第3話 竜の巣


「竜っていっぱいいるのね……」


 辿り着いた竜の巣には、竜が……沢山いる。

 なんと言うか圧巻ではあるが、どれが神託をくれる竜なのか分からない。分からないから仕方が無いので、聞いてみようと大きく息を吸い込んだところで、慌てた様子のテオドラに口を塞がれた。


「もが!」


「馬鹿か! ちょっと待て!」


 声をひそめてテオドラが必死に言い募る。


「もしあの竜たちに一斉に取り囲まれたら……食われたらどうするんだ!」


 サフィナは思わず眉をしかめる。それではどうしたらいいのか、そもそも何をしに来たか分からないではないか。


「大人しそうな竜を見つけて声を掛けて……」


「まだるっこしいわね」


「全くだ」


 突然横から聞こえて来た静かな声に、二人揃ってギョッと身を竦ませる。

 慌てて振り返れば、この場に似つかわしく無い貴公子の姿があった。


「り、竜?」


 竜は擬態する。人にも、他の動物にも。目の前の貴公子も恐らくそれで……爬虫類のような縦型の瞳にテオドラは思わず息を飲んだ。


「人の子がこんなところに何の用だ? 取って食いはしないが、我らの流儀に反するようなら遠慮はしない」


 竜は確か、自分より高位な個体を尊重するのだ。この竜の青年は恐らくそれらの竜を慮って自分たちの前に立っている。だから……話を聞いてもらえるだろうか……

 テオドラは意を決して口を開いた。


「神託を、神託を持ち帰りたいのです!」


「何故我らがそんな事をしなければらならない」


 あっさり返されてテオドラは、ぐっと言葉を詰まらせた。

 確かに竜の利なんて考えてもいなかった。

 竜が喜ぶものなんて、それに神託なんて無償の……人間の世では、そういう名の下で寄付を渡せば貰えるものだった。テオドラは勢いよく顔を振り上げた。


「では、代わりにあなた方の望むものを提供します! それで……」


「我らはお前たちのように卑しく物乞いをしない!」


 竜の迫力にテオドラはどさりと尻餅をついた。

 竜の流儀とやらに反したのだ。凍りつく思考の中で、テオドラは背中に冷たい汗をかくのを感じた。


「竜の方たちには、私たちが叶えられるような、都合の良い望みは無いのでしょうか?」


 後ろに立つサフィナがぽつりと呟くのを、テオドラはどこか人事のように聞いていた。

 何故自分がこんな目にと思いながら、逃げた兄を、こいつの姉を、果ては背後のサフィナにさえ、八つ当たり気味に詰った。


「我らが人に期待する事など無い」


「そうですか……」


 しょんぼりと肩を落とすサフィナに、もう一体の竜が声を掛けた。


「私はね! ケーキを毎日お供えしてくれれば、神託あげてもいいよ!」


「「え?!」」


 思わず被る二人の声に、冒険者風の格好をした、人懐っこそうな女性が笑い掛ける。


「くだらない」


 青年は眉間に眉を寄せたが、女性は楽しそうだ。


「でもきっと神託なんて何の意味も無いよ」


「「え……?」」


 再び重なる声に女性は悪戯っぽく目を細めた。


「未来を伝えるだけだからね。先々を知れば人間は安心するみたいだけど、例えばさ、君たちが望んでいる婚約の円満解消? の神託はさ、今の状況に都合がいい事かもしれないけれど、縁が切れ、あの予言師が未来に視たものが経ち消える事になる。

 それが元で連鎖的に失くす未来や、派生する未来もあるんだけどね。まあ人間の歴史という大まかなものの範囲を越える事は無いけれど、今の君たちみたいに割りを食う人間は別に出てくるだろうね」


 あくまでも事実を、大して感慨も無い様子で告げられた。

 ……自分の代わりに割りを食う人間が生まれる。

 いや、驚くべくはあの予言師が真に未来を視ていた事か……

 自分に役割を押し付けて逃げて行ったそれぞれの兄姉。彼らに抱いた感情を今度は自分たちが向けられる。

 それでも押し付けたいと思うのか。逃げ出したいと思うのか。


「それだと……ケーキを供える相手はあなたではありませんね」


 思わぬ台詞に竜の女性も男性も、テオドラも瞠目した。


「でも誰に謝ればいいのか、よく分かりません。竜さまには分かりますか?」


「……え? さあそれは……未来は流動的だからね」

 

 それを聞いてサフィナは唇を噛んだ。


「それでも……我が家の窮地を救う為には……」


「駄目だ!」


咄嗟に出た言葉には、テオドラ自身が一番驚いた。けど……


「駄目だ、サフィナ。出直そう」


「え? テオドラ?」


 戸惑うサフィナの手を取り、テオドラは急いで来た道を戻った。

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