第15話 スキル屋

 満腹になり、ちょっと紅茶を飲みたい気分になるな。


「あのね? 昨日までは公家貴族だったから、すぐには無理だと思うけど……私達の暮らしは今までとは大きく変わることを覚悟してよね」


「も、もちろん!!」


 と言葉に出したが、実際は何の実感も湧いていなかった。正直、旅気分が抜けていない。


「ここがスキル屋ね」

 

 そんなことを考えていると、到着していたようだ。


 スキル屋がどんな場所かと思っていたが、こんな派手派手しいとは思ってもいなかった。


 『スキル高値買取中!!』

 『レアスキル入荷しました!!』

 『貴方の欲しいスキルが必ずあります』


 そんな看板が所狭しと掲げられている。扉には『ディアース教直轄 ボリ支店』とデカデカと書かれていた。


 はっきり言って、かなり怪しい佇まいだ。一人だったら、入る勇気が相当、必要な場所だな。


 そんな気持ちも余所にミーチャは気にする様子もなく、扉を開ける。


 外から窺うことが出来なかった店内には客が一人もおらず、テーブルが一つだけ置かれていた。


 その上には一冊の台帳が乗っているだけ。店員はいるが、こちらに見向きもしない。なんとも独特な雰囲気の店だった。


 ミーチャが恐れもなく店員に近寄っていった。本当に頼もしいよ。


「すみません。スキルを見たいんですけど」


 憮然とした態度を取っていた店員はミーチャを見てから、すっと台帳を指差した。


「あれに全て載ってるよ。でも高いぞ。払えるのか?」


 なんて失礼な店員だ、と思ったが、台帳を見て頷いてしまった。


 一番安いので500万トルグもするのだ。


「なっ……」


 さすがのミーチャも言葉を失っていた。


 トルグとはトルリアで流通する通貨だ。


 500万トルグというのは日雇い労働者の賃金の二年分になる。


「スキルって高いって聞いていたけど……本当に高いわね。私達の手持ちでやっと最低価格のスキルが買えるなんて」


 500万トルグで買えるスキルは『買い物』スキルというものだった。台帳には簡単に説明が乗っていた。


 『買い物に役立つ』


「これだけ!? 500万トルグもするのに、不親切すぎないか?」


 スキルには熟練度が上がると効果も段違いに上がる。その辺りの説明もしてほしいものだ。


 さっきからボーッとしているような店員に声を掛けた。


「すみません。この『買い物』スキルの説明を詳しく聞きたいんですけど」


「ああ。いいぞ。ただし、情報量として100万トルグだ。どうする?」


「ひゃ……」


 これにもミーチャが閉口する。なんだ、この店は。値段の付け方がふざけすぎている。さすがに僕も黙ってはいられない。


「ふざけるな!! 情報だけで100万だと!? ミーチャ!! 違う店に行こう!!」


「構わねぇぜ。でもな、少年。この値段はディアース教本部が決めたものだ。王国のどのスキル屋に行っても同じだと思うぞ」


「そんな……」


「それにな、スキルなんて金持ちしか買わねぇんだ。100万ポッチを出し渋るやつなんていねぇんだよ。見たところ、少年に金があるとはどうしても思えない。どんな理由があるか知れねぇが、悪いことは言わねぇ。スキルなんて買うのを諦めな」


 店員の言うことに押され気味になってしまった。元々スキル取得に消極的だった僕は、ミーチャの顔色を窺ってしまった。


 その表情が良くなかったのか、ミーチャに火をつけてしまったようだ。


「いいえ。ロスティにはスキルは絶対必要だもの。買わないって選択肢はないわ。スキルの詳細は使いながら手探りで探していくしかないわ。この『買い物』スキルを買うわ!!」


「お嬢さん。威勢がいいな。本当にいいのか? 500万だぞ? 払えるのか?」


 ミーチャは僕から鞄を奪うと、中に入っていた母上からもらった金貨の袋を店員の前に勢い良く置いた。


 母上の思いが……ぞんざいに扱われることに複雑な気持ちがないわけではないが……ミーチャの気迫に僕も店員も押されてしまった。


「これで足りるはずよ。数えてちょうだい」

 

 店員の視線はミーチャと袋を行ったり来たりしてから、慣れた手つきで袋を開け、中を覗いた。


「トルリア金貨じゃないな……しかし相当な量だ。ここで両替が出来て、運が良かったな。ただ、手数料はもらうことになるが構わないか?」


 どうやら母上から預かった金貨はトルリア金貨とは違うため、王国内で使うためには両替が必要なようだ。


「構わないわ。まさか、手数料も高値ではないでしょうね?」


「ハッハ。両替の手数料は王国で定められている。交換した額で決まるからな。大したことはないから安心しな」


 あれ? 失礼な店員と思っていが、決められた規則をしっかりと守っている感じだ。なんとなくだが意外に感じた。

 

 ちなみに外見はスキンヘッドだ。細くて、弱々しい印象があるが……それでも言葉遣いは粗野そのものだ。


 店員が金貨を数え、計算をしている。ミーチャは店員を怪しんでいるのか、じっと店員の手元から目を離さない。


「ふう。なかなか大変だったな。600万トルグ分あったな。手数料で10万トルグもらうことになるが、それでいいか?」


「ええ。構わないわ。そのお金で『買い物』スキルを頂戴」


 500万という大金が動く買い物だって言うのに、二人共顔色ひとつ変えない。ここで動揺しているのは、きっと僕だけだろうな。いや、公家の生まれとして500万なんて大した金額ではないよ? けど、これからのことを考えるとね。


「了解だ。スキルはお嬢ちゃんかい?」


「違うわ。ロスティに」


 店員は頷き、僕を手招きして、そことは違う場所に案内してきた。中央に水晶のある部屋だった。ミーチャも入ろうとしたが、店員によって止められていた。


「いい? ロスティ。変なことをされたら叫ぶのよ」


 ……立場が逆じゃないのか? いや、そうでもないか。僕の力は無能者と大した違いはないんだし。


「分かったよ」


 その言葉に満足したのか、すぐに引き下がってくれた。


「この水晶に手を当てな」


 何もない部屋。スキルの受け渡しがこんな場所で出来るのか?


「これもスキルでやっているのか?」


「ああ。もちろんだ。『スキル授受』ってやつだ。本当は当人同士でしかできなかったんだが、最近はスキル玉っていうのが発見されてな。目の前にいるこの玉なんだが……そろそろいいだろ?」

 

 やはりなんでもスキルが必要なんだな。水晶に手を添えると、温かい何かが体に入り込んでいくのを感じた。


「終わりだ」


「えっ!? もう? これで僕はスキルを手に入れたのか?」


 実感としては、なにもない。力が増したわけでも、頭が冴えることもない。


「そうだ。ただ、ここでは確認しようがないけどな。『鑑定』スキルがないと見れないからな。教会に行けば、それなりの手数料を払えば見てくれるが……正直、オススメは出来ないな。教会の値段設定は法外だからな」


「でもどうやってスキルを手に入れてか分かるんだ?」


 そんなことを言われてもな……確認が出来ないなら、ここを離れることも出来ないぞ。どうしよう。


「少年が買った『買い物』スキルなら、この先の露店にでも行けば、すぐ分かるだろうよ」


「そう、ですか」


 かなり怪しんだ顔をしていただろうな。怒ったほうが良かったのだろうか?


 店員と共に部屋から出るとミーチャが駆け寄ってくる。


「どうだった? 体に何も異変はない?」

 ミーチャは僕の体をペタペタと触ってくる。ちょっとくすぐったい。


「大丈夫だよ。スキルが手に入ったか実感はないけど……」


 ミーチャは店員を睨みつける。


「おいおいおい。勘弁してくれよ。これでも俺は神に仕えてるんだぜ? 嘘はつかないさ。少年にも言ったが、露店にでも行ってみろ。すぐに分かるから。それとお釣りだ。90万トルグだ。受け取れ」


 信じてもいいのだろうか? まぁ、店員の言う通り試してみれば分かることか。ダメだったら……その時考えよう。


 ミーチャは店員からトルグ金貨90枚をもぎ取るように受け取った。それを金貨が入っていた袋に入れてから預けてきた。


「行きましょう。早速スキルを試してみましょう」


「あ、ああ」


 店員に頭を下げた。店員は金をもらってスキルを売っただけに過ぎないだろうが、僕にとってはこの世界で生きることが出来る物を授けてくれた人になるかもしれないんだ。


「あの、ありがとうございました」


「また来いよ。少年はどこか見どころがありそうだな。オレはヤピンだ。何かの縁があれば、また会えるだろうよ」


 ヤピンか……何か運命を感じるような気がするな。言った言葉はよく分からないが、そう願いたいものだ。


 ミーチャと共に意気揚々とスキル屋から出ていった。



 ヤピンは二人が去った後に再び椅子に座った。


「あの二人は何者だったんだ? ナザール金貨をこんなに大量に持っているなんて。明らかに怪しかったな。貴族か何かなのか? それにしても、誰も見向きもしない『買い物』スキルなんかを買っていくんだから、そんな事はないな。貴族ならもっとマシなスキルを買うだろうしな。まぁ、売れれば何でもいいけどな」


 『買い物』スキルはいわゆるゴミスキルと呼ばれる。店でちょっとお買い得なものが分かる程度なのだ。節約が出来るからサブスキルとしてはいいかもしれないが……。

 

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