第4話 供物


 自分の身を守る為に、他者を犠牲にするなんて出来ない。

 ……そんなの綺麗事だって分かってる。でもさあ……

 何故か言わせたく無いと思った。そして自分のそんな内情に頭を抱える。


 考え事をしながら山を降れば、自然と足は大股で、その上後ろを続く足音がいつの間にか聞こえなくなっていたなんて、今更気がついた。

 はっと振り返れば、背後には誰もおらず、テオドラは真っ青になって再び竜の巣へ向かって走った。


 ◇


「サフィナ!」


 慌てて声を掛けたのは、サフィナが竜たちに囲まれていたからだ。取って食わないと言っていたけれど、今は竜の姿の個体も彼女を取り巻いており、見ているだけで心臓に悪かった。


「テオドラ?」


 驚いたように振り返るサフィナを、テオドラは急いで背中に庇った。そしてそんな格好をつけた自分をすぐに後悔した。

 自分たちを見下ろす火竜の迫力は、側から見るのと見上げるのとでは、全く違う。後ろの少女はこの圧力にどれほど耐えたのだろう……

 そんな考えが頭を過れば、自然と竦んだ足も踏ん張れた。

 例え格好つけでも、令嬢より勇気が無いとは思われたくない。


 先程の女性の竜が面白そうに口の端を上げた。


「この子は自分がお供えになるって言ってるよ」


「は? な?」


 突然の話にテオドラはまともな言葉すら出せない。


「神託じゃなくて、直接我らの干渉を望むそうだ」


 静かな声で青年の竜が続ける。


「別に好んで人を食わないが、貰えるものはあるからな。供物というなら受け入れよう」


「そんな……なんでそんな事……」


 恐る恐る振り返れば、眉を下げたサフィナの顔があった。


「テオドラの家は由緒正しい騎士の家系なのよね? 王家だって関係を悪くしたいと思うもの。でも、我が家は普通の子爵家で……私は、名ばかりの令嬢なのよ」


 その言葉にテオドラは眉を寄せる。

 確かに家は祖父が武勲を上げ、今の王家とは結びつきも深い名家と言われている。父は武人では無いけれど、兄は祖父に良く似た恵まれた体格で────


「姉が家を出て行った事で、あなたの家と私の婚約者の家、我が家はどちらにも角が立つ事になった。どちらかの家に縋りついたところで、婚姻相手が私じゃあ、関係は悪化するだけだと思う」


「何を言ってるんだ?」


「きっと事が荒立てば分かる事だと思うけれど、私、外腹の子どもなのよ」


 眉間の皺を深めていたテオドラは、その言葉にはっと息を飲んだ。


「本物の令嬢じゃないの」


 きっとここに来る前のテオドラだったら、そんな産まれを、或いは隠していた事を非難していた。けれど……


 (もし、彼女とじゃ無かったら、ここまで来られ無かった)


 たったそれだけの事とは言えない程、今まで会ったどの令嬢よりも力強さと、信頼を感じたのだ。


「それに……」


 続ける彼女にテオドラは顔を上げた。


「あなた、好きな人がいるんでしょう? 私は……政略だから」


 明るく笑う彼女に胸が軋む。……だからって……


「だからって、お前が犠牲になる必要なんて無いだろう!」


 そう言う自分の顔が何故か強張っていく。


「いずれにしても、私には居場所が無くなってしまうもの」


 ……そうなるだろう。政略婚に使えない外腹の子。

 ────でも!


「そんな事にはならない!」


 咄嗟に出た言葉に根拠は無い、けれど、どうしてそんな風に叫んだのかは、自分でもよく分からなかった。テオドラは視線を彷徨わせて、必死に言葉を紡いだ。


「君は……君だろう? 姉上の代わりに来た婚約者役という存在こそ建前だ。何故なら今見ている、ここまで見て来た君は、本当に……高潔だった。……そんな人を蔑ろにするなんて、それこそ貴族界の損失だ。君は……必要な人間だ」


 それはきっと、自分にこそ……

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