第61話 前触れ

 赤き翼のレオンは降格処分となった。


 B級からC級に格下げ。


 処分の理由は隊長として冒険者を守る責任があるにも拘わらず、利己的行動を取ったからだった。


 さらに、レオンには追い打ちがかけられた。


 赤き翼のメンバーはレオンを除隊としたようだ。


 一人ぼっちになったレオン。


 冒険者の間でも、利己的に走ったレオンへの風当たりは冷たい。


 冒険者は本来利己的なもののはずだが、今回はタイミングが悪かった。


 それでも僕はレオンへの態度や評価を変えるつもりはない。


 最低から最低に……うん。全く変わっていないな。


「ロスティ、さん。そろそろ考え直してくれない……ですか?」


 誰だと思う?


 レオンだ。


 降格処分を受けて、パーティーから追い出されたレオンは、やたらと僕に接近するようになった。


「頼みますよ。B級パーティーに入れてもらえないとダンジョン攻略が出来ないんですよ。ロスティ、さんとなら、絶対攻略できると思うん、ですよ」


 慣れない敬語だからか、はっきりいって、そっちが気になって内容が耳に入ってこない。


「それについては何度もお断りしているはずですが? ガルーダさんのところがオススメですよ。ここだけの話ですけど……レオンさん、すごく気に入られているんですよ!」


 きっと喜んでくれる情報のはずだ。


 だってそうでしょ?


 B級のガルーダと言えば、このギルドでもエース級だ。


 その人に気に入られているなんて、喜び勇んでしまう内容のはずだ。


「ロスティ……それだけは勘弁してくれぇ! 男の俺が、あんなパーティーに入ったら、どうなるかくらい想像できるだろ?」


 喜ばない……だと!?


 もういいや。付き合っているのも面倒になってきた。


「赤き翼……じゃなかった。レオン、すまないけど、ミーチャと買い物の約束をしているんだ、また今度ね。あ、そうそう。ドブ攫いだったら、いい仕事を紹介できると思うけど……」


「ふざけんじゃねぇ! ダンジョンでくたばっちまえ!」


 ……全く。ドブ攫いの良さが理解できないとは……可哀想な人だ。


 ちなみに、知らなかったんだけど……レオンに言ったことはいわば禁句だったみたい。


 そうだよね。冗談でも言って良いことと悪いことってあるよね。


 後日、レオンは再度降格処分された。


 C級からD級へ。


 更に一時的に罰として、ドブ攫いのみのクエストしか出来ないということになった。


 ドブ攫いって罰扱いだったの!?


 今までで一番のショックだった。


「ロスティ、元気出してね」


 励ましてくれるのはミーチャだけだ。


 ちなみに、レオンがドブ攫いの刑になったことを一番爆笑していたのはミーチャだった……


 話は変わって……


「ミーチャ、教えてくれ」


 冒険者ギルドと商業ギルドの関係についてだ。


 ついていけていないのは僕だけだったみたいだから、知っておきたいんだ。


「なんだか、のどが渇いたなぁ……。お酒を飲めば、ちょっとは口が軽くなるかもね」


 一体、どこでそんな言葉を覚えたんだ?


 ミーチャは王族だろう?


 だんだん信じられなくなってくるよ。


 と思いながらも、ウエイトレスを呼ぶ。


「ご注文ですか?」


「ええと……」


 酒の種類なんて分からない。


 こんなときはオススメを聞くに限る。


「オスス……」


「あの青瓶って……」


「ああ。やっぱり、ミーチャさんは最高ですね!」


 ああ、もう名前まで覚えられているのね。


 あの……酒談義で盛り上がっているところ、申し訳ないんですけど……


「すぐに持ってきますね!! 前金で100万ドルグですね」


 高っ!


 ミーチャは当たり前みたいな顔をしているけど……


 情報料ってやつ?


 まぁ……いいか。実は先の討伐で臨時収入が入ったからね。


 ミーチャの分もあるんだけど、何故か受け取ろうとしないんだよね。


 金貨百万トルグ分を支払うと、嬉しそうに行ってしまった。


「ロスティなら、払ってくれると思ったわ」


「うん。でも討伐報酬のミーチャの分だからね」


「いいの、いいの。私の分は全部ロスティにあげるから。私は奢ってもらうのが好きだから」


 よくわからない理屈だけど、ミーチャが良いなら……


「お待たせしました。青龍の吐息ですね。冷やしで良かったんですよね?」


「当然!! まさか、ここで飲めるとはねぇ」


「本当にロスティさんみたいな旦那様を私も欲しいですよ。それではごゆっくり」


 僕の名前まで……


「知らないの? ロスティ、結構有名人なのよ。短期間でF級からB級に昇った異彩の新人って。私もそうなんだけど、ロスティは格別よ」


 どうやら得物が木聖剣というのが大きいみたいだ。


 なんか、木聖剣が褒められるみたいで嬉しいな。


 今度、上質な油でも塗ってやろう。


「あの……ミーチャ、さん。話を……」


 失敗したかな?


 さっきから酒をゆっくりと味わいながら、恍惚とした表情を浮かべている。


 喉をゆっくりと動かし、本当に美味しそうな顔だ。


 うん。これは話にならない顔だね


「すみませぇーん。定食をお願いしまぁす!!」


 もうね、やけ食いするしかないね。


 僕は1000ドルグの定食。ミーチャは100万トルグのお酒……


 なんだろう、気持ちが落ち着かないぞ……


 それにしても、なんでここの定食はオーク肉しかないんだ!!


 旨いんだけどさぁ……


「おう。ロスティ!! ちょうどよかったぜ」


「あれ? ガルーダ。ダンジョンに潜っているものと思っていたけど……」


「ちょっとな、ロスティのおかげで臨時収入があったから、仲間と羽目をはずしていたんだ」


 羽目……ねぇ…・…あまり、深く聞かないほうがいいか。


「それで? 何か用なの? 僕は今、定食で使われる肉をどうやって交渉して変えてもらうか、考えていたんだけど……」


「あん? なんだ、知らねぇのか? ここの裏メニューを」


 う、裏メニュー? 


 なんだろう。その甘美な響きは。


 そ、それで肉は? 何の肉なの?


 もう何日もオーク肉ばかりで、本当に、本当に飽きたんだ!!


「おお。おお!! そんなに食いつくとはな。たしか、しばらくはフォレストドラゴンの肉だったな。あれは脂が乗ってて、最高なんだぞ。値段はそれなりだがな……」


 居ても立ってもいられない!


 すぐに注文だ!


「ちょ、ちょっと待てって。実はよ。ロスティに会いたいってやつがいるんだ。すげぇ太っているやつとスキンヘッドだ」


 なんだ、その組み合わせは……全く身に覚えがないな。


 そもそも、僕を知っている人なんて、王国に何人もいないはずだ。


 その中にそんな外見の人はいないはずだけど……


「たしか、スキンヘッドが太っているやつのを『タラス様』とか言っていたような……」


 なん、だと!?


「お、おい。どうしたんだよ。顔を真っ赤にさせてよ。やべぇ奴なのか? なんだったら、ギルマスに話を通しておくか? ギルマスなら自警団にも顔が利くからよ」


 これは……公国の問題だ。


 王国の力を借りるわけにはいかない。


 それにしても、なんでタラスがこの街に!?


「そいつらは、まだこの街に?」


「雰囲気が変わったな。多分、いると思うぜ。でも、本当に大丈夫か? 顔が尋常じゃないぜ?」


 そんな顔をしているつもりはないんだけど……


 アイツのことを思い出したら……


 胸のそこから憎しみが沸いてくる。


「ふっ……私も行くわ。私の分身を甚振ったことをとことん笑ってあげるんだから」


「おっ!? 面白そうだな。オレも行ってもいいか?」


 ゴメンな。見世物にするつもりはないんだ。


 怒りでどうなるか、僕でも分からないんだ……

 

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