第16話 『買い物』スキル
スキル屋の店員ヤピンに言われた通りに近くの露店を覗いてみることにした。店を出る頃には昼前になっていた。
目の前の通りは朝とは打って変わって、大きな賑わいを見せていた。
「楽しみね。なんだか私までドキドキしてきたわ」
ミーチャがウキウキしながら、露店まで僕の手を握りながら、引っ張ってくる。
「ミーチャ。そんなに引っ張らないでくれ。一人でも歩けるから」
「分かってないわね。いい? 私達は夫婦に見られているのよ。手を繋ぐのも必要なことなの。ロスティももうちょっと自覚してくれないと」
そういうものなのか? 周りを見渡すとなるほど、若い男女が手を繋いでいるのをよく見かける。あの人達も夫婦ということなのか……。
この街は夫婦にあふれているということだな。
それにしてもミーチャは夫婦を経験したことがあるのだろうか。そう錯覚してしまうほど、堂々とそしている。僕もその姿勢を見習わなければ。
「分かった。ならば改めて」
僕は手をつなぎ直した。ミーチャの手のぬくもりを感じて、凄く幸せな気分が溢れてきた。手を繋ぐって、こんなにいいものだったんだな……。
手を繋げば、自然と距離が近くなり、並ぶように歩く。時折、肩がぶつかってしまうが、それすらも嬉しくなるのが不思議だ。
ミーチャは嬉しそうな笑顔を浮かべている。きっと、僕も同じように笑っているんだろうな。ただ、これからの事を考えてしまうと、健気に笑っている姿をずっと見ていられるのか不安になる。
目的の露店市まではスキル屋から歩いてすぐの場所だった。
「相変わらず、すごいな……」
ボリの露店市といえば、王国でも名の通るほど有名な場所だ。
日用品や食料品、様々な雑貨などもありとあらゆる物を取り扱っている。ボリの街の住民のほとんどがここで買い物を済ませているような場所だ。
当然、ナザール公国との交易路上にある街だけあって、ナザールの料理や雑貨を取り扱う店も多く、店を眺めていると、懐かしい思いと同時に、公家への憎しみが溢れ出てくる。
「ロスティ。ちょっと顔が怖いわよ」
そんな顔をしていたのか……物を見ただけで表情を変えてしまうなんて、気をつけないとな。
それにしても、昨日脱出したばかりだというのに、もう随分前のように感じてしまうな。それだけいろいろな経験をしているってことか。
「お、これは!!」
僕が好きだった料理だ。噛む度に肉汁が染み出してきて、それでいてくどくない絶妙な一品だ。これだけで……。
「いたたたた」
ミーチャに頬を引っ張られてしまった。
「ダメよ。節約よ。せ・つ・や・く!! それで? スキルは発動した?」
そういえば、スキルを試しに来たんだっけ。スキルってどんな感覚なのかわからないけど、とりあえず変わったことはないな。
「まだだな」
若干不安を感じながらも、店々を回っていく。
ここまでは発動なし。すると視界の端っこに大安売りというノボリを立てた八百屋を見つけた。
他の店と同様に何気なく覗き込むと、風景が一変した。
野菜毎に転々と赤く光っていたのだ。こんな経験は初めてだ。
「ミーチャ!! スキルが発動したみたいだ」
「本当に⁉ やったわね!! で、どうなの?」
どうって言われても説明がしづらい。
お買い得な物がなんとなく分かるんだ。一番のお買い得は……。
考え事をしていると横から別の客が八百屋の店主に話しかけていた。割り込むとは失礼な奴だ。
「店主さん。どれが一番お買い得なの?」
客は八百屋の店主とお買い得品の話をしている。
ちょうどいい、参考にさせてもらおう。
「そうだな。このリンゴかな。北部で採れた新鮮なものだ」
リンゴ、だと? そんな訳は……
「じゃあ……」
客がリンゴに手を伸ばそうとしているところで、僕は客に言うでもなく、独り言のように呟いた。
「お買い得っていうのなら、こっちのオレンジの方がいいんじゃないかな。なんとなくだけど……」
「そ、そうなの? 店主」
店主はバツの悪そうな表情を浮かべながら、笑って誤魔化そうとした。
「ハッハッハ。参ったな。確かに。オレンジだ。よく見抜いたな」
客はオレンジを買って、足早に去っていった。ちょっと怒っていたな。お買い得なものを買えたんだから、喜べばいいのに。
「それにして兄ちゃん。よく分かったな。同業者か?」
首を横に振った。
「いえ。スキルがあるので」
「ああ。そうかそうか。まぁいつでも買いに来てくれ。スキル持ちでも納得の安売りはいつもやっているからな」
ミーチャと店を離れた。何か買ったほうが良かったかな?
「『買い物』スキル……面白いわね。食費の節約には使えそうだわ。ただ……」
確かに食費の節約にはこれほどいいスキルはない気がするが……ミーチャが懸念している通り、これで生活費を稼ぐことがが出来るかと言われれば、疑問だ。
それからもミーチャといろんな店を回った。その度にスキルが発動して、お買い得な物を見て回った。
「これで一通り見て回ったわね。どう? スキルには慣れた?」
「そうだな。なんとなく使い勝手がわかった感じがするよ。でも、これで何かするっていうのは難しそうだな」
『買い物』スキルが発動すると、お買い得な物が赤く光る。お買い得の度合いは光の大きさで分かる。紅い大きな光はかなりお買い得だ。
「そうね……とりあえず、今日の宿を探しましょう。これからのことはそれから考えましょう。一応、夕食用の食材をさっきの八百屋で買いましょうか」
「そうだね」
僕達は再び八百屋にやってきた。店主はまたやって来た僕達ににやっと笑った。
「おう。また来てくれたのか。いやいやいや、言わなくても分かっているぞ。ここが一番お買い得って分かっただろ? 嬉しいね!! で、何を買っていってくれるんだい?」
「夕食の材料を買いに……」
店主から八百屋の野菜に目を向けると、さっきみた景色と少し変わっていた。
お買い得の度合いが上がっているのだ。
「店主。値段変えた?」
「そんな訳あるか。ああ……もしかしたら、兄ちゃんのスキルは『買い物」スキルか?」
この世界ではスキルの詮索はあまり行儀のいいこととはされていない。スキルを教えることは裸を見せるに等しい行為とも言われている。
僕が無言でいると、店主も自分が何を言ったのかやっと気づいたようだ。
「いや、ハッハッハ。すまねぇな。ちょっと気になってな。熟練度が上がったんじゃねぇかって言いたかったんだよ。この店は自慢じゃねぇが、ボリの街では一番安いと自負しているからな。前に『買い物』スキルを持っている奴も同じことを言ってたのを思い出したんだよ」
熟練度が上がった? こんな短期間で上がるものなのか? ミーチャに顔を向けても、ミーチャは首を横に振るだけだった。
疑問を残しつつ、お買い得なオレンジといくつかの野菜を買うことにした。夕食としては十分な量だろう。
「まいどありぃ。また来てくれよな」
八百屋の店主に見送られながら、僕とミーチャは市街地の方に向かっていく。途中の店々でも『買い物』スキルが発動して、お買い得品を教えてくれる。
「こうしてみると、お買い得品だらけの店とそうでない店に大きく別れているんだな」
「じゃあ、宿もそれで探してよ」
宿にも使えるのはさっき分かっている。ただ、市場の近くにはないから探さないとな。
「いいよ」
街中を周り、一番お得な宿を見つけることが出来た。
「歩き疲れたけど、たしかに安かったわね。しかも内装も悪くないし。お得だわ」
「僕も意外だったよ。こんな安い宿があるなんて」
市街地からそんなに離れていない場所なのに、中心地の半分以下の値段で泊まることが出来たのだ。
僕達は八百屋で買ってきたフルーツや野菜を食べながら、スキルやこれからの事を考えることにした。
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