第23話 稼ぎ場

 ……いい買い物ができた。


 生地四反分は野菜に比べれば小さいが、それでも手で持とうと思うとなかなか骨が折れる。


 嵩張る生地を両手いっぱいに抱えながら、ゆっくりと歩いていく。


 トワール商会に着くとライアンさんがすぐに対応してくれた。


「やあ。ロスティさん。今日はどういった商品でしょうか?」


「これなんですけど……」


 抱えている生地をライアンさんの前に差し出した。


「ほお。生地ですか。なるほどなるほど。ただ、査定額を出すのに時間がかかってしまいますが、宜しいですか?」


「どれくらいですか?」


「そうですな。二週間ほどは頂くかと」


 意外だった。


「二週間!? 今まではその場だったのに……理由を教えてもらっても?」


「この生地はかなり良質のように感じます。さらに刺繍も施されていますから、もはや工芸品の部類になります。そうなりますと一旦、王都に持っていき価値を査定してからということになってしまうんですよ」


 なるほど。そういうものなのか……

「しかし困ってしまうんです……ライアンさん、なんとかならないでしょうか? この生地を買うのに、お金を全部使ってしまったんです。今までのように即金で頂けないと、仕入れができなくなってしまいます」


 窮状を訴えると、ライアンさんも困ったように手を顎に当て、考え出した。


「なるほど。それは困りましたな。では、こういうのはどうでしょう。この生地は見たところ、上質なもの。単純に生地の材質だけで査定をするというのは。それならばすぐにできますが」


 なんていい人なんだ。正直、こんなことをしてくれる人は滅多にいないだろう。


「是非、それでお願いします!!」


「分かりました。もし、王都にて価値が認められましたら後日、買い取り値に上乗せをさせていただきます」


「お願いします!!」


 もう、ライアンさんとトワール商会に足を向けて寝れないな。


 ……そういえば、ベッドに横たわると足が商会の方だ……。


 しかし、まさかこんな落とし穴があるとは思わなかった。


 元手が少ないうちはやっぱり野菜が一番良さそうだな。


「ちなみにどんな生地ならすぐに査定が出来るんですか?」


「模様や刺繍、色などが加えられていないものですね。そんな物でしたら、素材だけの問題ですから査定はすぐですよ」


 そういうことなのか。次からは気をつけないとな。


 こんな頼み事をするのは最後にしないと流石にライアンさんも嫌な顔をするだろうな。


 店の奥に一旦戻っていたライアンが戻ってきた。


「これが査定した金額です。お受け取りください」


 受け取った金額は160万トルグだった。買ったのは200万トルグ。


 生地の材質だけだったら購入額より下回ってしまうのか。


 あの生地を買うかは査定額が確定してからにしよう。


 再び生地屋に行くことにした。溢れるようなお買い得品。まだまだ掘り出し物がありそうだな。


 しかし、今回は無垢な生地を買うためだ。


「またいらっしゃてくれたんですか? 今度はどういった物を?」


「無垢な生地を頂けませんか?」


「分かりました。すぐにお出ししますね」


 この生地屋は表にある商品が全てではないようだ。


 裏から次々と無垢な生地が出てきた。


 その中からお買い得品の生地を探して、160万トルグ分を購入した。


「ありがとうございます。まさかこんな一日でこれほど買って頂くお客様は初めてです。是非とも、これからもご贔屓にお願いします!! あ、申し遅れました。マリーヌと申します」


「僕もこの店が気に入ったからね。また寄らせてもらうよ。ちなみに僕はロスティだ。」


 その日は何度も生地屋とトワール商会を往復することになった。


 無垢な生地は大した利益は出なかったが、それでも250万トルグまで元手を増やすことが出来た。


 無垢な生地をほとんど買い占めてしまったから、店員のマリーヌが若干引き痙った顔をしていたな。


 流石にやり過ぎか? いくら商売とは言え、怪しすぎかも知れないな。


 ただ、何度も往復したおかげで少女とも仲良くなることが出来た。


 彼女は来年で成人になる15歳らしい。工房の職人とは両親のことだったようで、よく店番を任されるらしい。


「マリーヌ、変なことを聞いていいか?」


「はえっ? か、彼氏はいませんよ」


 別にそんなことを聞くつもりはなかったんだけど…・・そうか彼氏はいないのか。


 なにやらモジモジしているマリーヌの前で別の質問がし辛いな。


「……そうではなくてな。なんていったらいいだろう……実は僕が他の店に入る時に訝しげに見られてな。マリーヌもそんな感じだった。その理由を教えてもらえないだろうか?」


「えっ‼ も、申し訳ありませんでした。これほど買ってくださったお客様にそのような不快な思いをさせてしまって。本当に……」


「いやいや。謝罪は別にいいんだ。あまり気にしていないんだけど、やっぱり理由も分からず、そんな視線を送らえるのはちょっと気持ちが悪いと言うか……」


「そうだったんですか。それでは、失礼を承知でいいますが、おそらくその格好が原因だと思います」


「格好?」


 自分の格好を見た。これはトリフォンが用意してくれた服だ。庶民が着る服だと思っているが。


 それが何だと言うんだ? ボリの街ではこれでも変だというのかな?


「おそらく、その服はかなり上質なものと思いますが……汚れがかなり酷いように思えます」


「えっ? これって庶民が着るような服だろ?」


「何をおっしゃっているんですか!? こんな上質な生地を使った服なんて、貴族くらいしか着れませんよ。そんな服を着ている人が、汚れていたら誰でも変に思いますよ!!」

 

 まさか、これがそんなに上等な服だったとは……僕の見る目のなさにはうんざりしてしまう。


 そういえば、ナザール領を脱出する時から洗ったことなんてなかったか。たしかに臭うかも知れないな……


 しかし、分かって良かった。理由は酷いものだったが、分かればなんてことはない。


 それにしてもライアンさんも言ってくれればいいものを……。人のせいにするのはダメか。


 ということは……ミーチャのも同じようなもののはずだ。同じ悩みを抱えているはずだ。


 今夜あたり、相談してみるか。


「ありがとう。これで疑問が晴れたよ。じゃあ、また来る」


「あっ!!」


 マリーヌは何かを言いかけた感じもしたが、宿に戻ることにした。


 ちょうどミーチャと帰りが一緒になった。


「ミーチャ。実は深刻な問題が発生したんだ」


「な、なによ。ちょっと怖いわね。なにかトラブルでも?」


「いや、僕達に関わることだ。実は……僕達の服はとても汚いらしい」


「……は?」


所持金 250万トルグ

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