第31話 逃避行

 教会で僕は『戦士』スキルを得た。


 それと同時に今まで世話になっていた『買い物』スキルとはお別れだ。


 教会の神官が訝しげに見ていたが、スキル交換がそんなに珍しいことだったのだろうか?


 まぁ、交換代はトワール商会が肩代わりしてくれたから、どうでもいいことだけど。


 ポポは『買い物』スキルを得たことにものすごく喜んでいた。


 こっちも嬉しくなるけど……なんか複雑だな。


 『戦士』スキル。


 ものすごくいいスキルだっていうのはよく分かっているんだ。


 あらゆる武器をそれなりに使いこなし、身体能力が向上するスキル。これさえあれば、タラスとも十分にやりあえるだろう。


 なにせ、あいつは『剣士』スキルにあぐらをかいて、鍛錬をサボっていたからな。


 今なら分かる。あいつのスキルの熟練度は☆1だ。


 今はともかく、冒険者として働けば、タラスを十分に圧倒する力が手に入るはずだ。


 分かってはいるんだけど……商人というのは軌道にのると、なかなか捨てがたいものがあるな……。


 ポポ……ああ、凄い笑顔だ。 


「ロスティさん。本当にありがとうございます。これでトワール商会で一人前と認めてもらえると思います」


 そう言ってもらえると、嬉しいものだな。


「そんなに凄いスキルっていう実感はないけど、大切に使ってくれ。それにお礼をするのは僕の方だ。今の僕にこのスキルはとても有難かったよ。そうだ、爺さんに伝言を頼めるか?」


 そういうと、ポポは首を傾げていた。


「直接言わなくてもいいんですか?」


「僕はすぐにでもこの街を出なければならない。トワール商会はギルドの目の前だ。行くのは危険だろ?」


 ポポはある程度事情を知っている。僕の一言で全てを理解したようだ。


「分かりました」


 伝えたかったのは、今までのお礼だ。


 爺さんがいなければ、それで僕の人生は終わっていたかも知れない。いや、間違いなく、途端の苦しみっていうのを味わっていただろう。


 ミーチャの稼ぎもあったが正直、宿代を捻出するだけで精一杯だ。


 これほど稼げたのは爺さんのおかげに他ならない。


 それと、生地のことだ。


 これからも取引をするつもりで生地の生産を頼んでしまったから、それをトワール商会に引き継いでもらいたかったのだ。

 

「分かりました。伝えておきます」


「詳細については、この手紙に書いてあるから」


 一通の手紙を渡した。


 教会にいる間に書いたものだ。中には生地屋のマリーヌへの紹介状もいれておいた。


 急にトワール商会が来ても、マリーヌが怖がるだけだろうからね。


 ちなみに、一通の手紙の封筒と便箋だけで金貨一枚も取られてしまった。


 教会の料金設定は本当に驚くばかりだ。


 きっと、スキル交換代も凄いことになっているんだろうな。


「それでは。ご無事をお祈りしています」


「ありがとう」


 ポポは握手を差し出してきた。


 それを強く掴む。『買い物』スキルに別れを告げて……


「ちなみにどちらに向かうつもりですか?」


「分からないけど、冒険者として働ける場所かな」


 考えてみれば、行き先を全く考えていなかったな……。


「だったら、ここより西にあるサンゼロという街に行くといいでしょう」


 サンゼロという街については聞いたことがある。


 なんでも、最近ダンジョンが誕生して、にわかに盛り上がりを見せている街だ。


「ありがとう。参考にさせてもらうよ」

 

 少年ポポと別れた僕は、すぐにミーチャが待っている宿に向かった。


 『戦士』スキルを得たせいか、体がすごく軽い。


 足も相当早くなっている。過ぎ去る街並みに驚きながら、宿のある方向にひた走る。


「どうしたの? ロスティ。随分と早かったじゃない」


「ミーチャ。実は……」


 これまでの事情を説明した。


 やっぱり嫌な話だよな。ミーチャの顔に影を落とす。


「そんな……せっかく慣れてきた土地だったのに……それでどこに向かうつもりなの?」


「サンゼロの街に行こうと思うんだ。そこで冒険者になるつもりだよ」


 サンゼロという街の名前を聞いて、合点がいったような表情を浮かべていた。


「ロスティ。ちょっと聞いてもいい?」


「ん? なんだい?」


「ロスティは既に大金を得たわけじゃない? それこそ、一生食べていくには十分な金額を。それでも冒険者になる理由って何?」


 言われてみれば、その通りだ。


 『戦士』スキルを得たから、僕の中では冒険者になるのが当たり前と思っていた。


 冒険者はモンスターなどを倒すことで報酬を得る者達のことだ。


 当然のことながら、危険を伴い、最悪、命を落としてしまうかも知れない。


「たしかに、このままミーチャと一緒に暮らすのも悪くないかも知れない。けど……」


「復讐は果たさないといけない?」


 ミーチャにとって、僕の復讐はあまり興味がない。


 むしろ、復讐を止めさせようとさえする。なぜ、そうしようとするかは分からないけど、きっと心配しているんだろうな。


 もし、ミーチャが同じような立場だったら、僕は止めているかも知れないし。


「今の僕はそうするべきだと思っているよ。それに、あんな奴らにナザール公国を任せるわけにはいかない」


 話は大きくなってしまったが、個人的にタラスとフェーイに復讐が出来れば満足だ。


 しかし、ミーチャはあまりいい顔はしない。だから、何の関係もない公国の民たちの話を持ってきたのだ。


 そうすれば、ミーチャも納得してくれる。


「そのためにも力が……スキルが必要なんだ。今は大金がある様に見えるが、スキルを買うとなるともっと必要となる。そのためにも働かなくちゃいけいないんだ」


「そう……分かったわ。一緒に暮らすっていうのに後ろ髪を引かれる思いだけど、ロスティの意思を尊重するわ」


 ミーチャにとって一緒に暮らすって今とは違うのかな?


 ひとつ屋根の下に暮らしている……違いがわからない……。


「ありがとう。ミーチャ」


「それにしても、サンゼロって確か、ダンジョンが出来たって盛り上がっていた場所よね? フフッ。これからは二人で冒険者が出来るのね。なんだか、楽しくなってきたわ」


 やっぱり、ミーチャは笑っていてくれるのが一番だ。


 急だったけど、気分が良くなったようで安心した。


「そうなの? 僕は冒険者のことは全くわからないから、ミーチャに迷惑を掛けることになると思うよ」

 

「いいのよ。フフッ。私が先輩冒険者としていろいろ教えてあげるわ」


「期待しているよ」


 ミーチャが冒険者で良かったよ。商人の時はライアン店長がいてくれたおかげで助かったけど、右も左も分からない状況はそれだけで危険だ。


「それで? いつ出発するの?」


「夜に行こう。商業ギルドに見つかるとマズイからね」


「……私達、いつも夜に逃げているわね」


「違いない」


 二人は、自嘲気味の笑いをしてしまった。


 逃げるのがどうも板につきつつある。早く、安心できる生活がしたいものだ。


 昼の内に荷物をまとめて、夜に脱出することにした。


 本当はもっと準備をしたかったけど、仕方がないか。


 色々とお世話になったボリの街に別れを告げた。


 これからどうなることか……僕自身、想像もつかない。

 

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