第76話 使いっぱ潜入

「神殿に忍び込む……?」

 俺は思わず、凄い顔をして目の前の三峯を見つめただろう。日が暮れかけた夕方、久しぶりにこいつの喫茶店に寄った。俺たち――リュカも含んだ全員でだから、かなりの大人数。

 そこで、いきなり店の奥のテーブルに引っ張っていかれて、ソファに座った途端に色々言われたわけだが。


 聖女様の安全確認のために、神殿を探りたい。

 そのためには一緒に神殿に忍び込もう?


 聖女様とやらの素晴らしさも合間に挟みながら、長々と語られたものをまとめてみると、そんな感じである。

 しかし、無邪気な笑顔で言われて俺困惑。

 不法侵入は犯罪です。


「あらあら」

 セシリアが俺たちの周りに何だか知らないが精霊魔法を繰り広げながら笑う。彼女が使った魔法は、俺たちの声が他の客に聞こえなくするようなものらしい。気の抜けたような表情を作っていたセシリアだが、三峯の話を聞いていたら少しだけその目が鋭くなったから、神殿云々とかいうのはかなりヤバい話なんだろう。

 三峯の喫茶店の中は、混雑はしていないもののそれなりにお客さんが入っている。ほとんどが女性の客で、たまに三峯をこっそり見つめている人もいる。

 コーヒーや食事が目的じゃなく、三峯に会うためにここに来ているんだろうか。こいつのいいところ、多分イケメンアバター顔くらいしかないのに。


「神殿の中は治外法権。聖なる人たちを守るために、聖騎士は侵入者を王家に引き渡さずにその場で殺しても許されるって知ってた?」

 セシリアが笑顔でそう言うと、さすがに三峯も驚いたように目を見開き、外国人的な動きで肩を竦めて見せた。ちょっとうざい。

「しかしそれ以前に、ストーカーじゃないのか」

 俺がコーヒーを催促しながら言うと、三峯は不満げに鼻を鳴らして見せる。

「ファン心理と言って欲しい。それに、俺は聖女様に迷惑をかけるつもりはないからな。その辺の礼儀は心得てる!」

 そう言い置いて、彼はそれからカウンターの中に入った。アイテムボックスからコーヒーを出すなんて手抜きはせず、ちゃんとハンドドリップで用意してくれる。

 そして、カップをトレイに乗せてテーブルとカウンターを往復。

 俺たちのテーブルには香ばしい香りを放つカップが並べられ、次は手抜きをしたのか、アイテムボックスからサンドイッチやらクッキーなどが出された。

「でも、アキラたちも気になるんじゃね? 神殿の中で何が起きているのか、とか」

 三峯はどうやら、俺たちのテーブルに居座ることにしたらしい。彼もコーヒーを飲みながら、探るような視線を俺たちの顔一人一人に走らせる。とはいえ、主にミカエルを観察しているようだ。

「こっちに王子様がついているなら、ちょっとくらいバレても大丈夫……とかないかなー? とか思ってるんすけど」

「いや、無理ですね」

 ミカエルが申し訳なさそうに、それでいて断固として言う。「神殿と王室はお互い関わり合いにならないという暗黙の了解があるんですよ」

 セシリアもミカエルの言葉に頷いた。

「そうそう。ちょっとねえ、神殿とはいい関係を築いているわけではないから、下手にわたしたちが関わったら危険なのよねー。わたし、正妃じゃないから立場弱いし」

 そう笑った彼女は、頭上に乗せていた丸い生き物――聖獣を両手で掴んで膝の上に乗せ、にこりと微笑みかけた。ぴぎゅ、と厭そうに鳴いた聖獣は、尻尾をだらりと下げて落ち込んだような、諦めきったような背中を見せる。

「でも、この子だったら忍び込んでも大丈夫よねえ。主が誰かなんて神殿の連中にも解らないし、きっと気づかれずに見て回ってこられるわ」

 小さな獣は、もふもふの前足をたしたし、と叩く。セシリアの膝の上で、僅かな抵抗。

 しかし、「ほーら、いっておいでー」とセシリアが聖獣を床の上に下ろすと、結局は彼女の言葉に従ってその場から消えた。

 ああ、こういうの何て言うか知ってる。

 使いっぱ、である。かわいそうに。


「俺、昔から不思議だったんだけど」

 そこに、素材集め帰りでぐったりしているリュカがのろのろと口を開いた。「何で神殿ってあんなに力を持ってるんだ? 王家より権力があるんじゃないかって思ってた」

 リュカはコーヒーを飲んで苦さに顔を顰めた後、慌てて砂糖を入れる。それに続けて、遠慮なくクッキーを貪り食う。王家の一員としての優雅さなんて欠片もない。

「わたしが精霊魔法を使えるのと同じよ。彼らも他の人間よりも強い魔法が使える。浄化魔法、それはまるで神様の力、ね? だから彼らは『特別』なのよ」

 セシリアが言ったが、リュカは納得できないようだった。

「特別……とはいえ、いい気になりすぎじゃないのか。前、神官長とかいうのが父上に強気な発言して他の見たことがある。何だか王家を馬鹿にしているような、挑発しているような口調だった。まあ、父上は笑顔で流していたけど」

「ああ、陛下は争いごとが嫌いだからね。表向きは、だけど」

「表向き?」

「ああ見えて、敵には容赦しない人よ? 本格的に対立したら、息の根を止めるまで徹底的にやる。でも、あの見た目だから舐められてるわよねー。神殿長とやらもその辺、解ってないわ」

「選民意識なんだろうな」

 ミカエルがコーヒーを飲み、一息つきながら口を挟む。「長いこと、神殿の連中は人の上に立つことに慣れすぎた。自分たちが神の言葉を伝えることで、唯一無二の存在であると考えているんだと思う。だから、神職以外の人間は……それ以下、なんだ。王族もきっと例外ではないし、魔族なんてものはもっての他だ」

「だから魔物を倒すことにも熱心なのか。魔物は邪悪だから殺せ、みたいな雰囲気があるよな」

 と、俺は呟いた後、ふとミカエルの視線を感じて「雰囲気があるんですね」と言い換えた。しかし、すぐに彼が満面の笑みで俺の手を取る。

「口調が砕けてくれるのっていいですね。親しくなった証拠というか」

「却下ー! 砕けない! ミカエル様も言葉は砕けていないのですから、お互い適度な距離を持って」

「私はいいんですよ。女神に対して乱暴な口調なんて……いえ、もっと親しくなれば口調も砕けると思いますが、それはやっぱり結婚してから」

「しないから!」


 俺とミカエルのこの攻防は、他の連中には見慣れたものになりつつあるらしい。サクラは膝の上に乗せたカオルに餌付け――クッキーやらサンドイッチやら食べさせてご満悦状態で、俺たちのことは完全無視だし。カオルは俺の助けを求めるような視線に気づきつつも、口をもぐもぐさせて幸せそうだし、アルトは相変わらず空気になろうとしているし。


「浄化の旅の準備は順調みたいね」

 やがて、セシリアがどこか遠くを見ているような目つきでそう呟いた。

 おそらく、使いっぱ聖獣の様子をここに座ったまま見られるのだろう。僅かに不自然に動くその瞳に、何かの光が灯ったようだった。

「聖女様を乗せる馬車、聖騎士団の馬、積み込む食糧……特に変なところはなさそうだけど」

 そう言った後で、彼女の目が僅かに細められた。「あの魔道具の山、何? 魔力封じ、かしら」

「魔力封じ?」

 俺たちの視線が彼女に集まる。

 セシリアはぼんやりとしたその表情のまま、そっと頷いた。

「浄化の旅に必要なのは、聖女様の魔法を増幅させるための装置、魔力を回復させるための装置、聖騎士団のための攻撃用の魔道具、色々あるんだと思うけど……他にも色々、見慣れないものがある。どちらかと言えば、攻撃用のものが多そうね」

「……どこに行くつもりだ」

 ミカエルが困惑したように首を傾げた。「こちら側に魔物が減っていると思われる今、そこまで必要になるのは」

「魔族領か」

 と、リュカがため息をつく。ミカエルは苦々し気に頷き、それでも予想はついていたと言わんばかりに苦笑する。

「一度戦争を始めれば、そう簡単には終わらない。神殿の連中が魔族領に行かないように、邪魔をすべきだろう」


 そんな会話の横で、セシリアはただじっと身動きせずに遠くの光景を見たままだった。

 そして、微かに首を傾げた。

「……凄い聖女様がいるのかしら?」

「え?」

「神殿の中に凄い魔力……聖力を感じるの。こんなに強いのは初めてっていうくらいの」

 すると、三峯が凄く真剣な顔で呟いた。

「やっぱり俺も潜入しようかな」

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