第95話 特別クエストの始まり

 特別クエストの集合場所に向かうと、『オルフェンズ』の面々はすでに来ていた。


 ニーダはこちらを睨むだけで、すぐにそっぽを向いていた。


 この人にこれほど嫌われる理由が思いつかない。


 やはり僕達を足手まといか何かだと思っているのだろう。


 このクエストはサンゼロのギルドに所属する冒険者にとって、絶対に成功させなければならないクエストだ。


 経験が乏しくて、足手まといだとしても、力の限りを尽くすつもりだ。


 そう思っているとギルマスが遅れて登場した。


「二組ともよく来てくれた。『オルフェンズ』は五人、ロスティ達は三人だな。この八人で協力して、トリボンからやってくる武器屋と雑貨屋を護衛してきてくれ」


 それから、ギルマスから今回の任務の細部の説明に入った。


 武器屋達は護衛と共にトリボンをすでに出発し、こちらに向かっているようだ。


 今のところは異変はないらしい。


 それは当然のようだ。トリボンは王国にとっては武器製造の重要拠点という位置づけのため、軍を常に駐屯させている場所でもある。


 その軍の目が届く範囲にいる以上は、妨害してくる者たちも手も足も出せない。


 問題はそれを抜けてからだ。


 僕達は抜けて、すぐの場所で合流する予定だ。


 そこからは大所帯となって武器屋達を護衛して、サンゼロに向かう。


 あちらの護衛はB級冒険者十人程度らしい。護衛としては、かなり位の高い貴族並の扱いと言ってもいい感じだ。


 それほどサンゼロのギルマスは本気だということだ。


「合流した際には『オルフェンズ』がリーダーとして指揮を執って貰う。ニーダ。それでいいな?」


「断ることなんてできないんだろ? 俺らはダンジョンだけに潜っていたいだけなのによ……ましてや、ロスティ達と一緒に仕事をするだなんて……」


 まだ言っているのか……。


 ミーチャをなんとか落ち着かせてから、話の続きを聞いた。


「最後だが、これが成功したら特別報奨を出すつもりだ。内容は言えないが、期待してくれていい。だから、絶対に成功を頼むぞ」


 ギルマスは各人と握手を交わしていった。


 当然、僕とも握手をした。


「ロスティ、お前には期待しているからな。成功して戻ったら、A級として特別昇級も考えている。だから……生きて帰ってこいよ」


 小さな声で呟いていた。


 このクエストはそんなに危険なものなのか?


 今回の任務の期待の現れなのだろうか?


 とにかく頑張るだけだ。


 馬車が二台用意されていた。


 もちろん、僕達と『オルフェンズ』が乗るためのものだ。


「各々、期待しているぞ」


 ギルマスの言葉を聞いて、それぞれが馬車に乗り込んだ。


「ミーチャ、ルーナ、僕達も乗ろう」


「ええ。それにしても、ニーダは本当に感じが悪いわね!」


 ミーチャは怒りながら、場所に乗り込んだ。


 背筋を伸ばしながら場所に乗り込むところは、やっぱり元貴族なんだと思ってしまった。


「私……馬車なんて初めてなので、ドキドキします」


 耳が何度もピクピクと動いている。


 興奮をすると、そうなるのだろうか?


「馬車から眺める景色は格別だから、楽しむといいよ」


「はい。やっぱり、ロスティさんは馬車に乗り慣れているんですね。さすがは……」


 おっと。声が大きいかな。


 ルーナは僕の正体を知っている数少ない人物だ。


 しかし、結構言葉が軽いところがあるので、秘密がバレないか、いつもヒヤヒヤしてしまう。


 ルーナはゆっくりと馬車に乗り込む、嬉しそうにミーチャの隣に座った。


 僕もミーチャの対面に座った。


「馬車なんて久しぶりだな。ミーチャもだろ?」


「私は……あまり乗ったことはないわよ。ずっと、王宮から出してもらえなかったから」


 そういえば、ミーチャは王女でありながら、育った環境はあまりいいものではなかった。


 闇使いの使い手、褐色の肌……全てが王国では忌み嫌われる対象とされている。


 そんなことを知る前にミーチャに会えたことは本当に幸運なことだった。


 知っていれば、今の感情をミーチャに持つことはなかったかも知れないから……


「あの……ふたりで見つめられると、私の居場所がないので止めてもらえないでしょうか? それとも私は屋根に登っていたほうが良いですか?」


「そうしてもらえるかしら」


「ミーチャ。何を言っているんだよ。ルーナも出ようとしないの。大丈夫だから。見つめていたのは、ちょっと昔を思い出していたからなんだよ」


「へぇ。ロスティは私を見つめて、どんな過去を思い出していたのかしら?」


 出会ったばかりの頃だと説明すると、ルーナがすごい勢いで食いついてきた。


「な、なんですか? その面白そうな……いえ、素敵なお話は。是非、聞かせて下さい。王子と姫の物語なんですよね?」


 別にそんなに素敵な話とは思えないけど……


「おっほん。だったら、私から話してあげるわ。このハンカチを貸してあげるわね」


 ハンカチを手渡されたルーナは、これから何が起こるのか、期待を膨らませた瞳をしながら、ミーチャを見つめていた。


 話は本当に僕とミーチャが出会ったときの話。


 ミーチャからは何度も聞かされ、徐々に原形が無くなっていくお話。


「……と言う話よ」


「ロスティさん、優しすぎます!! それにミーチャさんがかわいそう過ぎます。でも、こうやって二人で力を合わせて、毎日を生きているですよね。凄い素敵です!! 私もそんな経験がしたいです!」


 まるで初めて聞いたかのような感動を受けた。


 これが僕とミーチャの記憶?


 いや、僕達の話に悪漢は出てこない。それに盗賊もだ。しかし、ミーチャの話はそれらが実際にいたかのような話し振りだった。


 ミーチャを守ったときに出来た傷?


 そんなものはないぞ……


 まぁ、ルーナがものすごく感激しているのに水を差すのは心苦しいのでいつか本当のことを話してやろう。


「そういえば、ルーナの子供時代はどんなことをしていたんだ?」


「私はずっとお祈りをしていました」


 ……それだけ?


「はい。ユグーノの民の子供はそうやって、ユグドラシルとの会話をする技能を身につけるんです」


 ユグドラシルって神樹……つまり、植物だよな?


「ルーナはそのユグドラシルと会話が出来るのか?」


 どうやらこの質問はルーナにとってはあまりされたくなかったらしい。


 急に涙をポロポロと出して、首を横に振った。


「私には声は聞こえませんでした……ずっとお祈りをしていても、何も聞こえなかったんです。長老にはお祈りが足りないって……ずっとやってたのに……」


 ユグーノの民にとってユグドラシルがどれほど重要で、会話をすることがどのような意味を持つのか……全く分からないが、それを叶えるためにルーナがどれほど真剣にお祈りをしていたかは分かった気がする。


「聞いてはまずかったことだった。すまなかった」


「いいんです。ロスティさんはユグドラシルに愛された御仁。そんな方とこうやって一緒になれたことは、何か意味があることなのかも知れません。言葉は聞こえなくても、きっとお導きをしてくれたのだと思います」


 いまいちよく分からないけど……


「まだ短い間だけど、僕はルーナに出会えたことは良かったと思っているよ。本当にお導きってやつかも知れないな」


「はい!!」


 やっぱり子供の笑顔は癒やされる……


「ロスティ。ちょっと真剣に話し合いをしないといけないかも知れないわね。ルーナを仲間以上の関係にするつもりなのかどうか……」


 一体、何を言っているんだ?


 ルーナとは……。


「どうやら、目的地に到着したようだな。とりあえず、この話はまた今度だ。今は任務に集中しよう」


「そうね。ここで失敗をするわけにはいかないわね。ルーナ。一旦、休戦よ」


 いつから戦っていたんだ?


「分かりました。王子と姫の恋路は見守りたいという気持ちはありますが、やっぱり自分に正直になりたいですから……休戦を受け入れます」


「いい度胸ね」


 二人は結構仲が良いのか?


 今回のクエストは危険らしい。二人の笑顔を絶対に失うわけにはいかない。


「お前たちは僕が絶対に守ってやるからな」


「た、頼むわね」


「わ、私、そんな言葉を掛けられるのが夢でした。も、もう一度、言ってもらえませんか?」


……さあ、行こう!!

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