボンの冒険者ギルド所属だ。貴方はたしか……『オルフェンズ』のニーダさんですよね? 次のダンジョン攻略は貴方達だともっぱらの噂ですよ」


「知っているとは話が早い。俺も早くダンジョンに戻りたいからな。こんな仕事はさっさと終わらせてしまおう。それで? ここにいるのが今回のクエストに参加する冒険者の全員か?」


 ロドはキョトンとしていたが、すぐに態度を改め、頷いた。


 なぜ、そんなことを聞く必要があるんだ?


「君も初めてだね。今回は共同に任務となるからね。よろしく頼むよ」


 こう言っては何だが、サンゼロのギルドにはいない感じの若者だ。


 爽やかと言うか、非常に好感を持てる。是非とも、友人として接したいものだ。


「はじめまして。僕はロスティ。冒険者としては日が浅いが、なんとかこのクエストを達成するために全力を尽くすつもりです」


「ほお。日が浅いのに、このクエストに参加するところを見ると、相当な腕なんだろうな。期待しているよ」


 変態な香りが一切感じない人と話すとこんなに心が落ち着くものなんだな。


「よろしく頼む。ところで……」


 少し気になったことがあったので聞きたいことがあったが、ロドが手で話を制止してきた。


 どうやらニーダが話し始めたようだ。


「今から俺がこの護衛隊のリーダを務めることになる。サンゼロまではここから二日程度の距離だ。途中には襲撃がありそうな場所が何箇所かある。そこは急行軍で行くつもりだ。だから、体力だけは温存しておくように。武器屋と雑貨屋の店主はどこだ?」


 「こ、ここですぅ」


 「私も……」


 そう言えば、肝心の護衛対象がずっと姿が見えなかったと思ったら、トリボンの冒険者の影に隠れていたのか。


 ……それにしても小さな。不相応な手袋も気になる。


 子供か? いや、そんなことはないか。


 男か女かも見分けがつかないし、ずっとおどおどしている。怖いのだろうか?


 なんとも不思議な二人だ。


「ドワーフか。珍しいな。まぁいい。お前らは『オルフェンズ』の側を離れるなよ!」


「嫌……ですぅ」


「私もぉ」


 ドワーフ!! まさか、ここでそんな民族に会うことが出来るとは。


 話には聞いたことがある。王国の山奥には鍛冶を専業にするドワーフ族が存在するということを。


 人との交わりを嫌い、山奥に住んでいるのだが、変わり者が山を下りて、人里に住み着くと言う。


 この二人はその変わり者の子孫な何かなんだろう。


 ドワーフの特徴は鍛冶師らしく逞しい腕と全身を覆う毛だ。だが、二人にはそのどちらも見られない。


 ニーダは何でドワーフだと判断したんだ? 後で聞いてみるか。


 それにしても、小さいな。幼児にしか見えない。


 話は戻って……まさか、断られると思っていなかったニーダがギロリと睨みつけるが、ドワーフの二人は絶対に譲る気はないようだ。


「どういうつもりか知らないが、おまえらはもっとも安全な場所を放棄したんだからな。それによる不利益は理解してのことなんだろうな?」


 おどおどしている二人は、すぐに頷いた。


「ちっ! 面倒だな。そうなると護衛は……」


 するとドワーフの二人が僕の方を指差してきた。


「あの人ぉ」


「私もぉ」


「ロスティか……しょうがねぇ。ロスティ! こいつの面倒を見ていろ」


 急に名指しをされて驚いたが、これはこの任務では重要な仕事だ。頷くと子供がちょこちょこ、とこちらにやってきた。


「よろすくですぅ」


「私もぉ」


「ああ。君たちの安全は僕がしっかりと守るつもりだ。短い間だが、よろしく頼む」


 ドワーフはルーナとミーチャを見て、ペコペコと頭を下げていた。


 ん? どういうことだ?


 そういえば、さっきからドワーフは僕ではなく、ルーナとミーチャを見ている?


「どうも……どこかでお会いしたことがありましたか?」


「ユグドラシル……」


「匂いがするぅ」


 どういうことだ?


 ドワーフからもユグドラシルという言葉が出てきたぞ。


 ルーナは合点したかのように頷き、なぜか僕を紹介してきた。


「こちらはロスティさん。ユグドラシルに認められたお方です。匂いがするのは、きっとこの方からだと思いますよ。我々の出会いはきっとユグドラシルのお導きですね」


 ドワーフの二人がこそこそと木聖剣を見ながら何かを話している。


「始祖様ぁ」


「始祖様ぁ」


 なんだ? ドワーフの二人が急に膝を折って、祈りだしたぞ。


 どういうことだ?


「ルーナ? どうなっているんだ?」


「さあ? でも、きっとユグドラシルのご威光を感じてのことでしょう。折角なので、私も……」


 いやいやいや、やらなくていいぞ。


 それにしても、ユグドラシルって一体何なんだ?


「ロスティ。随分と好かれているわね。この子たち、きっと貴方のことを特別な何かだと思っているわよ。始祖様とか言っているし。大変ね……始祖様」


 ミーチャは完全に馬鹿にしているだろ?


「とにかく! 君たちは僕が守る。サンゼロまでの話だ。いいね?」


「いうこと、聞くぅ」


「私もぉ」


 やっと話が進みそうだな。


 ルーナはいつまで祈りを捧げているんだ?


 立ち上がってもらって、気を取り直していこう。


 なぜか、ニーダがこちらの光景を苦々しく見つめているような気がしたが……僕と視線が合うと、すぐに皆の方に視線を戻した。


「もう時間がない。すぐに出発だ! ロスティ。お前は馬車で移動しろ。一応、ドワーフと言えども、大切なお客人だからな」


 どうもドワーフという民族はあまり良く思われていないようだ。


 もしかしたら、獣人と同じような境遇なのかも知れないな。


 護衛隊はゆっくりと進路をサンゼロに向かって歩き始めた。


 すると馬車のドアが激しく叩かれた。


「ロスティ! そろそろ危険地帯だ。お前には斥候として、周囲の状況を調べて欲しい」


 その言葉にドワーフの二人はぎゅっと僕の袖を掴んできた。


 この二人を守るのは僕の使命だ。


「悪いが、他の人にお願いしてくれないか? この二人の護衛を……」


「ちっ。俺の勘だが、トリボンの冒険者の中に裏切り者がいる気がするんだ。『オルフェンズ』で動向を確認しているが、新手が出てこられると厄介だ。先手を打つためにも、信頼できるお前に頼みたいんだ」


 意外だった。


 まさか、ニーダが僕を信頼しているとは……。


「お前は気に食わねぇ。俺でも苦労したB級にあっさりとなっちまったんだからな。でもな、この任務を成功させるためには俺の気持ちなんて大したことじゃねぇ。お前を信頼している。だから、斥候を頼むんだ。任せてもいいか?」


 そこまで言われたら、断ることはできない。


「ドワーフ達は?」


「こいつらは俺達が嫌いなようだ。だから、この馬車に乗せながら周りを護衛する。二人もそれでいいだろ?」


 ドワーフの二人は首を横に振る。


「だったら、ルーナを置いていく。それだったらいいだろ?」


「いうこと、聞くぅ」


「私もぉ」


「そういうことだ。ルーナ。頼んでもいいか?」


「分かりました! 必ず、二人を守ってみせます」


 そんなに気負わなくてもいいが……


「助かる。ミーチャ。行こう」


「そうね」


 ミーチャと共に馬車を離れ、前方に広がる平原で人が隠れられそうな場所を虱潰しに探すことにした。


 しかし、その間にルーナやドワーフ達、そして冒険者たちに大きな危機が迫っていた……。

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