第124話 平和

「運営に感謝だぜ! 見よ、俺のこの姿を!」

 ジャックは椅子から立ち上がり、腕を開いてポーズを取る。白いシャツに黒いズボン、黒いマント。その痩せた体つきと白い顔と合わせると、どこかの吸血鬼のようにも見える。

「結構なイケメンじゃね!? 始まったぜ、俺の時代が!」

「……始まってないし始まらせない」

「じゃ、イケメンっぷりを見せつけて満足したから魔族領に帰るわ、俺」


 ――こいつ、何しに来たんだ。本当に、それだけが理由か。

 呆れた顔をしていた俺の横をすり抜けてドアを開けようとしたジャックは、ふと足を止めて振り返る。

「惚れんなよ?」

「惚れねーよ」


 俺は目を細めてそう呟いた後、カウンターの中に立って苦笑していた三峯を見た。ジャックが出て行く時、ドアにつけたベルがからんからんと鳴る。

 三峯は立ったままコーヒーを飲んでいたが、俺の視線に気づくとニヤリと唇の端を上げる。

「それより、アキラはガチャ回したか? 俺、予見スキルとかいうのが当たった」

「予見スキル?」

「まだレベルが低いから、敵の動きの少し先が見える、みたいなスキルなんだけどな」

「おー」

「レベル上がればもっと先まで見通せるみたいだから、運が良ければこの喫茶店内で占い師としてデビューできそう」

「お前、何を目指してんの?」

「お洒落な喫茶店の店主」

「……」

「浄化の旅も中止になったし、暇なんだよ。だから、趣味で予言者を目指してみるのもありかなと思って。で、この天使アバターと合わせて、神の御使いとして聖女様に近づけるチャンスがある。っていうか、予言ができるようになるなら、やっぱり俺が神なんじゃね?」


 ――とりあえず放置しておこう。


「変な客多いな。店主も相当だけど」

 そこで、カウンター席に座っていた茶髪の男性が呆れたようにそう言ったのが聞こえて我に返る。彼はコーヒーカップをソーサーに戻し、その丸眼鏡の奥にある目を俺たちに向けている。

「しかし、滅多に見ない美形たちばかりだな。お前の知人か? 純粋に感心する」

 彼は続けてそう言った後で、三峯に視線を戻す。すると、三峯が胸を張って「だろ?」と笑う。何を自慢しているのか解らん。

「ああ、こいつ、俺が頼りにしている魔道具制作者のセバス」

 俺が不審げに見ているのに気づき、その客を紹介してくれる。しかし、三峯はそれ以上説明するつもりはないらしく、すぐにカウンターの中に設置されていた大きな機械に目をやって、ぱしぱしと叩いた。


「……セバスチャンだ。勝手に略さないように」

 セバスと呼ばれた男性は、目を眇めて三峯を見やる。

 しかし、もちろんのことだが三峯は気にしない。その機械――いや、魔道具らしい四角い箱に色々と部品がつけられているものを愛おしそうに撫で、嬉しくてたまらないのか口角を上げている。

「念願のエスプレッソマシンが完成したんだ! おしゃんな喫茶店でしか見かけたことのない、お高いエスプレッソマシンのデザインを盗用して、こんな感じ! って説明して作ってもらった、自慢の逸品だ!」

「おしゃん」

「盗用」

 俺とミカエルの声が重なったし、他の連中も三峯のテンションの高さに圧倒されて言葉を失っている。

「ほら覗いてみろ、ここ! ちゃんとミルクフォーマーもついてる! それに、抽出する気圧の設定もできるようになってんだよ! クレマが満足いく感じにならなくて何度も駄目だししたけど、今回のはいい!」

「うん、よく解らないけどおめでとう」

「俺、ラテアートができるように頑張るから、毎日お前ら飲みにこいよ!?」

「いや、毎日はちょっと」


 どうやら感極まったらしい三峯がだんだんその身体を輝かせて、最後には天使の羽根を出してカウンター内が狭くさせていたが、客は俺たち以外にはセバスチャン氏しかいないから問題ないだろう。

 それに、その俺たち以外の唯一の客であるセバスチャン氏は、ぎょっとしたように身を引いて帰り支度をし始めた。

「じゃ、俺はこれで。ちょっとギルドの依頼もあるから、そっちに行ってくる。お前は迷惑だからずっと店に引きこもってろ」

「ああ、解った! ありがとう! また依頼を思いついたら押しかけていくから!」

「くんな」

 笑顔でそう言ったセバスチャン氏が店から出て行くと、店の奥からセシリアが声をかけてくる。

「わたしたちもギルドに行きましょ? そろそろ普通の依頼も復活してきてるみたいだし、リュカを働かせないと無駄に遊び続けるからね」

「えっ」

 ポチが凄く厭そうに顔を顰めたが、すぐにセシリアに輝くような笑顔を向けられ、引きつった表情で頷いた。


 とりあえず、三峯が試作品だと言って出してきた、崩れたハート形のラテアートを施したカプチーノを飲んだ後、ギルドに向かうことにした。三峯が「いつかジョゼット様に飲んでもらえるレベルにするんだ」とぶつぶつ言っているのも聞こえたが、いや、聖女様は喫茶店に来ないだろ、という夢のない台詞は喉の奥に呑み込んでおくことにした。


「アルセーヌも王都に帰ったし、また元通りねえ」

 セシリアが聖獣を頭に乗せたまま歩きつつ、復旧が進みつつある神殿の建物の方を振り返って言いながら、賑やかな大通りを歩く。アルトもセシリアの少し後ろを歩き、辺りを見回していた。

 確かに元通りだ。

 フォルシウスの街は以前と変わらず、店の呼び込みの声が聞こえていたり、屋台からは美味しそうな匂いが漂っていたり、旅人らしき姿も多いし、平和そのもの。

 カオルはすぐに屋台の前で足をとめ、サクラに「あれ買って」とお願いしている。サクラはそのお願いに弱いから、次から次へと購入。

 うん、本当に平和。

 俺たちには差し迫ったクエストもなく、しばらくのんびりできそうだ。


「そのうち、王都に行きませんか、いや、行こうかアキラ」

 俺の隣を歩くミカエルがそう笑顔で話しかけてきて、それもいいなあ、と思ったりする。結局、俺のマップに王都は現れていないから、まだタップしただけで移動できるわけでもないし。

「ここでやることなくなったら、それもいいかも」

 そんなことを言いながら、俺たちはギルドの建物の中へと入った。


「よう、大活躍だったそうじゃないか」

 俺たちの姿に気づいて声をかけてきたのは、黒髪と茶髪チャラ男。名前は……黒髪がターク、茶髪がパトリス、だったか。彼らは俺たちと同じで、壁に貼り出された依頼の一覧が目的だったらしい。

 しかし彼らは、俺の横にいるミカエルを見て少しだけ背筋を伸ばし、俺たちが依頼を読みやすいように横にどいた。その態度を見たら、彼らもミカエルの素性を知ったのだろうと気づく。

 ただ、ミカエルが何も言わないので彼らも深く触れないことにしたようだ。

「依頼か? 結構、普通のが増えてきてるが、少ないとも言える」

 タークがそう言って、リュカがそっとため息をつきながらその内容を端から確認していく。素材採集が多いが、魔物討伐によって採取できる魔石などは随分と高値がついているようだった。

 タークたちに聞くところによると、どうやら魔物の出現率が下がっているらしく、魔石の需要に追い付いていないんだとか。それはどうやら、聖女様たちが手分けして大地の浄化に励んだ結果だという。

 これはこれで平和でいいんだが、仕事がないなら別の街に移動するのもありだろう、とタークたちは苦笑している。


 なるほど、素材不足になりそうなのか。

 これは……カオルがゲットした、どこでもダンジョンとかいうやつに期待するしかないだろうか。


「お兄ちゃん、あの人」

 そこで、そっとサクラが俺に身を屈めて耳打ちしてくる。俺が顔を上げてサクラが促した先を見ると、ギルドの受付カウンターのところにエルゼの後ろ姿があった。

 どうやら何か依頼を片づけた後らしく、報酬を受け取ってこちらを振り向く彼。そして、見事に視線が合った。

 俺が右手を上げて軽く挨拶すると、エルゼがこちらに歩み寄り、頭を下げてきた。

「先日は……」

 と、ミカエルやセシリアにお礼を言いだしそうだった彼を、ミカエルが「ここではただの一般人なので」と軽く押しとどめた。

「ロクサーヌは妹さんと?」

 つい、どうしても訊いてしまう俺。

 エルゼが一人でギルド活動しているなら、きっとそうだろうと思ったけれど……少しだけ、気になっていたことがある。

「ああ、シャンタルの見張りを頼んでいる」

 そう返した彼も、僅かに困ったように表情を曇らせた。

「見張り?」

「歩けるようになったが、警戒心が全くなくて、目を離すとどこかに行ってしまう。また誘拐されたらと思うと……」

「なるほど」

「だから、俺の家でロクサーヌに見張りとして一緒にいてもらっているが……」

 と、そこで彼は軽く唇を噛んだ。

 エリゼは少しだけ考えこんだ後、そっと苦笑して見せた。

「いつまでも彼女に頼るわけにはいかないだろう。介護を引き受けてくれる医者を探さないと」

「えーと、二人は付き合ってるわけじゃ……?」

 俺は悩んだが、そう尋ねてみた。

 この二人が三峯の喫茶店に血だらけで飛び込んできた時、俺は勝手にそう思い込んでいた。あの時の必死の表情と、泣きそうな顔。俺がイメージしていた彼女とは違って、そこには確かに真摯な感情が見えたのだ。

 だから、ロクサーヌが次の交際相手に選んだのがエリゼなのか、なんてことが頭にあって色々と言ってしまったわけだけれど。


「付き合っていない」

 エリゼの目に陰りが浮かんだ。「彼女には、他に好きな相手がいる」

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