第89話 回復魔法師

 所持金は四億トルグを少し超えたくらいになった。


 ダンジョン攻略がものすごい金稼ぎになることを痛感してしまった。


 もっとも換金の担当者がいうには、こんなにダンジョンから持ち帰る冒険者はいないというのだ。


 S級冒険者でも一億トルグというのが相場のようだが……。


「一気に金持ちになってしまったわね。実は狙っている物があるんだけど……」


 それは是非とも聞きたいな。


 今までもミーチャの選んだものはかなり冒険に役立っている。


 期待の目をミーチャに向けた。


「そんな目で見られるとすごく言いづらいんだけど……さっき食堂で……」


 ああ、何となく分かってしまった。


 ミーチャのお楽しみのようだ。


「さっきの換金したお金の半分はミーチャのものなんだ。好きに使うといいよ」


「それは何度も言ったでしょ? 私はお金は要らないわ。ロスティに全部あげる。その代わり……」


 私を養って、と続く。


 本当にそれで良いのだろうか?


「とりあえず、預かっておくことにするよ。じゃあ、お金を渡しておく……」


「ダメよ。奢ってもらうのがいいんじゃない。それだけで味が何割増しかになるんだから」


 なんだ、それ?


 そんな理屈聞いたことがないぞ。


 まぁいいか。


「それは、夜に取っておこうか。今はガルーダの穴埋めを……」


「だったら、誰かをスカウトしてみる? そういえば、赤き翼の……」


 そういえば、そんな奴がいたな。


 でも、赤き翼は武器による近接攻撃だったはず。


 今欲しいのは、防御結界が使える魔法師だ。


 それか、遠距離攻撃が出来る武器か魔法が使える冒険者だ。


「すぐには難しいかも知れないわね」


 残りの時間は二日。


 スカウトは諦めたほうが良いかも知れない。


 それよりも……


「回復魔法師はどうかな? こういってはなんだけど、トルグを積めばスカウトは出来るから」


「どうかしら? 話ではあまり熟練度の高い魔法師は少ないって言うし、回復だけだったらロスティの料理だってあるじゃない。あまり必要性は感じないわね」


 確かにミーチャの言うことはよく分かるが、ダンジョンでは料理は使えないかも知れない。


 もちろん作り置きをしていくって選択肢はあるけど……。


「回復だけなら良いかも知れないけど、回復魔法師は状態異常に対しても効果がある魔法を使えるっていうよ。回復薬には限界があるし、回復魔法師が一人いるだけでパーティーとしての安定感が上がると思うんだ」


「分かったわ……でも分かっているでしょ? 女はダメだからね!!」


 なんで、そうなるんだ?


 優秀な人材なら、性別は関係ないだろうに。


 といっても、ここで抵抗しても無駄だ。


「分かったよ。教会支部に行ってみよう」


 回復魔法師は教会支部で取り扱っている。


 口の悪い人は、回復魔法師を商品と言う言葉を使うが、教会でも人を人と思っていないような扱いがされているという。


 僕もそれをトルグで買おうとしているのだから、なんとも複雑な気分だ。


 教会支部に到着し、すぐに受付に向かった。


 受付の人はあまり感じが良さそうな人ではなかった。


「あの……」


「なんだ? 冒険者が何用だ?」


 態度がものすごく悪いな。


「回復魔法師を見せてほしいんです」


「ああ……それで?」


 ん? 何を聞いているんだ?


「買うのよ」


「そうかい。じゃあ、こっちに来な」


 買うという言葉になんとも違和感があるが、受付の人はなんとも思っていない様子だ。


 この組織は思った以上に、ひどい場所なのかも知れないな。


 連れて行かれた場所は、牢獄のような場所だった。


 一人一人が鉄格子の中に入っていて、あまり健康的な者がいない。


 纏っている服はとてもキレイとは言えないようなものだ。


 最低限の衣類だ。


 これが教会の回復魔法師の扱いか……。


「ロスティ。気持ちは分かるけど、同情的になっちゃダメよ。可哀想と思っても、私達がどうにか出来ることではないんだから」


「分かっている」


 どうも、こんな光景を見ると機嫌が悪くなる。


 公国でも鉱山の労働者に似たような境遇を与え続けていた。


 何度も境遇改善をしようとしたが、どうにもできなかった。


 それがとても悔しかった。


 それは今でも変わらないのか……


「どれがいいんだ? おすすめはこいつだな。熟練度☆2だが、なんといっても顔がいい。スタイルもいいぞ。魔法師として使えなくなっても、使い方があるぞ。値段は三億トルグだ」


 進められた回復魔法師を見ると、確かに見目が美しい。


 ミーチャに肘打ちされた。


 どうやらダメなようだ。


「だったら、こいつはどうだ?」


 基本的におすすめしてくるのは見目を重視するものばかりだった。


 中には、貴族の子弟までいた。


 どれもミーチャは反対のようだ。


「本当に買う気あるのか?」


 徐々に受付の感じ悪い男は苛立ち始めていった。


 目を逸らすように、牢獄の一角に目をやった。


 そっちは、おすすめされた回復魔法師より一段、扱いが低い者たちのようだ。


 ガリガリで、とても冒険者として戦えるとは思えないほど衰弱している。


 その中で目を引く少女がいた。


「この子は?」


「まさかと思うが、こんなのに興味があるのか?」


 なんなんだ、こいつは。


「いいから。聞かれたことだけ答えてくれ!!」


「ちっ……こいつは熟練度☆1。回復魔法師といっても状態異常の回復のみだ。ハッキリ言って、使えねぇぞ。それに見目も最悪だ」


「ミーチャ。どう思う?」


「私は別に構わないわよ。でも本当に良いの? 折角なら、もう少し能力の高い人がいいんじゃないの?」


 これは僕の傲慢というか、我侭みたいなものだ。


 でも、この子がこんな扱いを受けて良い道理はない。


 全員を救うのは無理だけど……


「この子だ。いくらだ?」


「信じられねぇ。本気か? 獣人だぞ?」


「だから、聞かれたことだけを答えてくれ!!」


「ちっ!! 偉そうにしやがって。一億トルグだ」


 感じの悪い男に白金貨10枚を手渡した。


「それにしても変わっているな。なぁ、折角だから、他の獣人も買ってくれよ。買い手がつかなくて困ってんだ。二人目からは安くするかよ」


 こいつは……。


 買ってやろうと思って、財布に手を伸ばしたら、ミーチャに強く握られた。


「感情的になってはダメ。買うことは出来ても、その子たちを養っていけるの? 一人ならなんとかなるかも知れない。でも私達にそんな余裕はないのよ。だから……諦めて。悔しいけど……」


「へへっ。それが賢明だな。こんな獣人をぞろぞろ連れて歩いていたら、おかしな奴だと思われるからな。まぁ、一人でも買ってくれただけでも有り難いな」


 厳重な鍵が開けられ、一人の少女が引きずり出された。


 少女はビクビクとした様子で、こちらをじっと見つめていた。


「追加料金をくれれば、奴隷紋をつけてくれる業者を紹介するが? どうする?」


 教会は一体、何を考えているんだ?


 回復魔法師ってだけで、教会の物とでも思っているのか?


「いや、必要ない」


「そうかい。俺は奴隷紋を入れておいたほうがいいと思うが……こいつらは獣人だ。人間とは相容れない存在だってことを忘れるなよ」


 獣人で回復魔法師……少女はどれほど辛い思いをしてきたのだろうか。


「歩けるか?」


 少女は力なく頷くだけだった。


「ミーチャ。行こう」


 牢獄のような場所を離れた。


 遠くから感じの悪い男が「毎度ありぃ」と言う言葉が聞こえてきた。


 人を何だと思っているんだ……。 

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