第7話 追放

 ……洗礼が終わった後……


 広間にズタボロにされた僕だけが残され、血の臭いが口の中に広がる。


 なんとか顔だけを起こし、ミーチャ姫がタラスの手下たちに連れ去られた後の扉をずっと見つめていた。


 悔しさのあまり、涙が止まらない。何度も……何度も床を殴った。血みどろになるまで……。


「一体、何のための修練だったんだ!! 今までやったことは全部無駄だったのか? 僕は本当に無能者になってしまったのか? いや……」


 神官長は気づいていなかった。それとも見えなかったのか? でもそんなことは……。水晶に文字が浮かんでいた文字は……。


 『錬成師』


 はっきりと見えていたんだ。だけど何度も訴えたのに、誰も聞く耳を持とうとしてくれなかった。


 『錬成師』スキルというのが何なのか分からないけど、僕は決してスキル無しじゃない!! 


 神官長にも見えない理由があるはずなんだ。とにかく、このことを父上に伝えて、誤解を解かなければ。


 父上ならば、きっと……僕の言葉に耳を傾けてくれるはずだ。


 僕はボロボロになった体を引きずりながら、父上がいるであろう執務室に向かった。


 僕の姿を見て、女中達が視線を逸らす。それほど酷い姿なのか? それともスキル無しという噂が広まっていてバカにしているのか? 


 なんにしても僕に味方するような者は……いない。


 ミーチャ姫もこんな気分だったんだろうか。今更ながら、ミーチャ姫の孤独を理解してやれていなかった。……分かったような事を言ってゴメンな。


 執務室前に着いた。こんなにドアが重々しく感じたことはあっただろうか。父上が聞き入れてくれなかったら?


 いや、きっと父上なら。その言葉を何度も飲み込み、ノックも無しに入った。


 礼儀を気にするほど、余裕がなかった。中に入ると、視線の先に父上の姿が見え、少しホッとした。話を聞いてくれる……父上ならば。


 しかし、父上の様子は僕の姿を見て、驚いたような顔を浮かべていた。


「なんだ、その姿は……いや、それよりも何用だ? 私は忙しいのだ」


 父上は僕に何の興味を示さない。態度がそれを物語っているようだ。最初だけ僕を見て、すぐに書類に目を落としていた。


「父上。もう一度……もう一度。僕のスキルを調べてください!! 確かに水晶には『錬成師』という文字が浮かんでいたんです。あの神官長にはきっと見えなかったのです。どうか、別の人に調べてほしいのです!!」


 父上はぎろりと僕を睨みつける。


「お前は何を言っているのか分かっているのか? 洗礼の儀式は一生に一度のものだ。やり直すなど聞いたこともない」


 父上はまるっきり僕の話など聞く気などない様子だ。


「それに神官長は私が特別に王都より招いた者だ。あの方に、間違っているからやり直せなんて言えると思うのか?」


 父上にとって、僕はそれくらいの価値しか無いということなのだろうか? 調べ直すくらい……父上ならば簡単に出来るはず!!


「それに……『錬成師』など聞いたこともない。そのような戯言に私が付き合う道理はない。すぐに去れ。仕事の邪魔だ」


「父上!! どうして僕の話を信じてくれないのですか?」


「うるさい!! この無能者が。お前に期待していた私の気持ちが分かるか? お前こそは公国に明るい未来を照らしてくれる、そう思っていた。それが打ち砕かれた私の気持ちが。後継者指名を一年も伸ばしたことで私の見る目のなさを貴族連中に露見させたようなものなのだ!!」


 そんなこと知ったことではない。いや、そうではない。調べ直せば絶対に僕がスキル無し出ないことが分かるはずなんだ。


「僕だって期待に応えようとしました。日々、辛い鍛錬もやってきた。僕にはスキルがあるんです!!」


「お前が何を言おうとスキル無しの事実は変わらん。神に恨まれている無能者を後継者などしたら国が滅びるわ!」


「貴方がそこまで分からない人だとは思いませんでした。ならば……僕にも考えがあります……」


 この言葉を出せば、後戻りは出来ない。そう思い、生唾を何度も飲む。


「ほお。考えとは? もしや、この国を出るとか考えているのではあるまいな?」


 先に言われるとは思ってもいなかった。けれど、僕に残された道はそれくらいしかない。理解してくれる者がいない世界など、ゴメンだ!!


「ふん!! 無能者にこの国に居場所はない。出ていきたいというのならば、追放する手間が省けるというものだ。だが、それは他でも同じだぞ。ここにいれば、飢えずに済んだものを……出るならば好きにしろ。ただし、全ての持ち出しは禁ずる。公国の物を赤の他人であるお前が持っていけると思うなよ?」


 信じていた。最後には、やっぱり僕の話を聞いてくれると思っていた。けれど、最後まで僕を無能者と呼ぶのを止めることはなかった。……もはやこの人を父と思うことは……もう、ない。


「分かりました。今までお世話になりました」


 父上は最後までこちらを見ようとはしなかった。


 執務室を飛び出した後、ここでやり残した事と言えば、ミーチャ姫に別れを告げることだ。


 しかし、タラスの子分たちが見張っているせいで、近づくことが出来ない。今なら、こいつらを殴って……いや、あいつらもそれなりのスキル持ちだ。敵う訳がない。……それならば。


 一旦外に出て、小さな石を手にしてミーチャ姫の部屋の窓に当てた。すぐにミーチャ姫が姿を現してくれたが、いつもの様子ではない。


 生気がない表情で僕の姿をじっと見下ろしていた。ここで声を上げるわけにもいかず、ひたすら、申し訳ない気持ちだけで頭を下げ続けた。

 

 そして、僕が頭を上げたときには……ミーチャ姫の姿はなかった。


「ミーチャ姫も僕には失望しているだろうな……。でもこれでいいんだ。ミーチャ姫は僕と一緒にいるより、ここの方がマシなはずだ」


 自分に言いきかせるようにその場を離れた。


 一旦、自室に戻り、着ている上質な服を脱ぎ、裸になった。情けなさとタラスと父上への怒りと涙が噴き出してきた。

「絶対に……あいつらに復讐してやる!!」


 そう心に決めた。


 誰にも目に触れないように夜間を選び、静かに屋敷を離れた。


 この時期はまだ暖かさが残る季節で助かった。冬ならば、この格好……いや、裸ならすぐに凍え死んでしまう。


 行き先はトルリア王国とナザール公国の国境だ。あそこは、国境と言っても関所もなく自由に往来が出来る場所だ。簡単に王国に入ることが出来る。


 しかし、予想が外れてしまった。なんと国境に多くの人が集まり、関所が設けられているではないか。こんな夜更けにいるなんて、どうも可怪しいな。


「とにかく近づいて情報を集めてみよう」

 

 森から廻り、関所に近づく。


 枝が肌に当たって、タラスにやられたところに激痛が走る。辛うじて声を出さなかったが、足もよく見ると血だらけだ。血が止まらず、意識がふらつくが集中して衛兵達の話に耳を傾ける。


「なあ。これは一体、何の関所なんだ?」


「なんだ、知らないのか? 公国の第二公子が公家の財産を盗んで逃亡しているらしいぞ。スキル無しと宣言されて、自暴自棄になったそうだぞ」


 財産を盗んだ? 逆だろ? 全て没収されたんだから。自暴自棄というは……否定できないかも知れないが。

 

「そりゃあ、無理もないだろう。スキル無しなんて、奴隷以下の用無しじゃないか。公家の金で最後の道楽でもしたかったのかねぇ。それで捕まえて、公家に渡すのか?」


「いや、それが……俺も詳しくは知らないが、奴隷商に売り渡す話らしいぞ。公家も第二公子の存在を消すつもりらしいな。まったく、貴族の考えることはえげつないよな。曲がりにも家族だった者にな」


「しっ‼ 誰かに聞かれたどうするんだよ」


「こんなところに誰かいるわけないだろ?」


 父上達がそこまで僕の存在が要らないというのか……。僕はこっそりとその場を離れた。


「ナザール公家がここまで下劣な奴らの集まりだったとは。僕はなぜ見抜けなかったんだ」


 この数年のことを思い出し、暗い気持ちになる。しかし、そんなことを考えてばかりはいられない。


 ただ、ここからの脱出は難しそうだ。だとすると、残るは……あそこしかないか。


 思いついた場所……そこはミーチャとの楽しい思い出がある初代様の墓場だった。ここの裏の山を超えれば、王国になる。険しい山みたいだが……死んでも、ここには残りたいとは思わない。


 墓所を通り過ぎて、裏山に向かおうとすると……小さな物音が聞こえてきた。


 獣か? それとも、追手か? どちらにしろ、捕まるわけにはいかない。


 音の聞こえる方に音と気配を消して向かうと一つの陰があった。どうやら単独行動をしているバカのようだ。


 忍び足で近づき、羽交い締めをした。とても暗殺者とは思えない柔らかい奴だ。


「わっ!! 兄様!! 僕です。トリフォンです」


「何? 何でお前が!?」


 驚きのあまり、締め上げた腕により力が入る。


「く……くるしい……放じてください……」


「あ? ああ。済まなかった。てっきり追手かと思って」


「もう!! こんな可愛い弟を追手と間違えるなんて!!」


 ……可愛いって自分で言うものなのか? 場も考えずに、つい笑ってしまった。

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