第71話 料理道
『料理』スキルを試すために厨房探しをしていたが……
すぐにギルド併設の食堂で使っていいと許可をもらった。
「本当にいいんですか?」
「構いませんよ。冒険者の中には、自分で料理をするという方は少なくありませんよ。なんというか、他の人が作ったものを信用できないと言う方もいますからね。それで冒険者用の厨房を用意してあるのです」
ほお。有り難い。
「ただ、貸すという形なので、料金が発生しますが……」
当然だな。無償で借りるというのは考えていない。
料金は一日単位と月単位とであるみたいだ。
当然、月単位の方が割安だ。
「ミーチャ、どうする?」
「当然、月単位よ。毎日毎日、ロスティには作ってもらうわよ!!」
やっぱりそうなるのね。
それにダンジョンに潜ることを忘れているのではないか?
まぁ、それでも月単位の方が安かったりするから、いいか。
食堂に行くと、なるほど、使われていない厨房施設が端っこの方に置かれていた。
コンロにオーブン、蒸し器なんかもなるな。
意外と本格的だ。
鍋などは自前のようだ。
「あれ? ミーチャさんじゃないですか!! こんなところで何をしているんですか? それよりも、実は……紫が入荷したんですよ。知っていました?」
この娘は……よくミーチャと酒談義をしているウエイトレスだ。
たしか、名は……セレスと言ったか。
名札にはセレスティーナと書いてあったが、ミーチャがセレスというので、それで覚えてしまった。
どうやら、遠くから僕達の姿を見て、追いかけてきたみたいだ。
「セレス……紫? ……ま、まさか……本当なの?」
セレスは神妙に頷くだけだった。
「信じられないわ。あそこは、一度は蔵が事故で潰れて再起不能と言われた所。まさか、復活していただなんて。あ、味はどうなの!?」
「ふっ。愚問ですね。あの蔵は味には妥協しないで有名ですからね。味は以前より数段上がっていると評判ですよ。私も飲みたい!!」
ミーチャは首を振って、信じられないというジェスチャーをしていたが、何がなんだか……。
「ロスティ!! 分かっているわね!?」
全然、分からないよ。いや、分かりたくない。
セレスがなぜか、期待を込めた瞳をこちらに向けてきた。
「こ、今回だけだからね!!」
「ふふっ。ロスティは本当に素敵ね」
百万トルグをむしり取られるように持って行かれてしまった。
「じゃあ、食事時に持ってきますね。冷で?」
「愚問よ」
「ですよねぇ。それでは、また後ほど」
セレスはそのまま何事もなかったようにいなくなった。
「さあ、ロスティ。今日の目標は決まったわね。紫用のおつまみよ!!」
そういうことになっちゃうの?
まぁ、目標があったほうが作る方も楽か。
さて、『料理』スキルを発動!!
といっても包丁を握るだけ。
自然と料理の知識が頭に流れ込んでくる。
初めて持つはずの包丁がすごく手に馴染んでくる。
とりあえず、簡単なものから。
お肉を炒めるだけ……味付けは塩コショウのみ。
実にシンプル。
「ミーチャ。味見を頼む!!」
「これがロスティの初めての手料理……食べるのもなんか緊張するわね」
目を瞑り、ゆっくりと咀嚼をしている……。
目を見開き、評価が出たようだ。
「初めてにしては上出来ね。でも、素人に毛が生えた程度ね。目指すは宮廷料理人よ。ロスティなら目指せるわ!!」
宮廷料理人はともかく……『料理』スキルはミーチャに授与するはずだったんだけど……やっぱり、僕が料理をすることになっていないかな?
「……次の材料を持ってきてくれ」
練習には材料を無駄にするのはやむを得ない。
といっても処分先は意外とすぐに見つかった。
セレスから冒険者を紹介された。
凄い巨体だ。
かなりの大食漢で、まずくなければ食べてくれるようだ。
最初に作った料理でも、一応の及第点だったので、後ろに控えてもらった。
「次はもっと手の込んだものを作ろう」
次はグラタンだ。
牛乳とバター、そして肉に野菜を使った温かい手料理だ。
『料理』スキルはオーブンの使い方を教えてくれた。
うむ。さっきより、かなり手際がいいぞ。
包丁が信じられない早さで動く!!
「どうだ!!」
冒険者とミーチャは、すぐに口に入れた。
「いけるわ!! まだ目標には程遠いけど、見えてきたわね。二度目でこの進歩の早さ……次が楽しみね」
おお。褒められるとなんだか嬉しいな。
料理人か……将来の仕事としては悪くないかも知れないな……
冒険者の方は、もうないか。早いな。
「ぶふっ」
感想はそれだけだ。
しかし、おかわりを要求しているところを見ると、味は悪くなかったようだ。
「よし。ミーチャ、次の食材だ!!」
肉……三連続だな。
次はオーク肉のシチューだ!!
ダシ取りという繊細な仕事を要求され、難易度はかなり高い。
しかし、これが作れれば、料理人としての腕はかなり上がるだろう。
悪くない……問題は時間がかかることだな。
この時間で別の料理だ。
定番のハンバーグだ。
僕の大好物と言ってもいいほどだ。
ステーキとは違った食感。肉汁を味わう料理としては格別なものだ。
時間的には、先にこれを出すことになるだろう。
こねこね……この作業に全神経を集中する。
タネの声が聞こえてくるようだ……今が好機!!
焼きをいれたら、出来上がりだ。
「どうだ!!」
三度目ともなると、なかなか緊張感のある試食会へと変貌していた。
ギャラリーも随分と増えてきたな。
なぜか、食通を自称する者が勝手に試食会に参加していたが……楽しくなってきたな。
僕の味を楽しむがいい!!
「ロスティ!! 来てるわよ! 栄光の宮廷料理人の道が。私には見えてきたわ」
最高の賛辞をありがとうございます。
「ぶ、ぶふっ」
皿まで舐めて、なんて卑しい……いや、これは料理人にとっては最高の誉れとも言うべきか。
なぜか、一礼をしてしまった。
「ほお。これは……旨いですな」
誰だ!? こいつは。まぁいいか。
「だが、これだけでは終わりではないぞ!! といってもハンバーグがないな。もう一度、作り直すか……」
その間に、オーク肉のシチューを出す。
「ハンバーグのほうが衝撃は大きかったわね」
ん? どういうことだ?
……そうか。ハンバーグより先に作ったシチューの方が『料理』スキルとしては熟練度が低かったということか。
そのとき、『料理』スキルが反応した。
ハンバーグとシチュの融合……
辺りからどよめきが聞こえる。
「ロスティ! なんてことを。そんなことをしたら、ハンバーグが台無しじゃない。ハンバーグの要である肉汁がシチューに流れてしまうわ。そんなハンバーグは……」
随分とミーチャも語ってくれるものだ。
しかし、これは『料理』スキルが最適解として教えてくれたもの。
僕は無言を貫き通した。
「黙って、食べろってことね。私は愚かだったわ。シェフがそんな当たり前のことが分からない訳がないものね」
シェフ……いい響きだ。
皆、一口を食べると急に立ち上がった。
「旨い!!」
そこには老若男女の境はなかった。
皆が天を仰ぎ……といっても低い天井だけど……神に祈りを捧げている。
「ロスティ。これよ!! これこそが究極の一品を目指すにふさわしいものだわ!! 冒険者は終わりね。これからは……」
いやいやいや。
ダンジョンに入るための『料理』スキルだって忘れてませんか?
というか、究極の一品って何?
そんなものは全然目指していないんだけど……
試食会は盛り上がりを見せながら、解散となった。
試食に参加をした大勢から多くのお金をもらうことが出来た。
材料代を大きく超える額だ。
さっきの酒代も浮きそうだな。ちょっと嬉しい。
「ロスティ。まさか、一日でこの上達……じゃあ、締めにおつまみをお願いね。一緒に乾杯しましょ」
オーク肉の燻製にあっさりとしたサラダを用意した。
ミーチャはご満悦だ。
やばい……料理、楽しすぎるな。
ロスティの料理道は始まったばかり。この先に立ちはだかる闇の料理人達……それにロスティはどう挑むのか……だが、それはまた別の話……。
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