第9話 再会

 ミーチャ姫は有無も言わさずに、抱きついてきた。


 この再会が嬉しくないわけがない。ければ、聞かねばならない。


「ミーチャ姫。君がどうしてここに?」

 

 ミーチャ姫は僕の質問には答えない。ただただ泣きじゃくりながら、僕を力強く抱きしめてくる。これには閉口してしまい、トリフォンに視線を送った。


「実は私もよく分からないんです。姉様に命令されるままに動いただけですから」


 全てのミーチャ姫の手の中で動いていたということか。


「ミーチャ姫。説明してくれ。一体、どうなってるんだ? 君は部屋に監禁されているはずだろう。僕はこの目で見たんだ。その君がなぜ、ここに? ……ダメだ。全くわからない」

 

 ミーチャはようやく泣き止み、僕の胸に頭を埋めたまま立ち尽くしていた。急に静かになるとどうしていいか分からなくなる。


「ミーチャ姫?」


 するとミーチャ姫が急に顔を上げ、視線が合った。月夜に照らされた黒い瞳がとても美しかった。それしか感想が出ないほど、魅力的だった。


「ロスティに付いていきます」


 ミーチャはその一言だけ言って黙り込んでしまった。


「いや、あの……えっ? えと……」


 言葉が出なかった。はっきり言えば、嬉しい。こんな境遇でも信じてくれているのだから。


 しかも、ミーチャ姫が側に居てくれる……まるで夢見心地の気分だな。


 でも、すぐに冷静になった。問題があまりにも大きいからだ。


 ミーチャ姫は王家より公家に婚約者として預けられている身なのだ。そんな彼女が急にいなくなれば……大変な騒ぎになってしまう。


「ロスティは私がいて、迷惑?」


 それは全力で否定した。


「嬉しい。願わくば、ミーチャ姫と一緒にいたい……だけど……」


「だけどは聞きたくないわ。私は身分とか立場とか、どうでもいいの。私はロスティの側に居れれば満足なのよ」


 ミーチャ姫は全てを知った上で僕を選んでくれた。真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳を見つめ返した。


「ありがとう。ミーチャ姫。こうなったら一緒に逃げよう。ミーチャ姫のことだから、どうせ戻れない様になっているんだろ?」


「フフッ。もちろんよ。ロスティも私のことをよく分かっているわね」


 ミーチャ姫の話は驚くばかりだった。


 どうやら僕が見たミーチャ姫の姿は、闇魔法で作られた幻影だった。


 幻影はまるで本物の人のように行動し、話す。ミーチャの闇魔法の熟練度の高さを窺える。


「あと数日は魔法が持つはずよ。それまでに公国を脱出すれば、私達の勝ち。ああ、あの続きが見れなかったことがショックだわ」


 続きってなんだ? かなり気になるが、聞かないほうがいいかな。


 それにしてもタラスがミーチャ姫の幻覚を相手にナニしているのかと思うと、少し笑えるな。


「とにかく、ここから脱出しよう。ミーチャ姫。これからの旅は危険になるぞ。それに辛いだろう。王族である君に耐えられるか分からない。それでも一緒に来てくれるか?」


 どうしても言葉として聞きたかった。


「ロスティがいる場所が私のいる場所。それが答えよ。それとこれからは一緒に行動するんですから、姫は要らないわ。私はただの……ミーチャよ」


「分かったよ。……ミーチャ」


 ミーチャを抱きしめた。そして……口づけをした。


 ミーチャからは声が少し漏れた。


 空気になりかけていたトリフォンが咳払いをしてきた。


 それで抱き合っていることになんとなく、気恥ずかしさを感じてしまった。ミーチャと目を直視することが出来ない。それはミーチャも同じようだ。


「兄様。姉様。私はこれから無関係を装います。何も力にはなれないと思いますが、二人の無事を祈っております。再び会える日を」


「トリフォン。お前はよく出来た弟だ。母上を守り、僕が戻る日を待ってて欲しい」


「はい、兄様。お待ちしています」


 これでしばらくはトリフォンの笑顔は見納めだな。わがままも聞いてやれない兄を許してくれ。


「トリフォン。私はあなたを義弟と呼びたかったです」


「姉様。いつかそうなる日が来ることを願っています」


 トリフォンはいつまでも自分が居ては出発し辛いだろうと思ったのか、すぐに姿を消した。名残惜しそうな顔を一切見せなかったのは、トリフォンの優しさだったのだろう。僕はミーチャの手を握り、山の方に足を向けた。


「嫌よ」


「えっ? なにが?」


 可怪しいな。一緒に逃げるって言ってくれたよね?


「山を登るのが、よ」


 何を言っているんだ? 山を超える以外の方法なんて、ないはずだ。


「あるじゃない。堂々と国境を超えればいいのよ」


 ミーチャが何を言っているか分からなかった。僕が標的であることを知らないのか? それとも知った上で? もしかしたら何か策があるのかな? じゃなかったら、ミーチャがこんだけ自信満々に言うわけがない。

 

「分かった。ミーチャを信じてるぞ」

 

「任せなさい!!」


 ミーチャとの旅が始まる。この地を最後にする前に初代様の墓所に手を合わせることにした。


「最後になるかも知れません。初代様。どうか、僕とミーチャを見守ってください」


 すると、まるで願いに反応するかのように、墓所が月夜に照らされて淡く光った。


 それを見て満足したので、踵を返すと、一点を指差すミーチャがいた。


「ねぇ。ここ変じゃない?」


 ミーチャが指差した場所から光が漏れていた。ちょうど墓所の裏側だ。月明かりが当たらない場所だから光るはずがないんだけど……。


「たしかに変だ」


 ちょっと怖かったけど、ミーチャの手前、怖がるわけにもいかない。


 手探りで探っていると墓石の一部が動いた。そこには、なんと……珍しい光り輝く苔がぎっちりと生えていた。


「これが光の正体か……変わった苔だな。……ん?」


 そこには空洞があり、手を伸ばすと、古ぼけた小さな封筒が入っていた。封筒は長い年月が経っているのか、劣化しており、ボロボロだ。


 慎重に封を開けると、一枚の紙が出てきた。


 『錬成師となる子孫へ』

 

 そんな見出しから始まる手紙だった。


「錬成師……だと?」


 封筒の裏を見ると、初代様の名前が書かれていた。残念ながら、内容は古い文字も使われていたため全てを読むことが出来なかった。


 なんとなくだけど内容はある程度、読むことが出来た。大まかに言うと……


 初代様は『錬成師』であったということ。

 

 『錬成師』はユニークスキルのため他人が見ることが出来ないこと。

 

 『錬成師』とは所持しているスキルに何かの作用をすること。


 そして最後に、ナザール家を見捨てないでほしいと書かれていた。


「どういう意味かしら?」


「分からないな。しかし、どうやら初代様は僕と同じ錬成師であったみたいだ。そうなると、まるで僕に宛てた手紙みたいだな」


 冗談半分に言ったつもりだったが、ミーチャは首を横に振った。


「本当にそうかも知れないわよ。そうなると、ロスティはとにかく、錬成師以外のスキルを得ることから始めたほうが良さそうね」


「えっ? ミーチャは僕に錬成師のスキルがあることを信じてくれるの?」


 ミーチャに疑いはない。けど、あっさりと信じてくれることに拍子抜けしてしまった。


「フフッ。もちろんよ。私の旦那様ですもの。信じない訳ないじゃない」


 ミーチャは一人で納得したかのように、ウンウン頷いている。


 ……ありがとう。ミーチャ。


「とにかく国境に向かおう。王国に行かなければ何も出来ないからな」


 ミーチャは真面目な表情で頷いた。彼女もこれからの旅路が辛いものになることは理解しているのだろう。

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