第91話 ルーナの魔法

 誰だ!? と言いたくなるほど、さっきとは別人がいた。


「ルーナか?」


 隣りにいるミーチャから大きなため息が聞こえる。


 失望されてしまったようだが、こんなに変わるものなのか……


 清潔な衣類に身を包み、髪や肌に潤いが戻っている。


 そもそも、髪の色が違う。


 会った時は灰色がかった髪の色と思っていたが、実際は水色をしていた。


 どんだけ汚れにまみれていたんだ?


 肌も透明感のある白い肌。


 さっきの黒っぽい肌はどこに行ってしまったんだ?


 そんな美少女がじっとこちらを見て、ついドキッとしてしまった。


 自分で言うのも何だけど、僕は女性であまり心を揺らいだことはない。


 今までだって、ミーチャが初めてなくらいだ。


「あまりジロジロと見ないで下さい。恥ずかしいです」


 これは女性に失礼なことをしてしまった……。

 

 謝罪をすると、ルーナは凄い笑顔で「はい」とだけ言った。


 かなり酷い目にあっていたはずだと言うのに……。


 ミーチャはルーナの姿を見てから、ずっと静かだ。


 まぁいいか。


「ところで、ルーナは回復魔法が使えると聞いているが。具体的にはどういうことが出来るんだ?」


「はい」


 そもそも回復魔法師が使う魔法は、一般的には体力を回復させる魔法を指すことが多い。


 ポーションのような役割だ。


 だが、体力を回復する以外にも解毒などの状態異常を正常に戻す魔法を使うものがいる。


 これは結構、珍しい部類だ。


 それでも体力回復の方が重宝されるため、状態異常回復は珍しいがあまり有り難がられない。


 それでも状態異常回復は凄い能力だ。


 ダンジョンという閉鎖的な空間では状態異常で命を落とすなんてことはよくある話だ。


 にも関わらず、有り難がられない理由は熟練度の伸びの悪さと高い熟練度でなければ、精々、痺れを治す程度のものなのだ。


 ハッキリ言って、使えないとさえ言われる。


「私は状態異常回復魔法と……」


 他にもあるのか?


「解呪魔法が使えます」


 解呪?


 つまり、呪いを解くってことか。


 呪いとは簡単に言ってしまえば、ステータスに影響を与える魔法のことだ。


 例えば、体力を著しく低下させるとか、動きを遅くするとかだ。


 そういう魔法はモンスターはほとんど使わない。


 使うのは人間や魔法にかなり長けた種族ということになる。


「正直に言っていいかしら?」


 さっきから黙っていたミーチャが急に声を出して驚いてしまった。


「ルーナ。見た目は完璧だわ。私から見ても、十分な美しさを持っているわ。これだけの美少女を教会が放置していたなんて信じられないほどだわ」


 ああ、まだその話が続いていたのね。


 ルーナも困って……


「いいえ。私なんか……私よりミーチャさんの方が美しいと思います。まるでユグドラシルの巫女を思い起こさせるような褐色の肌……憧れます!!」


 ……どういうことだ?


 ミーチャの顔を見ると、やはり驚いた表情を浮かべていた。


 それはそうだろう。


 僕達は今、擬態の魔法を使っている。


 外見は……こういってはなんだが、目立たないような顔立ちをしているはずだ。


 ましてや、褐色の肌をさらけ出すなんてありえない。


 魔道具の効果が切れた?


 いや、そんなことはない。


 だとしたら……。


「ルーナ。正直に話してほしいんだけど……君にはミーチャの肌が褐色に見えるのかい?」


 ルーナは首を傾げていた。


 さっき、言ったのだから、この質問は可怪しいか。


 なんと聞けば良いんだ?


「僕のことはどんな風に見えるんだ?」


 なんでルーナはモジモジしているんだ?


「その……カッコイイと思います。黒い瞳が……本当に素敵だと思います」


 やっぱり、そうか。


 いや、カッコイイって言われたことじゃないぞ。


 擬態した姿は黒い瞳ではない。


 黒い瞳はこの大陸ではかなり珍しい部類だ。


 ……この子には僕達の本当の姿が見えているんだ。


 でも、なぜだ?


「今は考えても仕方ないわね。でも、どうする? この子には本当のことを話したほうが良いかも知れないわよ。どこかで私達の外見の事を言われると、ちょっと面倒だもの」


 確かにその通りだ。


 正体を見られている以上、これを隠すためには正直に話して、嘘を共有してもらうしかない。


「ルーナ。実は……」


 僕達の元の身分を話し、ここまでの事情を簡単だが、説明することにした。


 その間、ルーナはじっと話を聞いているだけだった。


「そういう訳だ。ルーナには、僕達の正体が見えているのかも知れないが、他の人は違う人に見えているんだ。それを分かってほしい。そして、無理を言うようだが、僕達の嘘に付き合ってくれないか?」


 ルーナは静かに頷いた。


「すごく楽しかったです。そんな絵本で聞くような話が本当にあるなんて……王子様とお姫様の恋なんて、すごく素敵です!! 私もそんな恋をしてみたいです!」


 これは……分かってくれたって思っても良いのかな?


 大丈夫だよね?


 ミーチャも判断に困っている様子だが、まあ……いいか。


 予想だにしていなった事態で、僕達の正体がバレてしまったが、考えようによっては早く話すことが出来てよかったとも言えるかな。


 もっともガルーダには話す気になれなかった。


 その違いは……やっぱり、相手が美少女だから?


「話を戻すわよ。ルーナの魔法だけど……」


 おお、本当に急だな。


「ダンジョンではあまり使い途がなさそうね」


 ルーナの熟練度は☆1。


 最低限の状態異常回復魔法。


 それに解呪魔法。


 ルーナは一気に落ち込み、暗い顔になる。


「安心しなさい。☆1でも見捨てたりしないわ。あくまでも、今は、よ。熟練度が上がれば、その魔法はかなり使い途が広がるわ。状態異常回復はアイテムでも治すことが出来るけど、売っているとも限らないし、値段がかなり高いわ。それに面白いと思うの。解呪魔法っていうのが」


 確かに聞いたことがない魔法だ。

 

 面白いと思うのも頷ける。


「解呪魔法が活躍するのは、残念ながら対人戦のみと考えたほうがいいわ。これから、そんなクエストも受ける事が多くなると思うの。実際、数日後には対人戦をするかもしれないのよ」


「えっ!? ちょっと、待って下さい。人と戦うんですか?」


 そりゃあ、心配になるよね。


「まだ、分からないんだ。一応、護衛任務ってことだから、その覚悟はしておかないといけないんだけど」


「そうですか……でも、私、絶対足手まといになると思うんです」


 冷静に考えれば、ルーナは足手まといになる可能性は高い。


 戦いにおいて、弱点を突くのは基本だ。


 足手まといは弱点たりうる存在だ。


「そうならないために、時間はないが、考えられることをやろう」


「ルーナ。その事なんだけど……ちょっと私から提案があるんだけど……聞いてみる気はある?」


 なんだろう。嫌な予感しかしない。


   

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