第62話 タラスとの決着

 ガルーダに聞いた場所に向かった。


 結構しっかりとした宿だ。


 というか、サンゼロの街では一番いい宿なんじゃないか?


 僕とミーチャが泊まっている宿といったら……


 いや、今はいいか。


「ミーチャ。引き返すなら今の内だ」


「ううん。大丈夫。それにそんな顔をしているロスティを一人になんか出来ないよ」


 そんなに酷い顔をしているのだろうか?


 酒を飲んでいる時は調子の良いことを言っていたミーチャだが……


 一晩経って、冷静さを取り戻して、過去の恐怖が少し蘇ってきているのだろう。


 顔が真っ青だ。


「そうか。でも、今日で決着をつけるんだ……いいね?」


「うん。私もそのつもりだから」


 もう、何も言う必要はないな……


 僕も正直に言えば、怖い。


 あの時……タラスの力には到底叶うものではなかった。


 もしかしたら、あれから更に強くなっているかも知れない。


 会うのは時期尚早だった?


 いや……これはいいチャンスだ。


 公国を出るはずがないタラスが、何の理由かは分からないけど、サンゼロの街に来ているんだ。


 木聖剣を握りしめる……


「行こう……」


 部屋をノックする。


 だが、誰も出てこない。


 何度もノックするとようやく反応があった。


 ドアがゆっくりと開き、覗かせたその顔は……


 まさしくタラスだった。


 少しやつれただろうか?


 それでも醜い顔をしている。


「誰だ、オメェら?」


 何を言っているんだ?


 バカだバカだと思っていたが、ここまでとは……。


 するとミーチャが袖を静かに引っ張ってきて小声を立ててきた。


「変身の指輪のせいじゃない?」


 すっかり忘れていた。


 そういえば、そんなものを付けていたな……


 だったら、好都合だ。


 人気のない場所に連れて行こう。


「ああ……タラスさんですか? その……ロスティさんとミーチャさんがタラスさんを呼んで来いと言われまして……」


「あん? ロスティとミーチャだと!? 本当か!? どこだ? どこにいるんだ!?」


 あんまり近づかないで欲しい……


 殴りたくなる。


 それにしても体が贅肉だらけで、なんとも気持ち悪い体型だ……。


 吐き気がする。


「まぁ、落ち着いて下さい。とりあえず、着替えを……それから案内をしますから。あと、武器を持って行かれたほうがいいですよ。向こうはなにやら武装しているようですから」


「あん? あいつらが武装? 笑わせるな! 無能者とチンケな闇魔法使いだろ? 素手でも十分だが……そうだな。今度は殺しても構わねぇか……あの無能者を殺してから、ゆっくりと忌み子を甚振ってやるか」


 なんて下衆な笑いをするんだ。


 こんなやつと兄弟だと思うと……本当に気持ち悪い……


 ミーチャも相当、気持ち悪そうな顔をしているな。


「ちょっと待っていろ」


 そういって、タラスは部屋に戻った。


 ……一向に出てくる気配がない。


 再びノックをすると、ゆっくりとした時間が流れてからようやく出てきた。


「なんだ?」


 何言ってんだ、こいつは?


「二人が待っているんですが?」


「ああ。知っている。だが着替えねばならないだろ? オレは自分で服は着ない。ドランを待っているのだ。帰ってくるのは夕方か? それまで待て」


 ……終わっているな……こんなのでよく公国を出てこようと思ったものだ。


 着替えが出来ない?


 僕が着替えを手伝おうと思ったが、触りたくもないので却下だ。


「女!! お前が着替えを手伝うか? 正直、趣味じゃねぇけどな。オレの体に触ることを許可してやる」


「いいえ。考えてみれば、その姿も素敵だと思いますよ。お着替えなんて不要じゃないかしら?」


 うわぁ。適当なこと言っているよ。


 あっ、でもタラスも満更でもないぞ。


「ほお。分かっているな。女。オレの美しい完璧な裸体を」


 どこを、どう見ればそうなる?


 ただの贅肉じゃねぇか!!


 まぁいいや。パンツ一枚でも履いていてくれれば。


「それでは行きましょうか。でも、本当に着替えは?」


「いらねぇって言ってんだろ? 女の話を聞いていなかったのか? この完璧の……」


 はいはい。聞きたくもない……。


 ……ダンジョンの外れ。


 ここならば、誰も来ないだろう……


「おい!! オレをどこに連れて行く気だ!?」


「ええ。そろそろいいかな? 久しぶりだな……タラス」


「あん? てめぇ、オレを呼び捨てにするとは……なに?」


 僕は魔道具の指輪を外した。


 僕とミーチャには何も変わったようには見えていないが、タラスには違うだろう。


 知らないやつが、急に僕にすり替わったと錯覚するだろう。


 もちろん、ミーチャもだ。


「て、てめぇら!! どこに隠れていやがった!? さっきの奴らはどうした?」


 状況を理解していない? 


 説明が面倒だな。


「タラス。お前が、なんでここにいるかは知らない。大方、ふざけすぎて公主にでも追い出されたんだろ? お前らしいな」


「兄貴に向かって随分と偉そうな口を開くじゃねぇか? 無能者が」


 いつまでも兄貴面をしているとは……


「いつまでも公国にいる気分なんだな。着替えが出来ない? よく、生きてこれたものだな。お前のような存在を王国では寄生虫と呼ぶらしいぞ。公国の後継者も王国では虫けらなんだな」


「虫けら、だと!? てめぇは無能者じゃねぇか! 王国では何ていうんだ? ゴミか? クソか?」


 これが後継者か……どうかしている。


「ちっ!! まぁ、お前なんてどうでもいい。お前だって、忌み子の脛でも齧って生きてきたんだろ? 無能者に居場所がないのは、王国も公国も変わりはしねぇだろうよ。とりあえず、忌み子を渡せ。可愛がってから、公国に連れ帰ってやるからよ」


「ふざけないで!! 誰があんたなんかと。アンタなんて……土偶がお似合いよ。たくさん、楽しんだんでしょ? あの土偶と。気持ちよかった? 見られなくて、凄く残念だったわ」


 何のことだ?


「やっぱり、お前の仕業だったのか……おめぇには、あの何十倍も屈辱を与えてやる! 絶対にな」


「ふふっ。あらあら、そんなに気持ちよかったの? なんだったら、土偶をまたプレゼントでもしてあげましょうか? 今度は二体あげるわよ」


 ミーチャの舌が随分と回るようになったな。


 ただ、タラスは限界のようだな。


 さっきから剣の柄にずっと手を置いている。


「ふざけんじゃねぇ。忌み子は傷つけねぇ。まずは忌み子の大切な無能者から殺してやるよ。泣いて許しを乞うても、絶対に許さねぇ! ぶっ殺してやる!」


 さすがは腐っても、『剣士』スキル持ちだ。


 抜刀のスピードはなかなかのものだ。


 それに踏み込みも悪くない。


 剣の軌道、早さ……悪くない……


 だが、その程度だったみたいだな。


 木聖剣をすかさず抜き払い、タラスの手首を打ち付けた。

 

 タラスの剣は無残にも放物線を描いて、遠くに突き刺さった。


「何のまぐれだ? てめぇがオレの剣に追いつけるわけがねぇ」


「そう思うなら、剣を拾ってきたらどうだ? 待っててやるよ」


「その余裕が命取りだぜ。次こそ、ぶっ殺してやる」


 二度目の対峙。


 タラスの手は下からの斬撃のようだ。


 一緒だ……


 眠くなるほど遅い……


 こんなのに恐れていたというのか?


 再び、木聖剣でタラスの手首を打ち付けた。


 剣をポトリと落とし、タラスは手首をかばいながら、蹲る。


「てめぇ。なにしやがった……」


「お前らに追放された恨みだ。だが、お前のような虫けらを相手にするのもこれで最後だ。これ以上、周りをうろつくようだったら……その時は、この程度で済むと思うなよ」


「とんだ甘ちゃんだな。オレを殺す最後のチャンスをよ……オレは認めねぇぞ。何かの偶然が重なっただけなんだ。無能者のてめぇにオレが負けるわけねぇんだよ!!」


 聞いていて、なんとも虚しくなる。


 力量差がこれほどついているとは思ってもいなかった。


 こうなると、タラスが本当に矮小な、正真正銘、虫けらにしか思えなくなる。


「僕の前から消えろ!!」


「次はぜってぇ、ぶっ殺してやる!」


 タラスは惨めな姿で走り去っていった。


 醜い体は足が遅いのか、なかなか姿を消してはくれなかった。


「ロスティ。ちょっとは気持ちが晴れた?」


「どうなるか分からなかった。でも、僕にこれほどの力がついているとは思ってもいなかったよ。公国を抜け出して、あの『買い物』スキルを買っていなかったら、今の僕はなかった。全部、ミーチャのおかげだ。ありがとう」


 ミーチャは僕に抱きついてくる。


「カッコよかったわ」


「ありがとう。それとさっきの質問だ。すごく気持ちよかったよ」


「それは良かったわね」


 タラスとの因縁はとりあえず終わった。


 二度とタラスとは会わない。


 その時はそう信じていたんだけど…… 

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