第6話 密会
ミーチャ姫がナザール公国に滞在するようになってから、二人で会う時間が多くなった。
少しでもタラスに近づくための修行を邪魔されるのは正直、迷惑だったが、ついミーチャ姫の笑顔に押し切られてしまう。
「だめ?」
毎回、上目遣いをしてくる。そんな目を見て、僕はいつもたじろいでしまう。実のところ、可愛いと思ってしまうのだが、なんとか隠せている……と思う。ミーチャ姫もきっと分かってて、僕をからかっているんだろうな。
そんなミーチャ姫が公国にやってきて間もない頃、ぼそっと呟いていた。
「やっぱり、公家の中にでも私の居場所はないみたい」
その言葉の意味は僕にもなんとなく分かった。
ある夕食の時だ。ミーチャ姫も婚約者として、僕達親子と共に食事をすることになっている。少しでも家族の時間に慣れてもらうためだ。
「父上。納得できません!!」
タラスのそんな一言から始まった。食べかすが周囲に飛び散る。
「何がだ? タラス」
父上はうんざりしたような表情を浮かべ、タラスに視線を向ける。父上は口元を拭う。これこそ、当主たる仕草だろう。
口を汚してながら、話すタラスとは大違いだ。そんなタラスはミーチャを指差していた。
「あの女です」
「彼女……ミーチャ姫がどうしたのだ?」
「とぼけないでください。父上も王家に憤りを感じているはず!! 忌み子を公国に押し付けるなんて!! 王家は俺達のことをバカにしているんですよ」
忌み子……ミーチャの容姿に由来するものだが、タラスもまた王宮の人と同じく、毛嫌いしている。
「タラス。余計なことを言うな。ミーチャ姫。どうか愚かなタラスを許して欲しい」
ミーチャ姫はすでに食欲を無くしたようで、手を止め、俯いているだけだった。
タラスの言い分も酷いものだったが、父上はタラスを否定することはなかった。ミーチャを受け入れた父上は、忌み子など他愛もない噂に耳を貸さないと思っていたが……父上もタラスに少なからず同調しているということなのだろう。
家族のミーチャ姫への扱いは本当に酷いものだ。王家でもひどい扱いを受け、せっかく別天地に来ても、同じでは……。
それ以降、ミーチャ姫は自分の部屋で食事をとるようになってしまった。最初こそは、食事に誘いはしていたが、次第にそれもしなくなった。父上は婚約者として王家と交渉したのに、これではミーチャ姫が何のために、公国に来たのかわからないではないか。
僕は何度もミーチャ姫への扱いを改めるように頼んだが、父上が頷くことはなかった。忌み子という認識は思った以上に根深いものだった。
それでも、ミーチャ姫は強い子だ。屋敷に居場所がないなら、自分で居場所を作ってしまう。
そこは公国初代当主ファリド様を祀る祭壇がある場所だった。広いだけの場所にポツッと祭壇が儲けられていて、周りは木々に覆われている。
何かのイベントがない限り、滅多に人が立ち寄らない場所だ。ミーチャ姫がどういった経緯で見つけたのは分からないけど、日中のほとんどはそこで過ごしているらしい。
当然、僕もそこにいる事が多くなった。僕もタラスに見つからない場所を探していたから、ちょうどよかったのだ。それに二人で密かに会うことも出来るしね。
そんな秘密の場所には、僕とミーチャ姫以外に、もう一人だけ来る者がいた。
「ロスティ兄様。持ってきましたよ!! もう、本当に給仕長の目をごまかすのは大変なんですからぁ」
「よくやったな。トリフォン」
「えへへ。もっと褒めてください」
僕の三つ年下の同腹のかわいい弟トリフォンだ。昔から僕に懐いていて、どこに行くにしても付いてこようとする。
この場所も僕をこっそりと尾行してきたトリフォンに見つかったというわけだ。それ以降、僕がいる時は顔をよく出すようになった。
トリフォンには毎回、ここに来る度にお菓子を持ってくるように言ってある。ミーチャ姫は僕より少し年上なんだけど、お菓子がとても好きなんだ。リスのように、パクパク食べる姿はとても王族とは思えない……けど、すごく可愛いんだよね。
前に頭をつい撫でてしまったら、怒られてしまった。
「私を年下みたいに扱わないで!!」
難しい……。
今回も難なく給仕長の目を盗んで持ってこれたようだ。まったく、可愛い弟だ。
トリフォンは、ミーチャ姫に対しても分け隔てなく接する公家で数少ない一人なんだ。
ミーチャ姫はトリフォンの屈託のない笑顔に最初は戸惑っていた。そして、昔に僕に聞いたことと同じことを質問したのだ。
「私が怖くないの?」
それに対しての答えがトリフォンらしかった。
「ミーチャさんはロスティ兄様のお嫁さんになる人でしょ? だったら私が怖がる理由なんてないじゃないですか」
トリフォンは昔から僕を基準に考えてしまう。僕の味方はトリフォンにとっても味方。それは敵も然りで、タラスは今やトリフォンの立派な敵になっている。
しかも、トリフォンはまだ子供であることをいい事に露骨な態度を取っている。
「そういえば、あいつがまた女中さんを追いかけていたよ。本当に気持ち悪いやつだね」
タラスをあいつ呼ばわりするのも僕の影響だ。こんな調子だと、いつか、タラスに目をつけられないか不安でしょうがない。トリフォンが僕と同じような仕打ちをされたと思ったら……胸が苦しくなってしまう。
それも時間の問題かも知れない。一年はとにかく、タラスの横暴を僕だけに向けさせ続けなければ……。
「ねぇ。兄様。ちょっと頼みがあるんです」
こんなのも日常茶飯事だ。最近は、ミーチャ姫の真似なのか、上目遣いを覚えたみたいだ。
「今日はなんだ?」
「実は花を取って欲しいんです。崖の上にあるから、取れなくて……」
「まったく……」
トリフォンのお願いを断れた試しがない。考えてみたら、ミーチャ姫の願いも断れた試しがない。僕って自分の意思がないのか? ちょっと不安になる。
でもいっか!! トリフォンとミーチャ姫の笑顔を見れるだけで僕は嬉しいんだ。
「随分と高い崖だな」
「兄様でも無理ですか?」
そんなことを言われて出来ないとは言えないだろうに。トリフォンはその若さで人を誑かす術を身に着けているように感じてしまう。
「出来るに決まっているだろう!!」
「流石です。兄様」
僕は崖をよじ登り、なんとか花を手にして、トリフォンに渡した。
「わぁ。ありがとうございます。兄様。やっぱり綺麗な花だったんだ」
「なんで、こんな物が欲しかったんだ?」
「なんとなく? 遠目で見て、綺麗だなって思っただけです。でも……お花さん、可哀想だったかな?」
「……かもな」
ミーチャ姫とトリフォンの関係は一年も接していると本当の姉弟のように仲が良くなった。
こんな時間がずっと続けばいいとさえ思ってしまうが、そんな時間は長く続かなかった。ついに僕の16歳の誕生日がやってきたのだ。洗礼の儀式が始まった。
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