第69話 美しきカナリア

「美味しいにゃ!」

 村長の家の朝食の場で、一番テンションが高いのはカオルだった。新鮮な卵を使ったオムレツや、野菜たっぷりのスープ、分厚いベーコン、焼き立てのパン、果物色々。

 何か、雰囲気って重要だよな、と思う。

 年季の入った食器とか、いかにも手作り感があふれた温かみのある料理とか。

 これが家庭の味! とか言いながらもぐもぐと口を動かすカオルを抱きかかえて、サクラがすげえ優しく頭を撫でている。いや、気持ちは解るけど自重しろよ。カオルの育ってきた環境を考えると、甘やかしたくなるのも納得なのだけれど。しかし、それでも幼女に手を出す変態の図にしか見えない。


 久しぶりに会った村長さんも上機嫌で、ここ最近の村の様子を教えてくれる。

 シロさんと凛さんが頑張りすぎている。明らかに日本で生きてきた時の知識を使ったチート無双を行おうとしている。まあ、幸せならいいか。


 朝食が終われば、凛さんたちはすぐに村の整備のために外に出る。今、凛さんたちが考えているのは水道の整備らしい。

 村の外にある水場からこの村の畑まで用水路を作るそうなのだが、獣人の腕力は凄いということを見せてもらった。シロさんが土煙を上げつつ砂利の混じる地面を掘っていくと、カオルまでそれを手伝ってお昼までにはちょっとした形になった。

 そこから、どうやってか知らないが凛さんが四角く切り出した石を用水路に敷き詰めていくという作業。


 何だか、その作業を手伝っているうちにゲーム感覚になってきた。

 こういう地味な作業、結構好きなのだ。

 しかも、やっている間は村の人たちも手伝いにきてくれて、差し入れの飲み物とか食べ物までもらう。お昼ご飯は太陽の下で、村の人たちも交えてちょっとしたピクニックみたいになっている。

 もうすっかりこの村の人たちは獣人に対する偏見とかなくなっていて、ここでスローライフを送ろうとしている凛さんたちの気持ちが解った気がした。


 夕方になって、ちょっとだけこの村に泊まっていきたい気分になりつつも、離宮に帰らなかったら大天使たちが心配するだろうなとも思うので引き上げることにした。

 帰り際、凛さんたちに「魔物討伐で困ったことがあったら助けてもらっていいですか?」と訊いたら二つ返事で了承をもらう。

 そして凛さんは少しだけ何か考え込んだ後、そっと俺の耳元に口を寄せて囁いた。

「もし、アバターの性別を変える方法が見つかったら教えてくれる?」

「え?」

 俺が驚いてそう声を上げると、彼は気まずそうに視線を彷徨わせながら、さらに小さく続けた。

「私も、美少女エルフになれたら……っていう興味、かな」


 俺と凛さんは他の皆から少し離れた場所に立っていたから、誰もこんな会話をしているとは思うまい。でも少しだけ、シロさんが遠くから怪訝そうにこちらを見ているのが解って、何だか気づいてはいけないことに気づきそう、というか。

 仲いいとは思うけど――いや、まさか、な。

 と、シロさんの方を見る。


「解ったら教えますけど、何だかどんなに調べても無理のような気もする……」

 そう肩を落としながら言うと、凛さんに無言のまま肩を叩かれた。いつになく、その手を重く感じたのだった。


「我が女神!」

 レジーナの離宮の大きな玄関ホールに入るとすぐ、二階へと続く階段から下りてくる大天使が満面の笑みで出迎えた。「一日会えなかっただけだというのに、もう何か月も」

「あー、はい、はい」

 俺は軽く手を上げて遮っておく。面倒だし。

 そこでショックを受けたような顔をされると困るんだが、とりあえず無視しておこう。

 そろそろ晩ご飯の時間か、と思いつつミカエルの横をすり抜けようとした時、階段の上からセシリアが姿を見せた。その隣に、見覚えのない――はずなのに、既視感のある顔立ちのイケメンを従えている。

 綺麗に後ろに撫でつけられた短い金髪に青い瞳、よく鍛えられているのが解る体つき、高い身長。ミカエルよりも遥かに強そうな雰囲気を纏わりつかせている。

 優雅な物腰でセシリアの手を取り、階段を下りてくる男性。セシリアより年上だと思われる彼は――。


「ああ、初めまして。そちらにいる黒髪の少女が息子の愛しの君だろうか」

 にこりと微笑んだ彼は、ミカエルとよく似た顔立ちで。

 もう、訊かなくても解るんだけど。


「確かに妻の言う通り、美しい少女だね。ミカエルにとっての唯一の乙女、美しきカナリア」


 あああああ、血のつながりをめっちゃ感じる。

 つまり、『コレ』が。


「私はラザール・アディーエルソン、ミカエルの父親であり、最愛の妻であるセシリアの魂の従僕」


 暑苦しいところもミカエルに凄く似ている。っていうか、あのキラキラオーラが二人いるとこの場の空気が凄く薄くなった気がする。

 俺は思わず後ずさりながら、引きつった笑顔を浮かべ、そっと横にいるサクラとカオルにだけ聞こえるように囁いた。

「カナリアってアレだろ? ガス探知機というか、鳥かごに入れて炭鉱だか何だかに入るヤツ。つまり俺、そろそろ虫の息になりそうっていうフラグ」

「そういう意味で言ってるわけじゃないと思うけど」

 サクラが苦笑交じりに囁き返してきた。


「城に帰る前に、夕食を共にできたらと考えていたんだ。よかったよ、一緒にどうだろうか」

 そう微笑む――この国の王。もちろん、それを断ることなどできるはずもなく、俺たちは促されるままに食事をすることになった。

 国王陛下が来ているということもあって、離宮の様子はもの凄く張り詰めている感じがする。召使の人たちもピシッと背を伸ばし、失態など犯さぬようにと必死のようだ。アルトも久しぶりに陛下に会ったようで、緊張した面持ちで挨拶を済ませると自室へと戻ったようだった。


 っていうか、何がどうなってこうなった。

 何でここに国王陛下とやらがいるんだろうか、あのポチはどうなった、と考えながら、一階にある大きめの部屋に入る。いつでも食事がスタートできるよう、準備してくれていたのだろう。真っ白なテーブルクロスの敷かれた大きなテーブル、雰囲気のある燭台、並んだ皿とナイフとフォーク。

 どこのお高いレストランだろうか、と思えるような空気。


 そして、そのテーブルの脇には顔に痣を作って立ち尽くしているポチ――リュカがいた。明らかに誰かに殴られたのであろう口元は、すっかり青く変色している。

 彼は緊張した面持ちで国王陛下に頭を下げた。無表情を装っているが、不安の混じる瞳があるのが解る。

 殴ったのは陛下か、と眉を顰めていると、セシリアが俺たちの方を見てそっと笑った。

「第二王子殿下には責任を取ってもらわないといけないからね。とりあえず、まずはラザールが一発殴っといたわ」

 ――そうですか。

 国王陛下も俺たちに椅子に座るように促しながら言った。

「使い込んだ分の金額は、働いて返してもらうつもりなのでね。この子はしばらく、こちらの離宮にお世話になるよ。もし、何か悪さをしたら私の代わりに殴っておいてくれ」

 俺たちはそれぞれ椅子に座り、最後にリュカが一番端の椅子に腰を下ろす。無言で俯くリュカを見ながら、俺たちが本気で殴ったらリュカは死んじゃうから無理だろ、と心の中で呟いておく。


 その後、何があったのか説明してもらった。


 セシリアが朝一番で王都へ移動して、陛下にリュカがしでかしたことを報告したんだと言う。久しぶりにセシリアに会った陛下は、その再会を喜ぶ暇もなくレジーナにやってきて、リュカに話を聞いた。


 で、身体が吹っ飛ばされるほど殴られて涙目になったリュカが陛下に謝罪をした、ということらしい。もちろん、単なる謝罪の言葉で許されるはずもなく。

 使ってしまった魔道具の金額分、レジーナのギルドで依頼を受けて働け、ということになったんだとか。


 ただ、リュカは王都で甘やかされて育った王子である。剣の腕はそこそこ、魔術もそれなり、実力がない分、側近の力で何とかしてきた男なのだという。だから、今回の罰は『自分の力で金を稼げ』という内容だから、かなりつらくなるだろうとのこと。

 王都に帰れば、きっと王妃がリュカを守るために動く。リュカの代わりに側近が解決するべく行動するだろう。それをさせないための離宮隔離と、反省を促すための今回の件。

「ギルドの依頼は手を抜けば死ぬこともある。それは心得なさい」

 陛下が静かにそう言うと、リュカは唇を噛んだ後、「はい」と答えた。

 何とも重苦しい夕食の場である。

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