第75話 幕間15 三峯健吾

「ごちそうさまでした」

 ロクサーヌは女の子としては随分と急いでパンケーキを食べたと思う。甘くしたコーヒーを飲み終わると、すぐに椅子から立って銅貨を数枚、テーブルの上に置いた。

「あれ、もう帰るの?」

「いえ、これからギルドの依頼を受けに行ってくるんです。街の外に出て行動になるはずですし、その前にちょっとお腹に入れておきたかったんで」

「まさか、これがお昼ご飯じゃないよね? お菓子類は女の子にとっては別腹でしょ? お腹が空いちゃうんじゃないかな」

「別腹……」

 俺が首を傾げているのを、ロクサーヌは苦笑しながら見つめ、困ったように続けた。「お腹いっぱいだと動きづらいと思うので」

「ああ、なるほど」

 そういう意味で、わざと小食にしているのかと思う。

 しかし……。

「何だか、ギルドの依頼もたくさんあるらしいね? 知り合いの魔道具技師が言ってたけど、素材が不足になるくらいだって」

「ええ、そうですね」

 彼女がこれから仕事だというのに、つい気になって訊いてしまう。少しだけ申し訳ないと感じつつも、気になるものは気になるのだ。

「俺はこの街に長く住んでるわけじゃないから解らないんだけど、神殿の浄化の旅とやらには魔道具がそんなに必要になるのかなって気になってて」

「んー」

 ロクサーヌは困ったように笑い、そっと首を横に振った。「わたしもここにはつい最近来たばかりなので解らないんですけど、でも」

「でも?」

「魔族領と戦うから魔道具がたくさん必要だというのは、随分と前から言われていたみたいですよ」

「え、でも戦わないんじゃ……」

 あの魔王が相手なら――いや、それともあの幼女っぷりは演技だろうか。あんな馬鹿っぽい魔王のふりをしているだけで、実は極悪?

 まあ、あり得る話ではある。

 そうじゃないとしても、よくある話じゃないか。

 神殿とかのお偉いさんが、すげえ好戦的なのかもしれない。人間の敵となる魔王を『無害』であっても倒すべき! とか考えていたりして。


 実際、どうだろう。

 この世界から魔物やらが消えたら、人間にとっては安全で幸せな未来が約束される。だったら、多少のリスクがあったとしても魔族領を滅ぼしてしまえ、と考えてもおかしくはない。


「わたしはあまり政治には興味がないから解らないですけど、神殿長様は国王陛下と同じような権力を持っているんですって。政治にも口を出すことが許されている存在なんだって聞きます。さらにここで、神殿側の神官様、もしくは聖女様が魔族領を滅ぼしたら、きっと……王族より力があることを示すことができますよね」

「なるほどなー」

 俺は腕組みをして考える。

 権力が好きなら、そういうこともあり得る。


 しかし、だ。

 万が一そうだとしたら、そんな争いごとに聖女様が利用されるというのはどうなんだろうか。ジョゼット様に危険が及ぶようであれば、絶対に阻止したいところだ。

 だって、ジョゼット様は人間だ。

 もしも魔王との戦争が始まったら、聖女様であるジョゼット様は逃げられないどころか先頭に立って戦うしかない。

 でも、俺と違ってジョゼット様は死に戻りができない。

 さらに言うなら、他の人間だって死ぬ。ここがゲームの世界で、俺たち以外がNPCなら別に気にしないだろうけど、そうじゃないわけで。

 しかし。

 でもここで重要なのは、本当に戦争が始まるのか、だ。

 別の理由で魔道具が必要になっている可能性はないか?


 いっそのこと、神殿に忍び込んでみようか。

 俺のアバターなら気配どころか姿を完全に消して動き回る必殺技も――短時間限定だがある。俺、暗殺者とかにもなれそうなくらいの技術はある。やらんけど。

 でも忍び込んだはいいものの、万が一見つかってしまったら厄介なことになるのは間違いない。せっかく開いた喫茶店も閉店セールを行うこともできず、夜逃げ……なんてのはごめんこうむりたい。


「……何か考えてます?」

 ロクサーヌが俺の表情を見て何か不安を覚えたようで、眉間に皺を寄せていた。俺は慌てて手を振って、「いやいや」と否定しておく。

「聖女様を安全なところから見ていられる今の生活を手放したくないしね! 何も悪いことは考えてないよ?」

「そう言っている時点で悪いことを考えていると自白しているようなものですけど」

「えー。遺憾の意を示します!」

「……でも、そんなに聖女様のことがお好きなんですか?」

「もっちろん! 君も解るよ、推しは尊いんだ! 見ているだけで幸せだけど、お金をつぎ込めばもっと充足感が得られる!」

「お金……は理解できそうにないです」

 彼女はそこで苦笑して、視線を俺からそらした。そして、俺のアバターでもかろうじて聞こえる程度の声で彼女は口の中で囁く。

 ――他人にお金を使うなんて、わたしには無理。

 うん、まあ、理解はできる。

 この世界の人間は、貧富の差が激しい。ギルドで働く人間は、自分の安全よりもお金を選ぶような奴らが多いのも確かだ。手っ取り早く大金を稼げるから。

 ロクサーヌもそうなんだろうか。


「素材探し、大変だろうけど頑張って」

 つい、俺はそう彼女に微笑みかけた。運よく高く売り払うことができるような素材が手に入れば、しばらく遊んで暮らせるだろうし。

「……頑張ります」

 どことなく冴えない表情で頷いた彼女に、俺はニヤリと笑って続けた。

「応援の気持ちを伝えるために、コールしようか?」

「こーる?」

 きょとんとこちらを見た彼女は、そっと首を傾げる。うん、可愛い子はそういう仕草がよく似合う。

「そう。俺、知り合いの魔道具技師にコールやったら家から追い出されたことあるけど」

「こーるって何ですか」

 本当はサイリウムも振りたい。

 俺だけでやるのは寂しいから、仲間も欲しい。そうすれば恥も何もかも投げ捨てて、ウォウウォウ言っちゃうんだが。

 でもまあ――と、俺は多分馬鹿っぽく見えるであろう腕だけの振り付けもしながら「ゴーゴーレッツゴー、頑張れ頑張れロクちゃん! ……みたいな?」とやって見せると、案の定ロクサーヌがぽかんと口を開けたまま固まった。


 ロクちゃんは駄目だったろうか。

 しかし、他に何と呼べば。


「……変な人」

 そこで、ロクサーヌが一時停止がとけたみたいに笑い始めた。「あの、黙っていれば格好いいのに、なんて言われませんか?」

「超言われるー」

「ですよね」

 ひとしきり笑った後で、ロクサーヌはにこにこと笑ったまま店を出て行った。また近いうちに店に来る、と言い残して。

 コール一つで常連さんゲットである。俺、結構凄いと思うんだけど、どうよ?


 そうしているうちに、新しいお客さんもやってきた。お昼時だから、ランチメニューを選んでくれる人が多い。

 こちらの世界にはない珍しい料理が多いから、最初は皆、恐る恐るといった様子だったけれど、最近は口コミから来てくれるお客さんも増えた。やっぱり、お客さんは女性が多いけど。俺のアバター様様である。

 まだ大繁盛までは程遠いが、逆に今くらい暇であれば、自由に動きやすいとも言えた。


 そういや、アキラが一緒に行動しているのは王子様だったか。

 そんなことを考える。


 どうせ神殿に忍び込むとかするなら、こちら側のバックに王族がいるってなれば心強い。俺一人で動くのもなんだから、アキラに相談してみようか。吸血鬼アバターのアキラは、俺より忍び込むのが上手そうだし。

 ついでに、王子様に俺たちの安全を確保してもらう。

 その上で、もしもジョゼット様にお近づきになれるようであればラッキーである。

 王家ご用達の喫茶店を経営しているイケメン店主、俺!

 そんな立場が確立されれば、ジョゼット様の覚えもよく、もしかしたら握手にサインにグッズ販売の道が開ける。

 テンション上がってきたー!!

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