第11話 再び、関所

 闇は更に深まり、月に光だけが僕らの行き先を照らしてくれる。


 先代様が書いた手紙を手に入れ、ミーチャと共に、再び国境に向けて移動を開始しようとした。


「待って。その前に……」


 ミーチャは僕の腕を掴み、もう片方の手を傷口に当て、回復魔法を掛けてくれた。


 そういえば、タラスから酷い暴力を受けてから治療をしていなかったな。顔の痛みがすっとひいていく感覚があり、口の腫れで話しづらかったのが嘘のようになった。


 きっと酷い顔になっていたに違いない。


 そう考えると、ミーチャもトリフォンも嫌な顔を一つせずに接してくれていたんだな。


「ありがとう。ミーチャ」


 傷を治してくれただけに感謝したわけじゃないんだけど。ミーチャは笑顔を向けてくれた。


「ううん。私がしたかっただけだから。さあ、行きましょう」


 月夜に照らされた街道は誰もおらず、夜目も効いてきた今では昼間のように行動ができる。


 関所が見えるところまで来てから足を止めた。問題はここからだ。


「ミーチャ。策も聞かずにここまで来たけど、どうやって突破するんだ?」


 ミーチャは人差し指を僕の目の前に持ってきた。何をするつもりだ?


「それはね。これを使うのよ」


 ミーチャは目を瞑り、魔法を詠唱しだした。すると指先が光り、自分の周りに光が包んだ。

 

「これは?」


「闇魔法のひとつ、幻影魔法よ。これで私達は周りから、若い夫婦に見えると思うわ。これで突破するのよ」


 凄いな。闇魔法について詳しくないけど、ミーチャが闇魔法使いでよかったと心の底から思うよ。


「王家では忌み嫌われているけどね。闇魔法は魔族に通ずる穢らわしい魔法なんですって」


 ミーチャの話を聞いていると、王家にしろ公家にしろ、了見が狭いような気がする。こんなにいい子で、真面目で優しい子のどこが不満だって言うんだ。


 ミーチャの言葉にそっけない態度を取ると、急に忍び笑いをしだした。


「フフッ。ロスティのそういう態度が……大好きよ」


 その言葉にドキッとした。今まではあまり感じなかったけど、この騒動でミーチャへの気持ちが大きく変わったような気がする。それが何なのか分からないけど……。


「それで? 僕はどうすればいいの?」

「夫婦を装っていけばいいのよ。あとは私が勝手にやるから」


 夫婦と言われてもよく分からなかったけど、ミーチャにはしっかりとしたイメージがあるようだ。


「分かった。任せるよ」


 ミーチャは満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、行きましょう」


 そう言うとミーチャが関所に向かって走り出した。急に走り出すものだから驚いてしまったが、すでに演技が始めっているようだ。


 すぐに後を追いかけた。……意外と早いな。いや、僕が遅いのか……これがスキルありなしの差なのだ。


 関所の直前で、衛兵が槍を突き出してきた。


「止まれ!! こんな夜更けに怪しい奴だな」


「ハァハァハァ。私達は……決して怪しいものではありません。王都の親戚に不幸があって、すぐに向かわなければなりません。どうか、私達を通してくれないでしょうか?」


「なに? 王都にか……一応、確認だけ取らせてくれ。お前たちは夫婦か?」


「ええ。そうよ。ね? ダーリン?」


 なんだ、その設定は。ダーリンなんて言葉、ミーチャはどこで覚えたんだ?


「だ、ダーリン? お、おう」


 ミーチャは僕の腕にしがみつき、演技っぽい表情を浮かべていた。自信満々だったのに……この程度の演技では簡単に見破られるんじゃ? ヒヤヒヤしながら衛兵の方を見たが、特に気にする様子もなかった。


 意外と、ぬるい?


「随分と仲のいい夫婦ですね。実に羨ましい」


 ああ、きっと性格のいい衛兵さんなんだろうな。羨ましそうに僕達を見ていた。


 少しの時間が出来た。一応、記録だけは作らないといけないみたいだ。


 怪しまれない程度に、衛兵と会話した。


「あの。これは何の関所なんですか? 以前にはなかったと思うのですが」


「あ? ああ。俺達も急に召集がかかったんだが、なんでも第二公子が逃げ出したようなんだ。それを捕縛するためなんだが……」


 盗み聞きしていたから、特に新しい情報はなさそうだな。


 そんな話をしていると、もう一人の衛兵がやってきた。


「何の話をしているんだ?」


「この関所のことさ」


「ああ。なるほどな。こんな場所が出来て、困るよな。まったく無能者のくせに、俺達に迷惑をかけるとはな。見つけたら、思いっきりぶん殴ってやるんだ」


 さすがに言葉が過激だったのか、穏便そうな衛兵がもう一人を窘めた。


「おい。余計なことを言うなよ。公子だぞ」


「もう公子なんかじゃないだろ? 無能者なんてゴミ以下の存在だろ。あんたらも、見つけたら連絡してくれよな」


「え、ええ」

 

 急に振られたミーチャの顔は誰が見ても引きつっていた。


 怒りに満ちた表情を必死に隠そうとしているけど、隠せていないと思うんだ。これが幻影魔法の限界なのかな?


「僕達はもう通過しても?」


「ああ。済まないな。記録は取れたから行ってもいいぞ」


「ありがとうございます。ほら、行くぞ」


 ミーチャが衛兵に物を言いたげだったのを察して、ミーチャの腕を引っ張ってその場を離れた。


 すると少し離れてから、失礼な衛兵が「おーい」と声を掛けてきた。


「無能者が近くにいるかもしれん。気をつけるんだぞ!!」


 きっと優しさで僕達に声を掛けてくれているんだろうが……ミーチャは我慢しきれず、ついに爆発してしまった。


「さっきから無能者、無能者って。ロスティは無能者じゃないわよ。バーカ、バーカ!!」


 その言葉に衛兵の二人が顔を見合わせていた。


「あいつら、怪しくないか?」


「怪しいな」


 そんな会話が聞こえた気がした。衛兵が大声を上げて、僕達を指差していた。


 これは……マズイかも?


 

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