第90話 ルーナ

 教会支部を離れ、一旦、宿に行くことにした。


 どうもボロボロの服を身にまとった獣人というのは悪目立ちするようだ。


 とにかく、今後のことを踏まえて、この少女から色々話を聞いたほうがいいだろう。


「私はルーナといいます」


 この言葉を出すためにかなり苦労した。


 やはり教会での扱いがひどいせいだったのか、人間不信に陥りかけていたのだ。


 なんとか言葉で安全と衣食住を保証すると言っても、不信感を拭うことが出来なかった。


 その突破口になったのは、意外と料理だった。


 余った材料で作った簡単なものだったが、ルーナには好評ですぐに打ち解けることが出来た。


 そして、決定打となったのが木聖剣だった。


「それは!! もごもごもご、でひゅね」


 そんなに口に頬張っていたら、何を言っているのかわからない。


 けど、木聖剣を指差しながら何かを言っているのだけは分かった。


「これに興味があるの? どうやら、ユグドラシルの木らしいんだけど、実際のところは分からないんだ」


 ルーナはようやく食べ物を飲み込み、水を一気に飲み込んだ。


 これでゆっくりと話すことが出来るだろう。


「それは神樹ユグドラシルで間違いないと思います。古代文字が書いてありますから」


 やはりこれは落書きではなかったのか……


 S級冒険者のルカに言われたが、どうも信じることが出来なかった。


 それほど落書きにしか見えない文字なのだ。


「ルーナもこれが読めるのか?」


「……その前に……ロスティ様……」


「ロスティでいいよ。これからは仲間なんだから。ミーチャもミーチャでいいだろ?」


「私は構わないわよ。様付なんて、ちょっと気持ち悪いものね」


「だそうだよ。ルーナがここにいる理由を考えれば、もしかしたら納得できないかも知れない。けどね、僕達はそれを望んでいないんだ。あくまでも対等な仲間として、ルーナを迎え入れたいんだ」


 ルーナは意外と言うか、目を丸くして驚いたような表情をしていた。


 もっとも髪がぼさぼさで表情をうまく読み取ることは出来なかったけど。


「分かりました……それではロスティ、さん」


 それが限界か。まぁ、今はそれでもいいか。


「その木聖剣というのは、元からその形だったのですか? キレイな剣のように見えますが……」


 ふむ。どうしたものか。


「信じてもらえるか分からないけど……モンスターと戦っている最中に自然とこの形になったんだ。元は本当に木の枝って感じの形だったんだ」


 沈黙が流れた。


 やっぱり信じられないよね。


 だが、予想していた反応とは違うものだった。


 ルーナがぐいっと近づいてくるや、手を握ってきた。


「私は……ロスティさんを信じます。いいえ……これはユグドラシルのお導きかも知れません。是非とも、私を連れて行って下さい。お願いします!!」


 元からそのつもりだから、頷きはしたが……どういった心境の変化なんだ?


「ロスティさんは信じられるので言いますが……人間は我々のことを獣人と呼びますが、それは間違いです。私はユグーノの民。ユグドラシルを神樹と崇め、守っていくことを宿命とされた民族なのです」


 ユグーノの民? 聞いたことがない名前だな。


 つまり、獣人と呼ばれる人達は皆、ユグーノの民ってことかな?


「今はそうとも言えませんが、ルーツは同じだと思います」


 ほお。それは面白いことが聞けたな。


 しかし、分からないな。


 ユグーノの民がなんで教会にいたりしたんだ?


 ユグドラシルの守護は大丈夫なのか?


「……捕まったんです。偶々立ち寄った村に教会の人が現れて……私には回復魔法師のスキルがあったと知ると……」


 そんなバカな……それではただの人さらいではないか。


 教会がそのようなことを平然と行っているのか?


「その時はすごく教会の人は親切でした。私、人を探していて……協力してくれるって言うから付いていったら……ここに来ていたんです。そこでやっと、捕まったって知って……これからどういう運命なのかも聞かされました……だから、ロスティさんに助けられて……」

 

 まだ子供だというのに、なんて壮絶な経験をしているんだ。


 教会はもしかしたら、今後僕の敵になるかも知れない……そんな予感を感じさせた。


 そういえば、人探しと言ったが……


「同郷のルカ姉様を探しているんです。なんでも、冒険者というものをやっていると……」


「ルカ!? ルカってあのルカ?」


「知っているのですか?」


 知っているも何もない。


「ルカはここでS級冒険者として活動しているよ。外見は……なるほど、ルーナにそっくりかも知れないな。ちなみに、姉妹なの?」


「はい。ルカ姉様にどうしても会いたいのです」


 まさか、ここで尋ね人が見つかるとは思ってもいなかったのか、ルーナの興奮は尋常なものではなかった。


「とりあえず、落ち着いてくれ。ルカは今、ダンジョンに潜っている最中だ。だから、会いたいのは分かるけど、戻ってきてからかな」


「そう、ですか……でも、ここにいればルカ姉様に会えるんですね!!」


 子供の嬉しそうな顔は本当に心が落ち着く。


「ルーナ。酷なようだけど、ルカさんに会わせるために、あなたがここにいる訳ではないことは分かっているわね?」


 ミーチャの言葉に、ルーナは真剣な表情で頷く。


「それが分かっていれば、十分よ。だったら、ここにいる理由について話をしたんだけど……その前に、やらなくちゃいけないことがあるわね」


 ルーナが首を傾げて、こっちに視線を送ってくる。


 僕も分からないぞ。


「湯浴みよ。正直に言って、かなり汚いわよ。女の子なんだから、まずは身奇麗にしなさい。それに服も交換ね。いい? 私達と行動を共にするのに、そんなボロみたいな服は絶対にダメよ。ロスティにお願いをすれば、いい服と食事くらいは奢ってくれるわよ」


 なんてことを教えているんだ。


 ルーナがすごい懇願の眼差しを向けてくるんだが?


 この子……かなり懇願慣れしているぞ……。


「わ、分かったよ。あとで服を買いに行こう。それと……」


「ロスティ。夕飯はギルドの食堂よ」


 はい、そうですね……。


「ふふっ。なんだか、お二人って本当に仲がいいんですね。すごく羨ましいです。私もいつか、その中に入りたいです」


「ダメよ!! ロスティは私の夫よ。ルーナでも手出しはさせないわよ」


 あれ? なんだか少し険悪な雰囲気になっていないか?


「ミーチャさん。優秀な男性は多くの女性から知恵を得る。里ではそのように教えられてきました。ロスティさんは優秀な男性ではないんですか?」


 知恵を得る? 言っている意味がよく分からないけど、そんな言葉ごときでミーチャの心は揺るがない。


 僕にはそれくらいは分かる。


「ルーナ。言うわね。確かに一理あることだわ。でもね、まだ認めないわ。優秀というのなら、相手も優秀であるべきよ。その知恵というものを証明しなさい。全てはそれからよ」


 結構、効いているなぁ。


 まさか、ミーチャが他の女性を僕に近づかせる余地を作るとは。


 それともルーナになにか感じるものがあったのかな?


「ルーナ。まずは湯浴みを。まずは、あなたのキレイな姿を見せなさい」


 ルーナがすっかりミーチャに従順な妹みたいになってしまったぞ。


 まさか、これがミーチャの狙いか?


 だとしたら……凄いことだな。


 ルーナが湯浴みから出てきた。


 そこには……美少女がいた。

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