第24話 side フェ−イ公主②

 どうしてこうなったのだ……。


 目の前に姿勢をよくして立っている人物。


 私は彼の前でじっと黙っていることしか出来ない。


「ナザール公。黙っていては困りますぞ。ミーチャ姫をここに連れてきていただきたいのです」


 この日、王国から婚約者として我が家にやってきたミーチャ姫の今後について相談するということで、王国の侍従長が直接やって来たのだ。


「まぁ、少し待ってくれ。いろいろと準備がかかるのであろう。それよりもどうだ? 一杯飲まないか?」


 そんな誘いも一蹴されてしまう。頭の固い奴だ。


 ミーチャ姫は未だに見つからない。タラスの話では、煙のように消えたと言うが、信じられる話ではない。


 むしろ、タラスが何らかの理由でミーチャ姫を亡き者にしたと言われる方が納得がいく。


 目の前にいる王国侍従長は、ミーチャに会うまでは帰らないと言っているのだ。


「そういえば……」


 ようやく侍従長が口を開いた。これを突破口にしてなんとか今日はお帰り願いたいものだ。


「引き出物ですが、ご確認して頂けましたでしょうか? あれらは王家ゆかりの品々でございますから、王国と公国の友好の証としては、あれ以上のないもの」


 引き出物、だと。よりにもよって、こいつは……。ロスティに盗まれたなど、到底言えるものではないな。


 それもミーチャと同じく、厄介な問題だ。


「ふむ。確かに確認した。良い品であったな。下世話な話だが、あれはさぞかし値の張るものであろう?」


 最悪、自費で調達するしかあるまい。


「左様ですな。私も把握しているわけではありませんが、三代目ティアーナ作の魔道具が入っていたと思いますな。あれは、この世界では唯一つの対となっている指輪の魔道具でございます。まさに王家でも家宝と一つと言ってもいいでしょう」


 不覚にも汗が噴き出してきてしまった。よりにもよって、なんでそんなものを。忌み子の結婚だろ? 王家も対して関心も強くないはずではないか!!


「さらには……」


 まだ続くのか。さっき、把握していないと言った割には、随分と正確に出てくるものだな。しかも、いちいち額を言ってくる辺りは、こっちが紛失したことを知ってていっているではないかと勘ぐってしまう。


 もはや、公国の国庫を開いたとて弁償するなど到底無理なことは分かった以上、侍従長の話は途中から聞かないことにした。


 どうせ、あれは我が家が貰うものだ。いくらでも誤魔化しが利くというものだ。


 やっぱり問題は忌み子だ。


 侍従長はまだ気分良く喋っている。このまま帰ってくれないだろうか。


 そんな願いをしていると、扉をノックする音が聞こえた。


 朗報であってくれと、強く願ったが虚しいものだった。タラスが姿を見せた。こんな時に!! とも思ったが、話をそらすにはちょうどいいかもしれん。


「タラス。こっちだ。侍従長。紹介しよう。これは我が息子で、私の後継者でもある。つまりは忌み……いや、ミーチャ姫の婚約者となる。タラス。挨拶しろ」


 侍従長はまるで値踏みをするように、タラスを下から上まで見定めている。


「オレはタラスだ。よろしくな。侍従長さん」


 ダメだ。挨拶もろくに出来ないのか。このバカは。


「ああ。これは失礼しました。王国で侍従長を務めております……」


 相変わらず、長々とした挨拶だ。この間にどうするか考えなくては


 ……だめだ。思いつかん。いっそのこと、こいつを殺してしまうか? いなくなれば、知らぬ存ぜぬで通せるか?


 いや、だめか。侍従長の供も殺さねばならぬし……最悪、戦争になるな。


「タラス様は、ミーチャ姫の所在をご存じないですか?」


「いなくなっちまったんだよ。なぁ、侍従長、王家には他に王女様がいるんだろ? 代わりのやつをよこしてくれよ」


 このバカ、何を言い出すんだ!!


「はて、いなくなったとは、どういうことですかな? ナザール公」


「馬鹿だな。言葉の通りだよ。抱いてから、眠ったら消えちまってたんだよ。それより代わりの……」


「黙れ!! この愚か者が!! 侍従長。違うのだ。こやつは血迷って言っているだけで……」


 くそ、何もかも終わった。このバカが珍しく来たから、何かに使えると思ったのが運の尽きだ。さっさと追い返せば良かった。


 しかも、よりにもよって、他の女を催促するとは……。


「ナザール公。言い訳は無用に願いたい。なるほど、いなくなっていては、こちらに出向くことは叶いませんな。さて、こんなことは前代未聞。どうしたものか」


 こうなったら……侍従長の前から一旦、失礼して執務用の机から一つの布袋を掴んだ。


「侍従長。これを受け取ってくれ」


 布袋には、侍従長の一年分の報酬に相当するくらいの金が入っているはずだ。要は、口止めのための賄賂だ。


 侍従長は、布袋を見つめると何の躊躇もなく懐にしまいこんだ。


 それにホッとすると同時に、侍従長に弱みを握られたことに腹立たしさを感じた。


 仕事に忠実そうな顔をしておきながら、裏では賄賂を当たり前のように受け取っているところを見ると、やはりどこの王宮も腐っているな。


「最初から渡してくれたら……私も面倒なことをしなくて済んだのだ。王にはミーチャ姫は健在であったと伝えておきましょう。ただ、婚礼はタラス公子の体調優れぬ故、しばらく延期すると。それでよろしいかな」


 私は頷くしかなかった。


「なあなあ。他の王女の話はどうなったんだよ? くれるのか? くれるんだろ? やっぱ、王女の肌は最高なんだろうな」


 カッとなって、タラスを思いっきりぶん殴った。


「いい加減にしろ!! 貴様のようなアホには、忌み子がお似合いなのだ!!」


 しまった。つい、侍従長の前で禁句を言ってしまった。


 しかし、侍従長は何一つ顔色は変えない。むしろ、明後日の方向を見て、見聞きしていないと言わんばかりだ。


 慣れているな……腐った役人め。


「それでは王には伝えておきましょう。ただし、猶予は一月とお考えください。それまでに本人を見つけるか、代役でも探すかはおまかせしますが……それ以上は待てませぬからな」


「分かりました……ちなみに、猶予を過ぎますと?」


「言うまでもないと思いますが、王女が行方不明となれば、王家の恥。必ずや、その報いを公国に求めるでしょう。それが如何様なことかは……ナザール公でもお分かりでしょ?」


 多額の賠償か、はたまた戦争か……なんにしても、今の公国に対抗するすべはない。そうなると、なんとしてでも忌み子を見つけ出さねばならない。


 侍従長は、それ以上は告げずに去っていった。まるで暴風のように私の心をかき乱していったが、とりあえずは一ヶ月という猶予を得ることが出来た。


 そこに倒れているバカを見た。未だに状況を飲み込めていないのか、私に睨みをきかせてくる。


「タラス。お前に三つの選択肢をやろう。忌み子を探しに行くか、後継者を辞退するか……ここで死ぬかだ。選べ」


「ふ、ふざけんじゃねぇ。なんで、オレがそんなことを。絶対に後継者は諦めねぇぞ」


 本当に口だけのヤツだ。


「ならば、分かっているな。一月だ。その間に忌み子を探し出してこい。それと、探している間はけっしてナザールの名は出すな。よいな」


「くそっ!! 忌み子なんて放っておけばいいのによ。どうせ、今頃野垂れ死んでいるぜ」


「ならば死体を持ってくるんだな。とにかく探してこい。見つけ出さなければ……忌み子殺害で処刑する。嫌ならば、必死に探してこい」


「クソ親父が!! いいか? 絶対にこの恨みを晴らしてやるからな。寝首をかかれないように心配してやがれ!!」


 そういうと、ドアから飛び出すように消えた。


 一月か……大した猶予もない。見つからなかったことも考えておかねばな。……代役か。侍従長も面白いことを言うものだな

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