第21話 商い
初めての商いで、まとまった金を得ることが出来た。爺さんとトワール商会、様様だな。
受け取れる金額を聞いて、ホクホク顔をきっとしているんだろうな。でも、まだ日は高い……。
「ありがとうございます!! 今日中にもう一度来ても大丈夫ですか?」
店員は柔和な顔を浮かべながら、頷く。
「ええ。問題ありませんよ。ただ、荷車は裏に止めてください。それと旦那様がいない時は私が対応します。私はライアンと言います。今後ともよろしくお願いします」
「あっ!! 申し遅れました。僕はロスティ=スラーフ=ナザールと申します」
「ナザール? ロスティ……」
しまった!! つい癖でフルネームで自己紹介してしまった。ライアンが訝しげな顔でこっちを見てくる。
マズかったかな? 追われる身としてはライアンさんと言えども、隠さなければ。あまり、気にしなければいいけど……。
「すみません。ただのロスティです。さっきのことは忘れてください」
ライアンはニコっと笑い、「いいですよ」と了承してくれた。ライアンさんからお金を受け取った。
これが人生で初めて稼ぐお金か……ずっしりとした感触……なんて重いんだ。小躍りしたくなる気持ちをぐっと抑える。
鞄にお金をしまいこんでから、ライアンさんに頭を下げ、荷車を引いて八百屋に戻っていった。
「おおっ!! 兄ちゃん。早かったな。どうだ? 喜んでくれたか?」
いい人だなぁ。いきなり大量に買い込むような人は正直得体の知れない人だと思うはずだけど。
「ええ。もちろんですよ。是非ともここの野菜を買いたいと言っていましたよ」
「そうか。そうか。有り難いことだ。で? また買っていってくれるのかい?」
陳列されている野菜を眺めた。まだまだお買い得品がたくさんありそうだ。
「もちろんです。今度はもう少し多めに買わせてもらいますよ」
「そうこなくっちゃな!!」
八百屋の店主のサービスはかなりのもので、おまけだけで一箱余計についてきた。
つい心配になって、店主に聞いてしまった。
「こんなにサービスをしても大丈夫なんですか?」
「もちろんだとも。うちは代々農家をやっててな。野菜の多くは家で作ってるものだ。だから仕入れ値もかなり安く済んでる」
ほお。それはいいことを聞いた。
考えてみれば、店で買ったものを売るより、生産者から買ったほうが儲けが増えるのは、誰でも想像できることだ。
もうちょっと元手が貯まったら、生産者から直接買う事も考えてみよう。
再び、八百屋の店主から荷車を借りて、ライアンさんのところに駆け込んだ。
今度は荷車が揺れないように慎重に。
「今度は傷が付いていないですね。それでは買い取りで80万トルグお支払しますね」
ん? おかしいぞ。さっきは10万の儲け。今度は20万の儲けだ。元手が少し多くなっているとしても、儲けが増え過ぎな気がする。
たしか、『買い物』スキルが教えてくれる、お買い得の度合いは最初のほうが大きかったはず。
儲けは少なくなっててもおかしくないはずだ。
スキルが表しているお買い得度合いが、どういう意味なのか分からなくなってしまったぞ。
「あの。80万の内訳を教えてもらえないでしょうか?」
「何か粗相でもあったでしょうか? 一応相場表通りに計算をしたはずなんですが」
やっぱりスキルが分からなくなってきたぞ。
「いえ、そうではなくて。なんというか。思ったよりも儲けが多いような気がして」
「ああ、なるほど。ただ、私は野菜の価格がどんなものか全くわからないですが、おそらく、この桃のせいかも知れませんよ」
桃? たしかに入っているな。でも、これはお買い得とはいい難いものだったはずだな。
「どういうことですか?」
「知っての通り、桃はボリの街が産地になっております。それゆえ、ここでは安く手に入っても王都では高値で取引されていると聞いたことがあります。おそらくそういうことでしょう」
これは盲点だった。なるほど……お買い得というのが、何を比較しているのかが違うってことか。
王都では高値で取引される物がわかれば……。
「あの、王都の価格表って手に入れることって出来ますか?」
「ええ。商業ギルドの会員ならば簡単に手に入れることが出来ますよ」
会員ならば、か。当面は無理そうだな。諦めるか。僕の姿になんとなく察したのか、ライアンさんが紙を差し出してきた。
「これは今日の相場表です。明日にはまた違うのが出るようですが、大きく動くことは滅多にないでしょう。これを参考になさっては如何ですか?」
「いいんですか!?」
「ええ、もちろんです。毎日来ていただければ、終わりの取引の時に価格表を差し上げますよ」
「ありがとうございます!! 本当にこれからもよろしくお願いします!!」
「ええ、こちらこそ。なんだかロスティさんを見ていると、若い頃の自分を思い出すようで楽しくなってきますね。またの来店をお待ちしております」
やったー!! 僕は本当に運がいいな。
まさか初日から凄い売り先を見つけることが出来て、しかも、30万も稼いでしまった。
もっとも、これに慢心しないようにな。相場表があっても、トワール商会が手を退いたらお終いだ。とにかく慎重に行動しないとな。
それでも初めての金稼ぎで意気揚々とした気分で宿に戻った。そこにはちょっと不機嫌なミーチャが待っていた。
「遅いわよ。お昼に戻るって言ったのに、夕方になってるじゃない!!」
「ごめんよ。でもいい収穫があったんだ。今日だけで30万トルグも稼げたんだ」
ふふっ。驚いているぞ。
「へっ? 30万? そんな大金を一日で? しかも初日じゃない。何があったのか教えてよ。でも、その前に!! 今日はちょっと贅沢をしてもいいわよね?」
「ちょっとだけだぞ」
「えへへ。嬉しい」
露店市で買ってきた、ちょっと豪勢な食事をしながら、ミーチャに今日の出来事を話したのだった。
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