第103話 制圧しろ
「出せと言われても」
三峯が飄々とした様子で肩を竦めつつ言うと、聖騎士の先頭に立っていた男が床を見下ろして舌打ちする。
「血が落ちている。探せ」
その男が右手を上げて、背後にいた他の聖騎士たちに命令した。すると、後ろにいた男たちが狭い店内だというのに、我先にとばかりに前に出る。
甲冑のがちゃがちゃいう音と、腰に下げられた剣が店内の壁、椅子に次々と当たる。この辺りから、三峯の額に青筋が浮かび上がっているのが見て取れた。
いつの間にか、図体のでかさのわりに気配を殺すのが得意な王宮魔術師のアルセーヌが、彼らの背後に回り込んでいた。
それに、ミカエルとアルトも前に出た。もちろん、ポチは役に立たないので店の奥の壁際で目を細めて闖入者を見守る。
「ミカエル様」
小声で囁くアルト。
そこでミカエルは軽く手を上げて、そんな彼に下がるよう身振りで示す。
まあ、こいつらに家探しされても、追いかけているだろうロクサーヌたちはここにはいない。裏口から逃げていきましたよ、としらばっくれてもいいだろう。
しかし、そう簡単にはいかないわけで。
聖騎士たちがカウンター横にあるレジ――釣銭が置かれている箱やおしゃれな置物が置かれている台の脇をすり抜けようとした。その先には、コーヒー豆が大量に置かれているパントリーや、結構広めの厨房、そして裏庭へと続くドアがある。
そこで、三峯が彼らの前に立ち塞がって笑顔で不満を口にする。
「ちょっと! ここ、俺の店なんですよ。勝手に入らないでもらえます?」
「うるさい」
乱暴な口調で言った聖騎士が三峯の胸を乱暴に押しのける。そのため、三峯は狭いカウンター内にあるカップボードの方へ追いやられる。
「強盗かよ」
三峯がそう呟いた時だった。
聖騎士の一人が狭い通路に苛立ったように、レジ台を拳で殴る。そこに置かれていた花瓶や置物が床に落ちて、騒々しい音を上げ――。
「おい、くそ野郎、何してくれてんだ」
三峯がキレた。
その変化は瞬間湯沸かし器並みである。
喫茶店の穏やかな笑顔の店長が、急にヤバそうな光を放ちながら店の奥に行こうとした聖騎士を蹴り飛ばした。転がる男、当然ながら狭い店内なので棚やら何やらにぶつかって、棚の上からちょっとお高そうなカップだったりコーヒー豆の入ったガラス瓶が落ちる。
しかし、それよりも三峯の意識を埋め尽くしているのは他のことだった。
「てめえ、これを見てみやがれ」
レジ台のところから落ちた額縁を取り上げた三峯は、割れたガラスの中にある聖女様の絵姿を彼らに突きつけた。「なんなん、お前ら? 聖女様の絵を落として、しかもガラスの破片で絵が切れてるんすけど! どうしてくれんの? あんたら直せんの!? っていうか聖女様への冒涜だろうが! あぁん!?」
――どうするよ、これ。
俺が額に手を置いて目を閉じると、死神ジャックさんがくくく、と笑い声を上げた。
「喧嘩なら俺もやるやるー」
やんなよ。
薄目を開けて彼の方へ視線を向けると、死神は背中にあった大きな鎌を手に取っていた。いや、そんなでかい武器を店内でぶん回したら大惨事だと思うんだけど。
「どうしよう、おにいちゃん」
「もうこれ、無理じゃないかにゃ」
サクラとカオルが小声で俺に耳打ちしてくる。
そして、シロさんと凛さんは途方に暮れて無言。そんな二人はさりげなくポチの方へ移動して、こちらの邪魔にならないように大人しくしていることにしたようだった。
「ミカエル様、ご指示を」
喫茶店の入り口のドアを背後に立ったアルセーヌが小さく言うと、やっとそこで聖騎士のリーダーらしき男が緊張した様子で素早く振り向いた。どうやら本気で背後を取られていることに気づいていなかったらしい。聖騎士が剣を抜いてアルセーヌに突きつけようとした瞬間、ミカエルが短く言った。
「制圧しろ」
「御意」
それは、ちょっとした爆発のようだった。
聖騎士の男は魔術か魔道具かを使ったようで、彼の剣から凄まじい光が弾けた。しかし、アルセーヌの方が一瞬早く、魔術を使った。床に広がるように魔術の文字列が浮かんで、それが聖騎士の光を凌駕する。
その間にも三峯とジャックがそれぞれ必殺技を使ったらしく――。
俺たちの出番などなく、呆気なくそれは終わってしまった。
「つまんない」
サクラが低く言う横で、俺とカオルはただため息をこぼすだけだ。
気が付けば床の上に聖騎士たちが転がっていて、その身体には光でできた鎖のようなものが巻き付いている。その拘束の鎖はアルセーヌの魔術らしい。うつ伏せでくぐもったような呻き声を上げている聖騎士たち、四人。
「悔い改めよ、罪人よ」
三峯がすがすがしい笑顔で胸の前で手を組んでいたが、その足で聖騎士の背中を踏みつけているわけだから何も言えない。
店内は当然ながら惨憺たる有様で、割れたカップやグラスを見たカオルは首を傾げながら俺を見上げた。
「念のため聞くけど、アキラの蘇生薬って」
「無機物には効かない」
「だよにゃー」
「で、これ、どうすんの」
死神ジャックが聖騎士たちの傍にしゃがみこんで、顎を撫でながら言う。
「貴様、こんなことをしてタダで済むと思うな」
聖騎士のリーダー氏が必死に頭を上げて言うが、イモムシのように転がっている状態だから全く威厳などない。それでも、ぐるりと辺りを見回して、俺の横にいる猫獣人カオルに目を留めると吐き捨てるように言った。
「獣人などが偉そうに人間の街に来るなど」
サクラが静かに笑う。
「こいつ、潰していい?」
俺が少しだけ戦々恐々としつつ訊く。
「どこを?」
「お前の名は?」
ミカエルがリーダー氏の近くに立って見下ろす。そして、三峯がやっとそこで足を引いた。
「名乗る名も持たぬ程度の男なのか?」
続けて訊くミカエルの言葉に応えないその男。
そこでアルトが身を屈めて甲冑の兜を剥ぎ取った。そうして露になるのは、五十代くらいに見えるいかつい顔の男である。憎々し気にミカエルたちを睨みつけるその顔は、醜悪ですらあった。
「下賤な者たちに名乗る必要はない」
「下賤とは? ……神に仕える者が心が美しいというのは幻想なのだろうな」
ふ、と鼻で嗤うそぶりをするミカエルに、その男はわざとらしい笑い声を上げた。
「崇高な者の心など、お前たちには見抜けぬだろう。愚者というものは、そういう風にできている」
「愚者はお前だよ」
三峯が天使の笑顔を見せる。「お前らが壊したやつ、弁償しろ弁償。ちょっと高級なカップ使ってんだよ、うちは!」
とはいえ、そこには三峯とジャックが壊したものも含まれていそうだが。
「聖騎士団での身分は高そうですね」
アルセーヌが、そのリーダー氏の甲冑を観察して、他の聖騎士と違うところを発見して言う。リーダー氏の甲冑には、何かの紋章みたいなものが刻み込まれていた。
「団長とはいかなくても、部隊をまとめていそうな男です」
「そうだな」
ミカエルはそこで小さく笑った。「甲冑はこちらでもらおう。そうすれば堂々と潜入できる」
「忍び込みますか?」
少しだけ驚いたようにアルセーヌが言って、そっとアルトに視線を投げる。しかし、アルトは諦めたように肩を竦めるだけである。
「おい、お前」
ふと、ミカエルが何かを思い出したように死神ジャックに声をかける。
「何だ粗品」
「私にかけた呪いを解いてもらおうか」
「えー」
そこで無言でミカエルがジャックの仮面を剥ぎ取ろうと手を伸ばし、ジャックが慌てて三峯の背後に逃げた。ミカエルの目が細められ、冷えた光を放った。
「それと、『そしな』とは何だ」
「あー、それはちん」
――説明すんなよ!
「ミカエル様」
面倒だし不毛なので会話を遮る俺。ミカエルの前に素早く移動して彼を見上げて微笑んで見せる。
「とにかく、こいつらを先に何とかしましょう」
俺がそう言いながら聖騎士たちに目を向けると、俺の言葉は何よりもしっかりと聞くミカエルが頷いた。
「では、離宮に監禁する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます