第98話 ここにもう一本
「話をまとめると、黒い蛇に纏わりつかれた魔物を倒せばいいってことだろうか」
俺と死神が色々言い合っている背後で、一人で大人しくソファに座っていたシロさんがそう確認してくる。
「あ、そう、ですね」
俺は咄嗟にそう応えてから、すぐに首を横に振った。「でも、魔族領だけの問題じゃなくて、神殿をぶっ潰そうぜ、ってことだと思いますけど。むしろ、そっち優先で」
「しかし、獣人が都会に出ても大丈夫だろうか」
そう続けた狼男の瞳は凄く綺麗だが、不安げでもある。
っていうか、都会って。
「死神も都会に出て大丈夫だろうか」
のほほんとした口調の死神アバターが、骸骨の顎を撫でながら口を挟んでくる。いや、お前は前に王都にいたんだろうに。フォルシウスという神殿の街よりも、王都の方がもっと発展してるはず。
いや、それはどうでもよくて。
俺はすぐに死神を睨みつけると、低く続けた。
「ミカエルに呪いをかけたのはお前なんだろうが。呪いを解いてもらうためにも、引きずってでも連れていく」
「えー」
骸骨は不満げに鼻を鳴らしてから、ふと何かに気づいたように俺を見つめ直した。「お前、中身は男?」
「ああ、そう。アキラっていう」
「ちっ」
短い舌打ちの音が聞こえ、骸骨には舌がないのに舌打ちできるのか……というどうでもいい疑問が沸き起こる。
彼は少しだけぶつぶつと何か呟いた後、はっとしたように顔を上げた。
「他にユーザー来てる? その中に美少女もしくは美人いたりする!? 彼氏募集中の女の子が希望なんだが!」
面倒なので彼の頭蓋骨をぺしんと叩いた。中身が詰まっていないので、打楽器みたいな音がした。
ちなみに、死神のユーザーネームはジャックというらしい。
「鎌で切り裂きジャック」
とか馬鹿みたいなことを言うから、もう一度殴っておく。
そして、人間の見た目を偽装できないのかと彼に念のため確認したが、そういう必殺技は持っていないらしい。
「それでよくこっちの世界の女の子を口説こうとしたもんだ。彼女が運よくできても、キスしようとしたら骸骨なのがバレバレだろ」
と俺が呟くと、ジャックは「それでも、異世界に来たらモテモテになれるって信じてたんだ」と虚ろな声で囁いた。
「王都じゃギルドで活動してたんだろ? よくバレなかったな」
「基本的に、中二病みたいな仮面つけてたから。それに、全身甲冑にマントっていう変装もしたし」
「あー……」
なるほど、と俺が頷くと、ジャックはしみじみと何か噛みしめるように言う。
「お前は美少女でいいなあ」
うん、何かごめん。
とにかく、マチルダと廊下かどこかで話をしているだろう凛さんが戻ってきたら一度フォルシウスに向かうか、と俺たちが話をしていると。
「ところで、謝礼はいいのか」
俺より視線の低いところから、魔王様の声が響く。お菓子の欠片を口元に付けた幼女が、俺を見上げている。
俺は思わずその場にしゃがみこんで、幼女と同じ視線の高さにする。
「血……謝礼の支払いって一回きりですよね?」
「もちろんだとも!」
にかり、と笑った魔王様は、胸を張って続けた。「せっかくお主からもらった薬で体調が万全になったし、身体もちょっとだが成長した! だから、たくさん血を抜かれてまた倒れたら洒落にならんのだ。せいぜい一回きりで……」
「ほほう」
俺はアイテムボックスから蘇生薬を一本取り出した。「ここにもう一本ありますが。何なら十本くらいプレゼントします」
「ふお?」
というわけで、蘇生薬をプレゼントする代わりに、献血をお願いした。「血を吸うの!? 何それエロい、見学させろー」と騒ぐ死神ジャックを廊下に追い出して、俺は魔王様の幼い首にキスすることになった。もちろん、シロさんは自発的に外に出ていてくれた。ワニ氏は意地でもその場を離れなかったけれど。
で。
幼女がちょっと――エロい声を上げて、犯罪者になった気分も味わった。
で、帰路につく。
もちろん、死神も連れての移動だ。残念ながら、死神ジャックはフォルシウスに行ったことがないらしく、彼のマップには表示されていない。ということは、マップをタップして一気に移動するということができないということで。
仕方ないので、走って帰ることになった。
まあ、ドラゴンタクシーも「乗せていってやろうか」と声をかけてくれたけれど、それは断った。
まだ日は高く、空は青い。慌てて帰らなくても、陽が落ちる前にはフォルシウスに戻れるだろう。だから、魔族領の森の中を散策する時間もあるだろうと思ったし。さらに、ドラゴンの提案を聞いて凛さんが死にそうな顔をしていたし。
「マジヤバい、今なら何でもできる」
魔王城を出てすぐに足を止め、俺は空を見上げて右手を高く上げる。テンションが高くなっているようで、今なら本当に何でもできるだろうと感じた。
ミカエルの血だって俺に凄い力を与えてくれた。でも、魔王様の血とやらはそれよりずっと凄い魔力を秘めていた。何だか、全身から電気が火花となって散ってるんじゃないかって思えるくらい、皮膚の下の血管がびりびり震えていると思うのだ。
試しにジャンプすれば、高い木の上を遥かに超えて空の上でくるりと回転できる。
攻撃用の必殺技を出せば、きっと威力も上がっているだろう。
やべえ、試してみたい。
それに、魔王様の血の効果がどのくらい続くのかも確認しなくては。
効果が切れたらまた献血をお願いするというのもお許しが出たし、これって結構、戦うには有利な状況では?
「……何があったの?」
凛さんが困惑したように浮かれている俺を見つめているので、簡単に説明しておく。魔王様の血を飲んだ辺りの流れまで。
話を聞いた凛さんは呆れたように笑ったが、それより俺は気になることがあった。
「マチルダと何を話したんですか?」
「んー」
「あ、無理ならいいですけど」
少しだけ曖昧に笑った彼に、俺は軽く手を振って続けた。
凛さんはそこで俺とシロさんの顔を交互に見つめた後、眉間に皺を寄せた。
「ごめんね。身勝手なお願いをしてきたから……」
その声に潜んだ申し訳なさが聞き取れる。
そして彼は急に何かを思い出したようで手を叩いた。
「ああ、言い忘れてた。神殿と戦う時、マチルダさんも手伝ってくれるって。いざとなったら魔族領まで呼びに来て欲しいって言ってたよ」
「一緒に来ればよかったのに」
そう言ったのはシロさんだ。確かにそうだ。
マチルダは死神とか狼男とかと違って、見た目は完全に人間そのものだ。だから、バレないと思うんだが。
そんな俺の疑問に答えるように、凛さんが笑って続けた。
「元・魔王だから、人間領とは相性が悪いんだって言ってたよ。何もしていなくても、魔力の消費が激しいんだとか」
「なるほど……」
そんな会話をしつつ、たまに珍しい葉っぱや木の実を見つけたらそれを採取して、俺たちはのんびりと魔族領を出る。
ちなみに、死神ジャックは途中で枯れ木を採取していた。
何をするのかと思えば、器用に大きな鎌を操り、怪しげな木の仮面を彫っていた。目と口がぽかりと空いたそれは、どこからどう見ても呪いでもかかっていそうな仮面である。
「似合う?」
うん、B級ホラー映画に出てくる殺人鬼みたいで、格好いいと思うよ。
そんな死神を適当にあしらいつつ、フォルシウスに向かって走り出した。何だかジャックも、どこか三峯に通じるお気楽さを感じる。
マチルダは確かに、人を見る目はないのかもしれない。こちらの世界に連れ込んだユーザーが軒並みこれなら、邪神復活阻止も大変である。
そして。
「よう粗品!」
木の仮面をつけた黒フードは、三峯の喫茶店に入ってミカエルを見るなり、そう手を上げたのだった。
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