第46話 変化

 『スキル授与』と言うスキルを保有している人とのめぐり合わせは本当に偶然だ。


 ドブ攫いに感謝を……


 だが、ローズさんの表情は明るいものではなかった。


「こんなものを手にして、どうするっていうんだい? 誰かに自分のスキルを渡すくらいしか使い途がないんだよ?」


 まぁ、確かにその通りなんだけど……


「いやまぁ……」


「それとも教会かスキル屋にでも働こうって思っているのかい? だったら、止めておきな!! 神官長の奴……今度会ったら、年貢の納めどきだからね」


 だから、何があったって言うの?


 いや、それよりもなにか良い言い訳を考えないと……。


「ローズさんにだけ打ち明けますね……実は……」


「あんた……ふっ。負けたよ。そう言われたら、断るわけにはいかないね。いいよ。どうせ、譲る相手もいないんだ。墓場に持っていくくらいなら、ちょっとでもお金にしたほうが良いね。それで? いくらだい?」


 打ち明けただけで、売ってもらえるとは思ってもいなかった。


 意外とローズさんもスキルを手放したかったのかも知れないな。


 あれ? ローズさんの目つきが急に鋭くなったんだけど。


 お金が絡んでいるから?


「実は、相場が分からないんですよ」


 ゴミスキルって言われた『買い物』スキルは熟練度が最低なもので500万トルグだったはず。


 ローズさんのスキルもゴミスキルって言われているんだから……。


「3000万なら、どうだい?」


 急に吹っかけられたぞ。


 まずは値引きを……


「まぁ、聞きな。ゴミスキルって言っても、これでも教会では日夜、寝る間も惜しんで仕事をやったもんだよ。おかげで熟練度は☆3だ。これなら……」


 『スキル授与』スキルの熟練度は、授与する熟練度に影響するようだ。


 例えば、『A』スキル☆4を授与する場合、『スキル授与』☆1の人がやると……☆4が☆1になってしまう。


 同じように、『スキル授与』☆3の人がやると……☆4が☆3になる。


 ちなみに『スキル授与』☆5の人がやっても、☆4が☆5になることはない。☆4のままだ。


 つまり、ローズさんのスキルの場合、☆3以下のスキルを授与する場合なら問題は全く無いということだ。


 ローズさんみたいに、教会でどんどん授与の仕事を出来る環境ではないので、いくら『錬成師』で熟練度が上達しやすいからと言っても、熟練度を上げるのは難しいかも知れない。


 そうなると、最初から☆3はかなり有り難いかも知れないな。


 3000万か……高いのや、安いのか分からないな……


「まぁ、ゆっくりとお考え。どうせ、教会かスキル屋がいないと譲ることも出来ないんだから」


 へ? 出来ないの?


「当たり前だよ。『スキル授与』スキルがあるから、授与できるんだから」


 ……そういえば、ギルマスが近々、教会かスキル屋が来るみたいなことを言っていたな。


「分かりました。それまでには結論を。でも、値上げはしないで下さいよ」


「ふふっ。どうかねぇ」


 お金が絡むと人格が変わったような気もするが……。


 とりあえず、ドブ攫いの終了のサインだけをもらって、切り上げることにした。


 ドブ攫いでまさかの収穫があったな。


 運が良いぞ。


 まずはギルドへ。


「お疲れ様でした。誰もやってくれないのではないかと心配していたんで、ロスティさんが受けてくれて有難かったですよ」


 受付のお姉さんがにこやかな顔で対応してくれる。


 鼻を摘んでいるのが、すごく気になる……。


 いや、そうじゃない。


 僕の周囲にいる人、全員が鼻を摘んでいる。


 えっ!? そんなに臭い?


「あの、一日と思っていたんですけど……一週間って話、教えてくれましたっけ?」


「……じゃあ、これが報酬ですね。五万ドルグです。お受け取り下さい」


「ちょ、無視しないで下さいよ。教えてくれましたっけ?」


「はい!! じゃあ、次の方ぁ」


 追い払われるように、受付から追い出された。


 絶対に知ってて、わざと言わなかった?


 一週間と言ったら、僕が受けないと思っていたから?


 ……策士だな。


 今度からはしっかりと依頼書は見ようと心に誓った。


 五万トルグか……ローズさん、結構奮発してくれただな。


 折角だから、これで買い物でもしようかな。


 欲しかった小袋がいいかな。ミーチャもお揃いの物を着けてくれると嬉しいんだけどな。


 ギルドの人に売っているような場所を聞いてみるか。


「すみません。小袋を売っているような場所は……」


 数人の職員に聞いても返事は同じだった。


 すると頼もしい人がやって来た。ギルマスだ。


「小袋を探しているだって? だったら、裏の倉庫に……」


「いえ、それは遠慮しておきます」


 どうせ、碌なやつじゃないのに決まっている。


「なんだ、折角ゴミの処分をしてくれると思ったんだけどな」


「……」


「まぁ、もう少し待て。商業ギルドの連中と少し揉めてはいるが、武器、防具、雑貨を取り扱う店を近々、開く予定だ。そこではダンジョンのモンスターからのドロップ品から装備品を作ることが……F級の小僧に言っても意味ないか……まぁ、なんにしても待っていると良いぞ」


 途中でバカにされたような気もするけど。


 なるほど。店が開くというのなら、待ってみるのもいいか。


 そうなると……


 ギルド併設の食堂に赴き、お持ち帰りのお弁当を用意してもらった。


 さすがに臭いを放ちながら、食堂で食べる勇気は僕にはない!!


 僕とミーチャの分のお弁当とお酒を買った。


 予算は1万トルグというと、店員は喜んでお酒を持ってきてくれた。


「前に火龍の酒を買ってくれたお客様ですよね? でしたら、これがおすすめですよ。火龍の酒を作っている酒蔵の新作!! お手頃な値段ながら、味は保証付きですからね」


 ほお。店員がそれほど薦めてくるんだったら、きっといいものなんだろうな。


 ミーチャの嬉しそうな顔を想像すると、笑みがこぼれてしまう。


「そんな風に想ってくれる男性に私も巡り会いたいです」


 そんなに惚けていたかな?


 食堂を後にして、宿に真っ直ぐ向かった。


 途中でキレイな野草があったので、一輪だけ持ち帰ることにした。


「ただいまぁ」


 ミーチャはすぐに玄関の方に走ってきて、ジェスチャーで風呂に行くように指示してきた。


 息を止めているみたいで、凄く苦しそうだ。


 四日間で慣れたこの扱いも、考えてみればいいものだ。


 だって、ミーチャに体を洗ってもらえるんだ。


 荒々しいけど、丁寧にやってくれる。


「ふぅん。そんなことがあったんだ。私の方は収穫はないかな。なによ、その目は。ちゃんと、やってたんだからね。あっ、そういえば、お店が開くみた……あっ、知っているのね」


 ミーチャから得ることは何一つなかった。


「そういえば、ローズって人になんて言ったの? まさか、本当に本当のことを話したんじゃないでしょうね?」


「まさか!! ちゃんと誤魔化したよ」


 スキルが欲しい理由…・・それは趣味だ、ってね。


「それ信じたの? 言う方も言う方だけど、聞く方も聞く方ね。私なら、ふざけていると思って怒っちゃうけどね」


 会心の嘘だと思っていたのに……。


 ……明日もドブ攫いか……。


 早く抜け出したいけど、この日々に少し楽しさが分かってきた気がするんだ。


 でも、そんな日常は呆気なく壊れた。


 ダンジョンのモンスターが暴走を始めたのだ。

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