第125話 その後の俺たち

 ――好きな相手。

 隣にいるミカエルの方へ視線を投げたくなる衝動を堪えつつ、俺は言葉を探した。でも、何を言っても俺の言葉に重みは出ないような気がして、「そうなんですか」と相槌を打つだけにとどめた。

 俺はやっぱり人生経験が足りないのだろう。特に、人間関係に関しては難しすぎる。


 エリゼがギルドの建物の外に出ていってから、リュカが依頼を受けに受付へと向かう。すっかり顔なじみになった受付のお姉さんが「頑張ってくださいね」とリュカに微笑みかけると、ちょっとだけポチの見えない犬の尻尾が揺れたような気がした。

 そういや、ポチも失恋直後だったのを思い出した。早く春がくればいいな、とだけ心の中で祈っておく。


「そう言えば、ガブリエルさんが会いたいって言ってましたよ」

 受付のお姉さんが俺に視線を向け、意味深な笑みを浮かべる。

 ガブリエルというのは、薬師の男装の麗人。何か俺に話でもあるのだろうかと首を傾げていると、お姉さんが「ちょっと待っててください」と受付窓口から離れてギルドの奥へと姿を消した。

 そして、戻ってきた時には妙にテンションの高いガブリエルを伴っていた。

「ああ、会いたかったんですよ!」

 彼女は満面の笑みで俺たちの前に立って、とんでもないことを大声で言った。「ギルド長が妊娠したみたいです!」


 ぶは、という誰かが吹き出したような気配を背後に感じつつ俺が目を細めると、彼女は慌てて両手を振って言い直す。


「もとい! ギルド長の奥様が妊娠したみたいです! それはもう、ギルド長が泣くほど喜んでましてですね!」

「お、おう」

 俺が思わず後ずさりつつ引きつった笑みを浮かべていると、ミカエルが俺を背後から抱き留めて困惑したように言う。

「何故、そんな報告をアキラに?」

「それはもう、そこの彼女が提供してくれた精力剤のお蔭というかですね! いや、本当に効き目が凄かったみたいで!」

「精力剤……」

 呆れたような声が頭上から降ってくる。「何てものを作ってるんだ、アキラ……」

 いや、作りたくて作ったわけじゃなくて、偶然できちゃっただけなんだけれども。

「ぜひまた、余っている薬がありましたら買い取らせてください! 精力剤だけじゃなく、他のも!」

「あっはい」

 俺はガブリエルの熱意のこもった言葉に気圧されつつ頷く。

 どちらにしろ、これから薬の調合は本気でやるつもりだから、鑑定してくれる薬師がいるのはありがたい。新しく何か調合できるようになったらここに持ち込もうと決めて、リュカの依頼任務に付き添うため外へ出た。


「精力剤……」

 横を歩くミカエルがぶつぶつと呟いているのが不穏な気配を含んでいるが、俺は『あーあー聞こえない』と心の中で思いながら街の様子を見つめる。

 しかし、ミカエルはそっと俺の手を握り、言うわけだ。

「子供は何人欲しい?」


 今、コーヒーを飲んでいたら間違いなく吹き出していた。


「私は、三人くらい欲しいと思う」

 ミカエルのその言葉に、かくかくとした動きで俺は首を傾げて見せる。

 そ、そうですか。いや別に、俺が相手とは限らないしな? 世の中には可愛い子がたくさんいるわけで。それに、ミカエルはこれでも王族なのだから、ちゃんとした身分の女の子の方がいいと思うよ、うん。


「私の愛しいカナリア」


 間違いなく、今、コーヒーを飲んでいたら吹き出していた。

 そういや、そういう愛の詩人っぽい属性をお持ちでしたね、この王子様は。


 彼は嫣然と微笑み、俺の手を握った手に力を込めた。

「逃がすつもりはないので、覚悟をした方がいい」


「おにい……アキラちゃんのところが三人なら、こっちは五人くらい欲しいね、カオル君?」

「にゃー!」

 そんな声を背後に聞いても、俺は反応することができず、ただ茫然とミカエルを見上げていた。


 ――どうせ、お兄ちゃんは恋愛音痴なんだから、素直に受け解けばいいんじゃない?

 後になってサクラがそう言ったが、否定する言葉が見つからない俺も俺である。

 雰囲気に流される、という言葉もある。

 俺の母親から押し付けられる愛情は結局のところ、俺に対して向けられたものじゃない。あれは自己愛だった。自分の幸せのために俺の感情なんかどうでもよくて、ただの愛情の押し付けだった。

 でも、ミカエルは何だかんだ言って、俺の感情も優先してくれるわけで。


 いや、こんなことを考えてしまっている自分もアレなのだが。認めたくないのだが。

 間違いなく、俺は『流されて』いる。

 その一因として考えられるのは、吸血行為も関係しているような気がする。ミカエルが受け入れてくれるからというか、どうしてもお腹が空いたら彼の血を飲むわけだけれど、どうもそれを繰り返していると――変な気分になるわけだ。

 何かあれ、性行為にも似た感じがするんだが、気のせいだろうか。

 うん、気のせいだ。そういうことにしておこう。


 それにミカエルに女の子扱いされて、大切にされるのもだんだん厭じゃなくなってきているというのも問題で。

 でもとりあえず、無理やりどうこう……というのはミカエルだってしそうにないし、当分はこのままでと考えてしまう俺はどうなのだろう。


「とりあえず、三人の部屋は離宮に用意させてあるしね」

 セシリアが何故か頬を赤らめつつ、夢見るような輝く瞳で続ける。「新婚生活は別居がいいっていうなら、どこにでも新居を買っていいわけだし。まあ、のんびりゆっくり、愛を育めばいいと思うわよ?」

「えええ……」

 俺が途方に暮れつつ唸ると、リュカがつまらなさそうに舌打ちするのも聞こえた。


 まあ、何だかんだでその後の俺たちは。


 リュカの借金を返すために、ミカエルたちは一緒に行動している。生活基盤はレジーナの離宮である。

 セシリアが俺を女の子として『磨く』ことに目覚めてしまって、離宮の侍女たち全員を巻き込んで、化粧だったりお洒落だったりエステだったり色々やってくれている。ヤバい、ちょっとそっちの方面に『目覚め』そう。


 カオルは少し、身長が伸びた。まな板だった胸がちょっと膨らんで、危機感を覚えているようだ。近いうちに、間違いなく『最後までやられる』と泣きそうな顔をしている。っていうか、まだ最後までやってなかったのか、とサクラを見直した。

 だが、明日は我が身のような気がして、ちっともカオルのことを揶揄う気にもなれない。


 三峯は相変わらず喫茶店でマイペースに楽しんでいて、見事に占い師デビューを果たしていた。占い好きの女の子の客が増え、喫茶店の売り上げも上がったみたいだ。ついでに、そこにやってくる女の子を狙ってなのか、ジャックも店に入り浸るようになっている。ただ、ナンパが成功している様子はない。

 それと、三峯は神殿に食事や飲み物を出前をするという契約を取り付けた。

 さすが一歩間違えればストーカーである。ジョゼット様との関係も、随分近くなったらしい。


 エリゼとロクサーヌは、色々と試行錯誤があったみたいだが一緒に行動している。ただ、恋人同士にまでは至っていない。それでも、少しずつ歩み寄っているような雰囲気がある。


 凛さんとシロさんは、相変わらず仲がいい。早く恋人同士になっちゃえよ、と言いたくなるもどかしさがあるが、彼らは彼らでそのつかず離れずの関係を大切にしているようにも思える。

 それに、相変わらず初めの村アルミラから出てこない。ちなみに、すっかりアルミラは要塞化した。そんな感じで、見事なスローライフを楽しんでいる。


 魔族領の地下に眠るとされている邪神は、あれからすっかり熟睡しているようだ。

 まだ穢れが原因とされる黒い蛇が出ることもあるが、魔物に憑りついて暴れることもなく、神殿の誰かが『神の声』とやらを装った悪の囁きを聞くこともない。

 マチルダは「今は眠っているだけだと思うけどね」と言うが、幼女魔王が育っていけば、もっと魔力が強くなるというからそれほど心配はしていない。

 何かあったら、また俺たちも手助けすればいいだけの話だ。


 俺は錬金術とやらが楽しくて、マチルダ・シティにこもることも増えた。錬金術とかでできる薬は、ちょっとヤバいものが多い気がする。ちょっとした爆発物だったり、麻薬かな? と思える薬だったり。さすがにこれは薬師ガブリエルに渡すわけにはいかない。

 でもたまに、面白いものが合成できたりするわけだ。そのうち、エリゼの妹さんに効く薬ができるのも遠くない気がする。

 そして、マチルダ・シティから出れば、大抵そこにはミカエルが待っている、という光景も慣れた。


「結婚式はいつにする?」

 なんて言葉を投げられるのも慣れたが――いや、慣れたら駄目だろ!――、まあ、平和な毎日を送っている。

 これはこれで、楽しいからいいのかもしれない。


 ――多分。



 <終わり>

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

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