第58話 S級冒険者ルカ

 キリッとしたS級冒険者を前に、惚けているわけではない。


 しかし、後ろにいるミーチャは何を思ったのか、僕の目を両手で塞いだのだ。


「ふふっ。仲がいいのだな……ガルーダ!! すぐに撤退の準備だ」


「承知しました。しかし、今回の原因を探るという使命が……」


「安心しろ。すでに掴んである。この少年のおかげだ」


 僕のことを指差すが、何のことかさっぱりだ。


 でも、撤退には賛成だな。


 しばらくはフォレストドラゴンなんて見たくない。


 それからすぐに撤退が始まった。


 ……そういえば、レオンは?


 と思ったが、別にいいか。


 レオンにあまりいい思い出ないし。


 これ以上の心配は必要ないだろう。


「ところで君!!」


 さっきの獣耳の金髪美女に声を掛けられた。


 再び、ミーチャに目を塞がれた。


 えっ!? これ、毎回されるの?


「本当に仲がいいんだな。だけど、気にしなくてもいいぞ。私にはすでに妻がいるからね」


 ん? なんて言った?


「妻だよ。妻!! 私には最愛の女性がいるんだ。だから、君には興味ないかな」


 ここはショックを受けるべきところ?


 いやいや、それよりも……この人……男?


「バカか!? 見れば分かるだろ? 私は女だ。いわゆる同性愛というやつだ。冒険者では珍しくないんだけどなぁ……なぁ、ガルーダ?」


「もちろんです! 俺は女なんかに興味はないです!!」


「はぁ? 気持ち悪いこと言うなよ。女こそ至高の存在。男なんて臭いだけじゃないか」


「ルカ様……それはあんまりでは? これはとことん男の良さを語らねばなりませんな」


「断る!! お前と話しているだけで虫唾が走る。あ、いや悪く思うな」


 悪く思うなって言われてもねぇ。


 ガルーダ、なんか可哀想だな……


 それにしても、この人がルカっていう人だったか。


 ルカがダンジョンの異変に察知しないで、地上に戻ってこなかったら僕達はどうなっていたんだろ?


 想像もしなくないな……


 とりあえず、ルカの思いがけないカミングアウトのおかげで、目隠しはされなくなった。


 心なしか、ミーチャの機嫌がいい気がするな。


「話が脱線してしまったな。君のランクはなんだい? フォレストドラゴンを一人で倒しているところを見ると……Aランク? でも、そうだったら知っているはずなんだけど……」


「まだ駆け出しのFランクですよ。ずっとドブ攫いをしていましたから」


 沈黙が流れた……。


 あれ? 真実は隠しておいたほうが良かった?


「本当か? だとしたら、凄い新人が来たものだな。ギルマスもきっと大喜びするだろう。それで? 君の獲物は? まさかと思うけど……その棒? いや、剣? なんとも不思議な形状をしたものだな」


「木聖剣ですよ。これが僕の武器です。フォレストドラゴンへの一撃でも耐えてくれたんですよ」


 ルカは興味深そうに木聖剣を見つめてくる。


「ちょっと見せてもらってもいいかな?」


 見せるくらいなら大丈夫だろうな。


 手渡すと、叩いたり、眺めたりして、何度も唸っていた。


 そうだよね。


 見た感じ、変哲もない木の枝だからね。


「ふむ……これをどこで?」


「サンゼロの街の道端で。なんとなく目に付いたっていうか……触ったら、妙にしっくり来たから。それに武器もなかったですから」


「ちょっと信じがたいな。これはね……たぶん、ユグドラシルの樹だと思うよ」


 ユグドラシル? ちょっと何を言っているかな?


 あっ。ガルーダが凄く驚いている。


「ユグドラシルって言ったら、精霊の森にある神樹じゃないですか。なんだって、そんなものが」


「だろ? 不思議だよね。でも、ここにあるんだから……それに少年が嘘をついているようにも思えないし……何にしてもいい拾い物をしたね。どうだい? これを私に売る気はないかい? コレクションとしては最高だと思うんだけど。そうだね……3000万でどう?」


 さん……さすがはS級だ


 そんな大金を簡単に出してしまうとは……。


 ガルーダもミーチャも口を開いているだけだ。


 きっと、僕もそんな顔をしていると思う。


 だが……


「すみませんが、木聖剣と名付けてしまった以上は誰にも手渡す気はありません。それに、この木聖剣には助けられていますから……」


「そう。それは残念だ。だけど、君はいい男だね。興味はないが……そこの彼女さんはいい男を捕まえたと思うよ」


 ミーチャ、ものすごく機嫌がいいよ。


 あれ? こんなミーチャは初めてかも?


 えっ!? 祝杯?


 ああ、フォレストドラゴンの討伐ね。


 えっ!? 違うの?


 褒められたのが嬉しいって?


 ああ、そうですか……


「それで、ユグドラシルってなんですか?」


「聞いてなかったのか? 神樹だよ」


 それは聞いたかな。


 それが何なのかを知りたいんだけど。


「知らないな。ユグドラシル自体、見たことないしね。多分、誰も見たこと無いんじゃないかな?」


 おかしいな……


 じゃあ、木聖剣がユグドラシルって確信はないってこと?


「いや、それは間違いないと思うよ」


 いや、でも……


「だって、書いてあるじゃん」


 へっ!?


 あれ? こんなところに文字が書かれていたっけ?


 いたずら?


 まさか、ミーチャが……?


「私がそんな事をする訳ないじゃない。それにそんな文字知らないわよ!」


 確かに……見たこともない文字だな。


「それはね、古代文字だよ。精霊文字とも言うかな。私は一応、読めるんだ。理由は教えられないけど。その文字はユグドラシルと読むんだよ」


 読むんだよと言われても……ただの子供の落書きにしか見えないんだけど……


 まぁいいか。この話は保留で。


「うんうん。そういう細かいところを気にしないところもいいね。やっぱり、彼女さん。いい物件見つけたね!」


 おっさんみたいになったな……


 どうしたの、ミーチャ?


 火竜の酒が飲みたい?


 でも、あれは高い……


 あっ、それくらい嬉しいのね。


 あ、はい。


 ガルーダ隊と赤き翼隊の面々は、その後はモンスターに襲われることもなく、無事にギルドにたどり着いた。


 襲われると言うか、モンスターの影が全く無かった。


「これを破壊したからね」


 ルカが見せつけるように出したものは……空の瓶だった。

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