第23話 悪役令嬢の裏設定
向かいに座ったサリュミエルが、私に手を差しのべる。
「……それでは見ましょう、貴方の星を」
「お……お嬢ちゃん、止めた方がいいんじゃ……」
占星術というもの得体の知れなさゆえか、ニーピングルが恐る恐るという感じで私を止めようとしてくるが、ここまで来て止まるなんて選択肢は私の中にはない。生き残るためなら何だって使いたいというのが本音だし、ていうかそもそも、占いでしょ?そんな危険なことナイナイ。……ないよね?たぶん。
「大丈夫よ、ニーピングルさん。宜しくねサリュミエル」
私は伸ばされた彼女の手を取って──
「………………え?」
気づいた時には、まるきり宇宙のような、星々の白い光が瞬く暗闇の中にいた。
「ええええええええ!?」
足場がなくなって、咄嗟に「落ちる!」と思ったけれど、体が重力に従って落下する様子はない。
私の体はふわふわと宙に浮いており、上にも下にも落ちることなく、宇宙空間のようなそこを漂っている。最早これはファンタジーを越えた何かよ。疑問符しか浮かばない頭に「ニーピングルの言うことを聞いておけばよかったかもしれない」という後悔の念が浮かんだが、後悔って言うのは後で悔やむから後悔なのであって。
宙を漂いながら、どうしたもんかとキョロキョロ辺りを見回していると、いつの間にか、少し離れたところにサリュミエルが、私と同じように何もない場所に浮かんで立っていた。ほっとして空間を泳ぐように近寄ると、彼女は優しく私を受け止めてくれる。何がどうなってるのかサッパリわからないわ。
「サリュミエル、これ、何?」
「占星術……早い話が、私の魔法です」
「でもお店は?岩窟亭はどこへ──」
「肉体の座標は変わりません。ただ私達の精神が、貴方の宇宙に飛んだだけのこと」
…………………………おん。
「アルキバもだけど…………貴方達の言葉は、抽象的だったり、私達の知らない概念の話だったりで、ときどき理解するのが難しいわ……」
電波なのよ率直に言うと。
私の宇宙って何?私にスピリチュアル属性はないし、とりあえず今は何かこう、物凄い幽体離脱をしてるとでも思えばいいのかしら。
私の言葉に不満げな匂いを嗅ぎとったのか、サリュミエルは少し口元を綻ばせた。
「理解できない事柄は、ただそのようにあるものとして受け入れることも大事です。この世界は多くを与えてくれますが、私達が知識として摘み取ることが出来るのは、結局、今の自分に理解できることだけなのですから」
「でもそれだと……現状が……把握出来ないというか……」
「妥協を許さぬ向上心があるのなら、わからないなりに、理解しようと努めなさい。磨くことを忘れなければ摘み取れるものの種類は増えていきます。籠の重みに、潰されてしまわぬ内は」
「……はい」
はいと言ったはいいものの、頭の中には疑問符しか浮かばない。この人、アルキバの知り合いだって言ってたけど、性格とかもたぶん同じタイプの人だ。
疑っていたわけではないが、サリュミエルが彼の昔馴染みなのは絶対的に間違いない。私に対する諭し方の雰囲気がまるきり同じだもの。
「貴方の星を見ましょう、ヴァイオレット。まずは、貴方の行く手を」
「え……あ、う、うん」
私と寄り添うように立ったサリュミエルが指先を伸ばし、周囲の星と星を紡いで、私には読めない文字のようなものを宙に書く。
読めはしないが、文字そのものは本で見たことがある。宙に輝くアルファベットにも似ているように見えるそれは、エルフ文字と呼ばれる妖精文字だ。それが示すものが何のこっちゃさっぱりわからない私には「わ~~綺麗~~」以上の感想は抱きようがなかったが、サリュミエルはそこから私の運命に関する大切な“何か”を読み取っているようだった。
「……“主人を守る狼”」
「えっ」
唐突にサリュミエルの唇が開く。
綺麗だと今まで呑気に見守っていた星の光が、彼女の回りに集まって、形を成していく。
「“王家の血を引く者”、“忠義に篤い騎士”、そして……“光と花の王冠を被る乙女”………………他にもいるようですが、今の時点で貴方の道行きに見える強い光は、この四人だけです」
何か心当たりは?
と見下ろされて、心臓がドッキン!と跳ね上がる。図星過ぎて左心房がタップダンスを踊り始めたわよ。
ある。心当たりメチャクチャある。
狼はトーマだし王子はアーサー、騎士は絶対『ユグハー』の三大人気キャラクターの残りの一角である“彼”のことだし、光と花の乙女ってのはどう考えてもヒロインのことじゃん。ゲームの説明書にビジュアル紹介と一緒に載ってそうな煽り文句ありがとうございます!
「えーっと……心当たりはまぁ……なくもないというか…………その人達が、その、私にとってはどういう……?」
「……とても複雑に絡み合った因果があるようですが……貴方にとっては、皆おしなべて貴方を死に導く凶星です」
知ってまーーーーす!!
知ってる!全員が全員死亡フラグなのはそれ知ってる!それを回避する方法が知りたいんですサリュミエル先生!既にその内の二つとはぶち当たった後なんで!
余りにも容赦のない占いにいよいよ内心で冷や汗がだらだらと染み出してきた。仲良くなってきてついつい油断してたけど、トーマもアーサーも私の死因になり得るとはっきり言われて、流石に心穏やかじゃない。
「不思議なことです。凶星との繋がりは、全てがある一点へと集約している……死に場所が定まっているのは皆同じですが、貴方の場合、それに関与する要因があまりにも多い」
「つまり死亡フラグに囲まれてるってことよね?知ってる……」
ある一点っていうのは、つまり断罪イベントである学期末パーティーのことだろうか。
私が青ざめていると、サリュミエルは不思議そうな顔で、再び暗闇に星で文字を書いた。
「……けれど、同時に、これら全てが、貴方にとって何物にも替えがたい吉星でもある……」
「……えっ?死ぬのに?」
「はい」
サリュミエルが頷いた。
死ぬのに吉……って何それどういうこと?
「……凶星はその性質ゆえに貴方を死に導くのではなく、運命によって、その引き金の役割を与えられているだけ」
「……えーっと?」
「貴方の死因は彼らそのものではなく、もっと大きな運命を支配する力──貴方には、どうも……この世に生まれたその瞬間から、強力な呪いがかかっているようです、ヴァイオレット」
──それはつまり。
「ゲームシナリオのパワーってことか……」
「?」
「あ、こっちの話」
私は顎に手を当てて考え込む。
悪役令嬢である私の死が、キャラの行動関係なくシナリオの一部として運命に組み込まれているというのなら、最早キャラクターとのエンカウント云々の話ではなくなってくる。トーマと距離を置こうとアーサーと婚約解消しようと、何をしようと学期末パーティーの日に私は必ず死ぬってことなんだから。そうなったら万事休すだ。
「でも……」
頭を悩ませながらサリュミエルに問いかけると、彼女はじっと、私の言葉を待っているように、琥珀の瞳で私の顔を見つめた。
「“私の死”がその、私の人生のある一点、で予定されていたとしても、ありとあらゆる引き金を避けて、触らなければ大丈夫……ってことはない?」
「……確証はありませんが……凶星を避けることで、来たる運命を回避することは、可能です」
っしゃコラ。私、思わずガッツポーズ。
つまり私の“主要キャラ&イベント回避作戦”は発想としては間違ってない。ヒロインも攻略対象達も皆基本的には善人だし、まさかよく知りもしない人間を殺そうなんて思わないでしょうから。それならば今後も引き続き、基本は関係そのものを持たない方向で頑張りつつ、トーマとアーサーに関しては、最善の注意を払って付き合いを続けていくしか。あでも、今日みたいなこと続けてたらトーマにはホントに嫌われそうね。
「……貴方は興味深い、本当に複雑な星の下に生まれていますね、ヴァイオレット」
気を付けよう……と思っていたら、ふと、一際大きく輝く星を掌に乗せたサリュミエルが、囁くように呟いた。
いやホントに面白い人生だと私も思いますよ。色んな意味で。そもそも何で私…“ヴァイオレット”にそんな呪いがかかってんのかしら。『ユグハー』のシナリオライターがこの世界における“神”だったとしても、私は既に自分の意思を持って行動を始めている。
悪事の罰として死が待ち受けているというならわかる。でも今生の私には悪役なんてやる気はさらさらないのに、それでも死は免れないというのはちょっと理不尽じゃないだろうか。そんな馬鹿な話があるか?
「……そもそも生まれたときからの呪いって、そこから理不尽だわ」
全くもって遺憾である。
闇の魔法の素養で家族から厄介者扱いをされていることに加え、何故私が──ヴァイオレットが、そんなものを押し付けられなければならないのだ。
ゲームプレイの最中は話が終始ヒロイン目線で進むし、ヴァイオレットのキャラ設定なんて公式から『王子の婚約者。ヒロインを苛める悪役令嬢。すぐ死ぬ』の三つくらいしか与えられてなかったんだから、興味すら抱いてなかったけれど。その死が運命づけられたものだとすれば、不憫どころの騒ぎじゃない。
いざ自分がなってみると、ヴァイオレットの人生って、色んな面からハードモードすぎじゃない?
「……呪いは、貴方の魂と結び付いています」
「魂?」
サリュミエルが頷いた。
「貴方と深い縁を持つ“彼女”が、聖女アルストロメリアの魂と魔力を引き継いでいるように……」
「え」
ふわり、とサリュミエルの茶色がかった黒髪が暗闇に広がる。
呆然とした私の顔を見つめるサリュミエルが、手の中の星を落として、それを目で追おうとする私の頬を固定した。
頭の奥がざわつく。濃い金色の瞳が、私を通して、奥底の“何か”を透かし見ようとしているように感じる。
やがて彼女の薄い唇が、満を持して、そっと開かれる。
「ヴァイオレット。貴方もまた……闇の魔女イザベルの魂と魔力を、その身に引き継ぐもの」
……………………Whats?
「黒魔女の魂を受け継ぐ貴方は、強い闇の魔力の恩恵をその身に受けてはいますが……前世である黒魔女の行いゆえに、常に死神に狙われる存在でもあるのです」
「えっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってそんな──それ何設定?どこの攻略本に載ってた話?聞いてないわちょっとストップ!何それ!?」
「よく聞いてください、□□ △△」
……………へ。
混乱した私が声を上げた直後、サリュミエルが口にしたのは、ヴァイオレット・クインズヴェリのそれではなく。
私が己の前世だと固く信じている、現代日本を生きていた、ゲームプレイヤーである“私”の名前だった。私は驚いて目を見張る。
「どうしてその名を……」
「“ヴァイオレットである貴方”が死にたくないのなら、貴方は“外宇宙から来たる者”の記憶を持って生まれてきたことを、上手く利用しなくてはいけません。これまでそうしてきたように」
「が、がいうちゅ……?」
人の前世をそんな何処かの邪神みたいに言わないでよ。
否、サリュミエルの話によれば、私の前世はイザベルとかいう黒魔女らしいけど。
……ちょっと待って、じゃあ現代日本人だった私の存在って何なの?“ヴァイオレット”の前世とはまた別ってこと?頭がこんがらがってきた。
私──そもそも“私”は、何で死んだの?
“──本当に?”
まだしがない『ユグハー』のプレイヤーだった頃。
意識がなくなる一瞬前、誰かの声を聞いたような気がしたことを思い出す。
そういえばあの声の主は、一体誰だったんだろう。
「……ヴァイオレット、貴方の幸運を祈ります」
「え゛っ、あの……」
サリュミエルがそう呟いた直後、体を宙にとどめていた力が失われて──
「ちょ、待っ、ええええええええっ!?」
次の瞬間、私は暗闇の中へ真っ逆さまに落ちていった。
結局のところ意味がわからんとか、聞きたいことがまだ沢山あるとか、基本脇役の悪役令嬢キャラのくせに設定色々盛りすぎだろふざけんなとか、言いたいことはたくさんあるけど。
とりあえずキャラの設定とか『ユグハー』の世界観とか、裏話とか――もうちょっと詳しく載ってる設定資料集があれば買っておくべきだった、なんて、どう考えても今さらなことを思いながら。
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