第116話 王宮騎士団の合流

 それからは混戦と呼べただろう。


 さすが魔族というべきか、空を飛び交うドラゴンが華麗に仲間を避けつつ、肉塊へと襲い掛かる。

 シロさんよりも体格が立派な獣人たちも多く、それぞれ爪や牙を武器に地上から攻撃を開始している。戦い慣れているからなのか、他の獣人の動きを邪魔することはない。

 それに後れを取ってはならんとばかりに、アバター組も周りの動きを見ながら必殺技を繰り出していく。


 もちろん、俺もサクラもカオルも負けてはいない。特に俺はまだ幼女魔王の血を吸った後から身体が軽いままである。ここで頑張らなきゃ駄目だろうと動き回ると、ミカエルが隣に並んで精霊魔法をぶっぱなしながら不本意そうに言った。

「以前、並んで戦いたいなんて言ったことありましたよね?」

「敬語」

「あっただろうか」

「ミカエル様が無茶しなくても、後ろの連中が頑張ってくれると思うけど」

 俺がそう言い終わった瞬間の、幼女魔王のとんでもない攻撃である。「どーん!」という気の抜けそうな掛け声の後、軽く振った手のひらから巨大な黒い炎のようなものが回転しながら飛んでいく。それを受けた肉塊の表面は抉られ、焼け焦げた。

 肉塊の焼ける匂いはまるで毒霧のように広がって、それを吸い込んだ魔族も獣人も咽かえりながら距離を取った。


 しかし、肉塊の動きは最初の頃から比べて随分と軽快になっているようだ。

 俺たちの攻撃が緩むと、肉塊の中から触手みたいなものを無数に出してきて、近くに転がっていた神殿の瓦礫などを手繰り寄せると無差別に投げつけてくる。

 俺たちはその攻撃を躱し、ミカエルとアルセーヌは防御壁を作って右往左往したままで何の役にも立たないでいる聖騎士たちを守っている。

 聖獣もまた、人間を守るために動き回り、時には身を挺して自分の後ろの人間を庇って肉塊の攻撃を受け止めた。


「しかしアレだなあ」

 ジャックがのほほんとした様子で笑いながら、肉塊を見上げている。「実際に見る触手ってのは、エロ同人みたいにエロくはないんだな。ってか、タコかイカだろ、こいつ」

「馬鹿言うな、タコかイカなら食えるだろ」

 俺が呆れたように言うと、ジャックがドン引きしたようにこちらを見た。

「食うの!?」

「アホか!」


「っていうか、本当に聖騎士連中使えねえ」

 そこで、空を飛んだままの三峯が舌打ちしながら言った。「戦わないなら邪魔だって言ってるのに……」

 そう言いかけた言葉が途中で途切れる。

 ふと俺は三峯の視線の先を追って顔を向けると、使えない聖騎士連中はどうでもいいとして、聖女様たちが浄化の魔術を使い始めているのが見えた。

 巫女様というのは、聖女様たちほど魔力が強いわけではないらしい。だから、ほとんどの巫女服たちは神殿の敷地内から撤退していた。しかし、聖女様たちはこの場に残り、地面から無限に湧いてくる黒い蛇を相手に頑張ってくれている。

 その中には、三峯の推しの聖女様、ジョゼット様もいた。


「やばいなあ、いいところ見せたいんだけど」

 三峯はそう複雑そうな表情を見せてから、肩を竦めて肉塊へと向き直った。「時間経過したから堕天モード発動するけど引かれないかなあ」

 そう言っているうちに、三峯の天使の翼がみるみるうちに黒くなり、巨大に膨れ上がる。髪の毛も黒く染まり、風に揺れる波打ちかたが黒い蛇のようにも見えた。まさに魔物のような姿への変貌。

「援護頼む」

 そう彼は言って、肉塊へと一直線に飛んでいく。

 その動きは、天使アバターと比べても一目瞭然、俺たちの動体視力でも捉えられないくらい速かった。


「三峯にいいところ全部持っていかれるぞ」

 俺はそう周りに声をかけ、三峯に向かって攻撃を始める肉塊と、地面から湧き出る黒い蛇に攻撃を仕掛ける。俺が作り出した蝙蝠の群れが黒い蛇を引き裂いて地面へと落とす。カオルもマグロで物理で蛇を殴る。

 そして、サクラが必殺技で火を吹くドラゴンを召喚。吐き出した炎で蛇だけではなく肉塊が巻き散らかす黒い靄も焼き払った。


「援軍か」

 そんなシロさんの声が遠くから聞こえた。そちらに視線だけ向けると、神殿を取り囲む塀の向こう側に太陽より明るい光がほとばしったかと思うと、セシリアとこの国の国王陛下ラザール・アディーエルソン、そして武装した騎士たちの姿があった。

「遅くなってごめんなさいね」

 セシリアがこちらに駆け寄ってきたが、すぐに申し訳なさそうに眉根を寄せる。「これで援軍は全員じゃないの。また行ってくるから、とりあえずうちの陛下をこき使っておいてちょうだい」


 ……こき使う。


 俺は思わず微妙な顔をしただろうが、当の本人であるラザール陛下は胸を張り、輝くような微笑を浮かべて右手を勇ましく上げた。

「この血は民のために流すと決めている! しかし、無為に流すこともない。人間も魔族も、同じ敵が存在するというのならば今この時だけでも協力せよ!」

 陛下の後ろに立った騎士たちが、剣を自分の胸の前で掲げて従う。

 そして、陛下は素早く辺りを見回してその表情を引き締める。

「聖騎士たちよ、我々と戦うのであれば剣を抜け! そうでなければ、飛来する瓦礫から民を守るために街の警護をせよ! お前たちは何のために剣を振るうのか考えろ!」


「陛下まで……」

 聖騎士の一人が呆然と呟いている。

 魔物と一緒に戦うという考えは彼らの頭の中には入り込む余地がないのだろう。俺たちや幼女魔王率いる魔族の姿を見て苦々しく息を吐くだけだ。

「では、街の警護を致します」

 鎧に紋章の入っている男性がそう言って、複数人の聖騎士たちを連れて神殿の敷地の外に出ていくのを見送った陛下は、少しだけ悲しそうに口を引き結んだ。

 それでも、半数ほどの聖騎士たちがこの場に残り、王宮騎士たちに交じって剣を抜く。


「……神殿は人員整理が必要なようだ」

 ラザール陛下は口の中で小さく呟いた後、気を取り直したように騎士たちに攻撃態勢の指示をしていく。セシリアはその様子を見てから、また精霊魔法で移動の魔法陣を地面に描く。

 そんな中、シロさんが不安げに街の方向を見やり、動きを止めていた。

「凛が帰ってこない」


 俺はまた攻撃を開始するために肉塊へと走り出したから、それ以降のことはよく解らなかったけれど、シロさんはマチルダに声をかけられていたようだった。

 マチルダはシロさんの肩を叩いて、何か囁いて――シロさんが困惑したように首を傾げる。


 その直後、マチルダの声が辺りに響いた。

「ある程度、その化け物を浄化で焼いてちょうだい! 弱らせてからじゃないと、魔族だって太刀打ちできないんだから! その後で食べないと、邪神の使徒に躰を乗っ取られるから注意して!」


 そう言えば、穢れを食うんだっけ、魔族って。

 でも目の前にいる肉塊をそのまま食ったら腹を壊しそうだ。


 俺はふと、アイテムボックスを開いて考えこむ。それから、離れた場所にいるマチルダに向かって大きな声を投げた。

「蘇生薬の他に、体力と魔力の回復薬、痺れ薬とか解毒薬もある! 使えそう!? 惚れ薬、自白剤、精力剤もあるけど!」

「精力剤はいらないわねえ」

 マチルダが吹き出しながら大きな声で返してくる。「でも、痺れ薬とか解毒薬は役に立ちそうね。出してもらえる?」

「おっけー!」

 俺はアイテムボックスの中に放り込んだまま眠っていた薬瓶を大量に地面の上に転がしていく。

 うん、こういうの何て言うか知ってる。


「俺のアイテムボックスが火を吹くぜ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る