第101話 幕間22 ロクサーヌ
それから数日の間は、平穏な時間が流れた。
神殿に寄るギルドへの依頼が、少しずつ減り始めた頃でもある。わたしとエリゼは地道に素材探しをして、それなりに小金をためた。
そして、定期的に魔道具屋に足を延ばす。
「この魔石、いいんじゃないか」
大通りから外れた小さな店で、エリゼがそうわたしに言った。
その魔道具屋は年配の女性が経営しているようで、狭いカウンターの中に立ちながら他の客らしい男性と話をしているところだった。でも、こちらの小さな話し声も彼女に届いたようで、すぐに明るい声が飛んできた。
「あらお兄さん、運がいいねえ。今日の朝、それは入荷したばかりだよ」
「そうそう」
店番の女性と会話していた男性も、こちらを振り向いて頷く。「それ、俺が使わなかった素材なんだよね。神殿から依頼されてた魔道具とは相性が悪くて」
「え?」
わたしとエリゼが同時に声を上げた。
目の前にいる男性は、二十代半ばくらいだろう。茶色い髪の毛には寝ぐせがついたままで、僅かに顔色は悪い。目の下に隈ができているから、寝不足なんだろうと予想はつく。それでも、丸眼鏡の奥の瞳は落ち着いた光を放っていて、彼の落ち着いた性格を映しているようにも思えた。
「ええと、魔道具技師ってことですか?」
わたしがそう問いかけると、彼はカウンターにもたれかかりながら頷いた。
「そう。やっと暇になったから、いらない素材を売りに来たんだ」
「その代わり、新しいのを売りつけるけどね」
店のおばさんはニヤリと笑いつつ、カウンターテーブルの上にどさりと何かが入っている布袋を置いた。
「どうも。やっと他の魔道具が造れる……」
しみじみと呟いた彼の表情は、いかにも肩の荷が下りたといった様子だ。
なるほど、こういう人たちが神殿の魔道具を造っているのか……と思っていたら、エリゼが少しだけ考えこんだ後に言う。
「すまない、少し訊いていいだろうか」
「ん? 何だ?」
「実は、剣に魔石をつけたいと考えている。女性でも扱いやすくて、攻撃力を上げるような感じの剣に改造して欲しいと依頼したら、いくらくらいかかるだろうか」
「え、ちょっとエリゼ」
わたしは思わず彼の腕を掴んだ。
そんな急に言われても、相手だって困るだろうに――と不安になったけれど、魔道具技師の男性は気にした様子もなく微笑んだ。
「見てみないと何とも言えないな。剣と魔石の相性もあるし、魔石だけでも結構な値段がするものもあるし」
「少しくらい高くてもいい」
「ちょ」
わたしは慌ててエリゼの前に回り込んで、彼らの会話を遮った。わたしを無視して会話を進めようとするエリゼの様子に、厭な予感がしたからだ。絶対、自分でお金を出そうとしている。そう思ったから。
そしてその予想が外れることはなくて。
わたしが必死にとめようとしているのに、いつの間にかエリゼは目の前にいる魔道具技師と話をまとめてしまっていたのだ。
そしてその結果、わたしの背中には『魔剣』と呼んでも間違いではなさそうな、とんでもないものがあるわけで。
セバスチャンという名の魔道具技師は、どうやらこのフォルシウスではそれなりに名前の知られている男性だったらしい。変わった魔道具ばかり造る、という意味で。
しかしその腕は確かなようで、試し切りと称してフォルシウスの外へ出て剣を振ってみたが、地面を抉り取るような凄まじい破壊力を見せつけてくれたのだ。
「……もらいすぎなんだよね」
夕方、空が暗くなりかける時間帯。森からフォルシウスへ戻ってくると、大通りを歩きながらわたしはため息をつく。隣を歩くエリゼは辺りを見回して、「食事はどこにする?」とか言っている。
いや、それもやめて欲しい。
そうやってわたしを食事に誘って、全部奢るじゃないの、あなた。
この魔剣だって、全部あなたが支払ってくれた。
どうやってお返しすればいいのか、わたしには解らない。
何だか、最近のわたしはおかしい。
以前のわたしだったら、男を利用するだけしておいて、逃げるのなんか簡単だった。食事代なんか自分で払うこともほとんどなかったし、それに罪悪感を覚えることだってなかった。
まあ、それは相手が邪な想いを抱きつつわたしに接していたから、というのもある。商売女にするように、隙あらば身体を触ってこようとする男たちばかりだったし、ちょっと肩を寄せ合ったりするだけで鼻の下を伸ばしてくる奴らだったからどうでもよかった。
でも――エリゼは、ね。
「わたしって、エリゼの妹さんと……そんなに似てる?」
わたしはつい、そんなことを訊いてしまう。だんだん辺りが暗くなってきたから、俯いていれば自分の表情はエリゼには見えないだろう。
「ああ……そうだな、シャンタルと似ている。前も言った通り、髪の毛の色以外は」
「そっか」
だからこんなに優しくしてくれるんだ、と思いながら胸がもやもやする。
「早く見つかるといいね。エリゼはずっとフォルシウスにいるつもりだよね? 妹さんが見つかるまで」
「そうだな。手がかりが何もないから……下手に移動はできない」
だよね。
わたしはそっと笑う。
わたしはミカエル様たちと顔を合わせたくないから、ここから逃げ出したいけど。エリゼは他の街に行く理由なんて何もないんだ。
逃げたい。逃げたいけど。
これだけエリゼにお金を使ってもらってしまった後で、はいさようなら、っていうのは厭だ。何とか彼の活動を応援したい。
でも、わたしの存在が邪魔になることだって考えられるわけで――。
そんなことをぐるぐると考えていた時だった。
「珍しく、聖騎士団の連中の姿が多いな」
大通りを我が物顔で進む聖騎士団の男たちを見て、エリゼが鼻を鳴らした。
そう言われてみれば、これから夕飯時ということもあって随分と大通りは人であふれているのに、それを押しのけるようにして馬に乗って歩いている甲冑姿の多さはいつも以上だ。
性格悪そう、というのはわたしのイメージだ。
馬上の男たちは、まるでわたしたち一般人を睥睨するかのように見下ろしているように思えた。運悪く彼らの進行方向を遮ろうとした人たちに向けて舌打ちし、荒々しい声で「どけ!」と声を上げている彼らは、とても神殿に仕える者とは思えない。
他の街にある神殿では、こんな様子は見られなかった。小さな神殿が多かったからというのもあるのかもしれないが、聖騎士たちは身分など気にせず、街の住民にも礼儀正しかったと思う。
「何か、幻滅」
そんなことをぽつりと呟くと、エリゼが小さく苦笑した。
「そういうのは聞かれたらまずい」
「そうよね」
確かに、とわたしが頷くと、エリゼは近くにあった食事処の店先を指さした。
「ここで食べていくか?」
「ううん」
わたしは慌てて首を横に振る。何とか奢らせないようにと考えたわたしは、少し先にある屋台の店を指さした。
「せっかくだから、あそこで買おうよ。ちょっと疲れちゃったし、人がいっぱいいるところは気疲れもするじゃない? だから、もしよかったらどこかで座ってのんびり食べようよ。例えば大広場とか、噴水のある場所。確かあそこってテーブルとかベンチもあるよね」
「……ロクサーヌ」
「うん?」
「いわゆる、恋人同士のデートコースみたいな場所だが、お前はいいのか」
「望むところよ」
わたしが胸を張って言うと、彼はくくく、と笑って頷いた。
そして、屋台の前で彼が財布を出そうとするのを遮って、「今日はわたしが」と必死に支払いを強行する。ローストされた肉を挟んだサンドイッチ、揚げたコロッケにチーズをかけたやつ、フルーツの盛り合わせと飲み物。
それを持って――エリゼが持ってくれた――わたしたちは大広場のある方へと足を向けた。
しかし、そこでも聖騎士たちの姿を見ることになる。ちょうど何か買い出しをした帰りなのだろう、自分たちの後ろに商人のものらしい質素な荷馬車を連れている。馬に乗って神殿に向かう聖騎士たちは、通りを歩く人たちを邪魔そうに睨んでいるように見えた。
やっぱり偉そうな感じ、とわたしが少しだけ眉間に皺を寄せつつそれを見送っていると、その視線を感じたのか先頭を歩く聖騎士の顔がこちらに向けられた。
頭は下げた方がいいのだろうか、とかそんなことを考えていると、何故か急に聖騎士は馬の手綱を引いて足を止める。
「お前、名前は」
聖騎士たちのリーダーというのだろうか、一番偉そうな男がわたしたちの前に立って言った。甲冑の兜の面が下りているせいで、彼の顔がどんなものなのかは見えない。しかし、その目が酷く冷えた光を放っているのだけは解る。
わたしは思わず後ずさり、そっとエリゼを見上げる。
エリゼは安心しろと言いたげにわたしに微笑みかけた後、一歩前に出て軽く頭を下げた。
「エリゼと申します」
「お前ではない。その女だ」
「え……」
わたしが思わず顔を顰めると、馬上の男はさらに言った。
「お前に姉か妹はいるか」
何でそんなことを――とわたしが首を傾げると、わたしの前に立っていたエリゼがぴくりと肩を震わせたのが解った。
それと同時に、わたしも気が付いた。
わたし、エリゼの妹さんに似てるんだ。
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