第72話 料理道②

 『料理』スキルは実に素晴らしいものだった。


 こうなってくると、ミーチャに手渡すのが惜しくなってきてしまう。


 交渉をするか……


「ミーチャ。実は相談なんだけど……『料理』スキル、僕が持っていてはダメかな? もちろん、ミーチャが欲しいということであれば、最初の約束通りにはするつもりなんだけど……」


 ミーチャはじっと僕の目を見つめてきた。


「どうやら、シェフの魂が宿ってしまったみたいね……いいわ。ロスティ。思う存分、包丁を振るってちょうだい!!」


 おお!! ミーチャ、僕、頑張るぞ!!


 これがミーチャの術中であることは後で知ることになる……。


「それで? 今日は何を作ってくれるの?」


「そうだな……そろそろダンジョンで食べられるものに挑戦しようと思うんだ。ダンジョンで手に入る食材と言えば?」


 思いつくのは、オーク肉だ。それにフォレストドラゴンの肉だ。


 ダンジョンはドロップという形態で食材が手に入る。


 ドロップは食材以外にも様々なものだ。


 爪や皮、宝石、金貨、毒袋、薬草など多岐にわたる。


 そういったものを持ち帰ってくると、ギルドが買い取ってくれるという制度を取っている。


 もちろん、売らずに自分で利用することも可能だが、ダンジョン産とそうでないものは大きく分けられているため、店を利用する場合は、ギルドを通す必要がある。


 なかなか厄介な制度だ。


 最近、出来たらしく、それが商業ギルドと揉める大きな原因の一つだという。


 そりゃあそうだろう。


 今までは物品に関する扱いは商業ギルドの範疇だ。


 しかし、王国は特例的に冒険者に関わる物品やダンジョン産の物に関しては冒険者ギルドに取扱を許可したのだ。


 なぜ、そういう動きになったのかは分からない。


 ただ、商業ギルドの強引な価格釣り上げのために冒険者の負担が大きくなっていて、冒険者ギルドが王国に働きかけたことで認められたらしい。


 これにより商業ギルドは冒険者から生み出される利益が全て冒険者ギルドに奪われたようなものだ。


 恨まれて当然ということになる。


 そのせいで、ダンジョン周りには商業ギルドの息のかかった店は存在しない。


 冒険者ギルドだけでやれるものなら、やってみろという商業ギルドの強気の姿勢を感じることが出来る。


 冒険者も今までの商業ギルドの卑劣な価格釣り上げには不満を持っていたから文句は出てきていない。


 最初のうちはね。


 今は結構不満が続出。


 やっぱり、冒険者ギルドには商売ができる人材が少ない。


 大量のダンジョン産の素材があっても、なかなか商売に結びつけるのが難しいようだ。


 武器屋や道具屋がなかなかサンゼロの街に来ないのも冒険者ギルドの内々の問題が多いせいだ。


 さて、話を戻そう。


「一般的なオーク肉で作ってみよう」


 使っていくうちに分かってきたが、『無限収納』の中に納めた物の時間経過が殆どないということだ。


 殆どないというのは、凄く熱い湯を数日間保管してから、取り出すとかなり熱い湯になっている感じだ。


 分かりづらいな。


 現実の時間で一分のことが、『無限収納』内では数日は掛かるということだ。


 一日で腐る食べ物があれば……『無限収納』に入れれば、大体、十数年で腐る計算だ。


 こればかりは正確に測ろうとすれば実際にやらなければならないけど、目安にはなるだろう。


 注意していれば、腐る心配はないということだ。


 さて……オーク肉を取り出し、作るのは……原点に戻って炒めものから。


 これが一番手軽で、腹にたまる。


 肉にスパイスを効かせてから、慎重に焼きを入れていく。


 いい香りだ……。


「どうだ!!」


 ミーチャはあまりいい顔はしなかった。


 皿に肉だけ載っている感じだもんな。


「……あれ? すごく美味しい。オーク肉ってこんなに柔らかかったっけ? それ以上に、噛めば噛むほどに旨味が引き出されていくわ」


 だろうな。


 実はオーク肉を調理する前に下処理を施していたのだ。


 出汁がここまで奥深いものだとは正直思ってもいなかった。


 オーク肉という旨味に乏しいものを化けさせるなんて。


 さらに野菜や果物の汁に浸けることで、柔らかさを実現……。


「オーク肉はダンジョンでは手に入りやすい肉だからね。なんとか美味しい肉にならないか、研究していたんだよ。それだけのいい評価なら問題はなさそうだな」


「そうね。多分、何の肉か知らされなければ、オーク肉って言う人はいないわ。それこそ……いいえ、なんでもないわ。とにかく、これをダンジョンで味わえるんだったら文句はないわ。それで? これで終わりじゃないんでしょ?」


 もちろんだ。


 これはオーク肉がこれからのメイン食材として使えるかどうかのテストみたいなものだ。


 ダンジョンで作るご飯。第一号は……


 オーク肉のサンドイッチだ。


 さきほどの旨味と肉汁が多く含まれているオーク肉を軽く干し、燻製にする。


 柔らかさを失わず、燻製のいい香りという、いいとこ取りの食材だ。


 もちろん日持ちは悪い。


 しかし、『無限収納』の前ではその問題は大きなものではない。


 マヨネーズにマスタードを効かせ、そこにきゅうりの酢漬けやレタスなどを挟む。


 ちなみに、香辛料は手に入りやすい。


 王国の南方はかなり温暖なため、栽培が盛んだからだ。


 サンドイッチを頬張るミーチャ。


「美味しいわ!! サンドイッチなら手軽だし、腹持ちも良さそうね。中身を色々と試せる楽しみもあるし、最初のダンジョン料理としてはいいわね。……本当に美味しいわね……」


 用意した量をぺろりと食べられてしまった。


 そんなときに、ふらりと冒険者が覗きにやってきた。


「俺にも、それを売ってくれないか?」


 実は、こういう冒険者が最近、やってくることがある。


 そういうときは必ず断るようにしてある。


「申し訳ないが、これは売り物ではないんだ。それに食堂の営業を邪魔するつもりもないからな。諦めてくれ」


 これで大抵の冒険者は引き下がってくれる。


 しかし、今日の冒険者はなかなかに、しつこい。


「どうか!! 匂いが……我慢できないんだ!! 頼む。2千トルグ払う!! いや、3千でもいい。とにかく!!」


 一応、食堂の定食の相場が千トルグ。


 ちょっと心が動いたが、食堂の妨害は出来ない。


 と思ったら、珍客がやってきた。


「俺にもくれ!!」


 やってきたのは、食堂の料理長だった。


 この人が来たら、提供しないわけにはいかない。


 純粋に料理人に食べてもらいたいという挑戦心がくすぐられるからだ。


 しかたないので、しつこい人にもオーク肉のサンドイッチを出した。


「旨い!!」


 同時に頬張ると、同時に声あげた。


「俺は長いこと、料理人をしていたが、これほどのものを作ったことは滅多にない。それほど、秀逸なものだ。肉は何を使っているんだ? これだけの肉となると……なにっ!!!!!!? オーク肉だと!? 信じられん……俺は夢でも見ているのか?」


「三千……置いていくぜ」


 しつこい人は、颯爽とお金を置いて帰っていった。


 ちょっとカッコよかった。


 料理長がやたらと肉の下処理の秘訣を聞きたがってくる。


 教えてもいいか……


「そんなやり方が……ロスティさんと言ったな。時々でいいから、食堂の厨房に立ってもらえないだろうか? あなたから、色々と教えてもらいたいんだ。もちろん、無料とは言わない。そちらのお嬢さんは酒に煩いんだろ? それなりの酒を授業料として、払うつもりだ。どうだ?」


 ふふっ。そんな言い方をしたら、答えは一つしかないではないか。


「ロスティ。やりなさい。これは私にもロスティのも大きなチャンスなのよ」


 そうだよね。


 料理長の上手い口車に乗せられて、週に一度は食堂の厨房に立つことになった。


 その日の客の入りが物凄いことになったらしく、大きな争いの火種となるが……それはまた別の話。

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