第68話 時間つぶしはアルミラで
実家(マチルダ・シティ)に帰らせていただきます。
とは言わなかったが、結局俺たちは大天使ご一行様、ポチ付きを放置することにした。話が長くなりそうだったし、俺たちは部外者だし。
大天使は俺たち三人が離宮に入らずにその場を離れようとした瞬間、凄く悔しそうな顔をした。背後から「やっと手をつないだのに」とか聞こえたような気がしたが知らん。ポチも「女といちゃつきやがって」みたいなことを呟いたようだったが、その直後に「いて」と言っていたので殴られたか蹴られたかしたのだろう。やったのがミカエルかセシリアかは知らないが、とりあえず厄介ごとは一族で何とかしてもらいたい。
「リセット完了!」
マチルダ・シティに戻ると軽くなる俺の身体である。
血を飲まずに済むって素晴らしい。飲めば身体が軽くなるのも事実だが、
何だか唐突にヒキニートになりたい気分になったが、まあ、それはどうでもいい。俺たち三人、それぞれホームに戻って畑の管理をしたりレストランや薬屋でアイテム作ったり闘技場で報酬もらったりして、何故か気が付くと三人そろって俺のホームで就寝準備である。
「なあ、明日はちょっと朝一番でアルミラに行ってみないか?」
マチルダ・シティを出たらすぐにある初めの村。塀ができてるのが気になっていたこともあるし。
俺がベッドに寝転がりながら言うと、サクラが怪訝そうな顔をしながらカオルを抱え、ベッドの上に上がり込んできた。
「いいけど、何で? 魔物が出てないか見に行くってこと?」
「んー、まあ、そうかな」
俺がサクラに抱き込まれているカオルに同情しつつ頷くと、俺と同じような表情をしている猫獣人が目を細めた。
「気まずいから帰りたくないと見たにゃ!」
「あー、手ぇ繋いでたもんね」
「うるさい、思い出させるな!」
俺はベッドの上で自己嫌悪に陥り、のたうち回る。確かに、時間稼ぎのような気もする。今はミカエルの顔を見たくない。だから寄り道していくのだ。
――無理……とは、ご褒美は却下ということですか。
そう、ミカエルが眉尻を下げて言うのを見て、良心が痛まなかったかと言えば……痛まない! 痛まないはずだ!
胸が痛んでいるのはミカエルの方だろう。俺、結構冷たく拒否したと思うし。
それなのに、ミカエルは穏やかに微笑みつつ続けたのだ。
「では、もっと努力します。いつか、我が女神に受け入れてもらえるように」
「いや、それは」
「こういう気持ちになったのは初めてなんですよ」
「は?」
「初恋、ですかね?」
「はああ!?」
ヤバいと思って後ずされば、近くを通りすがった酔っ払いにぶつかりそうになって、ミカエルがそれを防ごうと手を伸ばしてきた。
そして気が付いたら、ミカエルが俺を守るように立ちながら、王子様スマイルを飛ばして言うわけだ。
「危ないから、やっぱり手をつなぎましょう」
「ううううう」
俺が唸りながらもミカエルに手を引かれて歩きだしたのは、こういう流れがあったわけだが。
確かに断ったのに、どうしてこうなった!
しかし、俺の手を引きながら隣を歩く大天使がめちゃくちゃ嬉しそうだし。
それに。
手を握られた時、自分の手がミカエルと比べて小さいことに気づいて、何だか妙に今の自分が『女』であると思ってしまって困惑に負けたわけで。
……って!
いやいやいや、違うだろ!
心と身体だったら、心を優先すべきだろ!
心が男なら、俺は男なんだ。だから間違ってはいけない。俺は男だから、恋愛対象は女! そう言い聞かせておかねば駄目だ!
やっぱりアレだ。とっとと黒フードを見つけて呪いを解いて、大天使ご一行様と別れる! これしか方法はない!
大丈夫、俺は運がいい。この世界だって狭いわけじゃないのに、偶然三峯を見つけてしまう程度には運がいい。だからきっと黒フードも見つけてみせる。見つからなかったら泣く!
そんな風に考えながら目を閉じたせいか、厭な夢を見た。俺の母親の夢。俺に固執するあの女が、どこまでも俺を追いかけてくるという悪夢。逃げても逃げてもあの女は俺を見つけ出す。
さらに。
見たことのない黒フードの姿もいつの間にか目の前にあって、そいつを追いかけても逃げられて。
だからだろうか、目覚めは最悪で……そしてやっぱり、元の世界には戻りたくないと思うのだった。あの女がいるだけで、元の世界は俺にとっては苦痛そのもの。
「凛さん、シロさん!」
夜が明けたら早々に俺たちはアルミラに行く。そこで、見慣れた二人の姿を見かけて声をかける。
村を守る入口の扉は、朝早くに開け放たれるようだ。朝の冷えた空気の中、塀の近くで何やらやっているイケメンエルフと狼男を見て駆け寄ると、二人は驚いたように目を見開きながらこちらに手を振ってきた。
「あれ、どうしたの?」
凛さんは秀麗な笑顔を見せ、俺を見下ろした。
「マチルダ・シティに寄ってきたのか」
シロさんは俺たち全員の顔を見回してから、ふとその理知的な双眸に自慢げな輝きを灯らせた。「それより、見てくれ。アルミラを守るために村を取り囲む塀を作ったんだ。まだ強度が足りないと思うから、もっと分厚く、高くする予定だが」
「DIYってやつだよね」
凛さんも浮かれた様子でシロさんの肩を叩く。三峯もそうだったが、この二人も楽しそうで何よりだ。
「そう言えば、三人で行動してるの?」
ふと、凛さんが笑みを消して心配そうに俺に目を向けた。サクラとカオルは、シロさんと一緒に塀を見たり登ったりしている。
猫獣人が塀の上を歩きながら、「ここ、歩けるのは駄目だと思うし、侵入者を防ぐための返しを作ろうにゃ」とか言っているのも聞こえた。忍び返しってやつだろうか。塀の上に置く、トゲトゲみたいなの。
「あ、はい。一応、三人です」
と、微妙に歯切れ悪く返すと、凛さんは何故か納得したように頷いた。その後で、彼は軽く手を叩いて続けた。
「そう言えば、あの魔王を助けたのって女の子だって言うけど……もしかしてアキラ君だった?」
なるほど、あの巨大なテレビはここでも見えたのか、と思いながら「はい」と応えると、やっぱりと呟かれた。
「あの後、魔物が出る頻度が一気に減ったね。魔王様とやらが頑張ってくれてるのかもしれないけどさ、それ以上にアキラ君たちって順調にイベント進めてる感じがするね。凄いよ」
「俺、運だけは強いですから」
つい、俺はそう言って苦笑する。「そういう凛さんたちはずっとアルミラにいるつもりですか? 凄くないですか、この塀」
「んー、私よりシロが頑張ってる感じかな。何だか最近は、クエストとかどうでもいいかなって感じになってきててさ。アキラ君たちが頑張ってくれているなら、補佐に回ろうって思うようになったよ。危険な魔物だけ倒して、後は様子見、みたいな」
「え、それでいいんですか?」
俺が首を傾げると、凛さんは微妙に困ったような顔をした。
「どうなんだろうね? でもほら、この村にいるのはいい人たちばかりだからさ。塀を作ったり下水道を整備したり、私たちも色々やってるっていうのもあって、獣人にも優しくしてくれる人がどんどん増えたんだ。だから、シロは彼らを魔物から守りたいみたいで。どこまで安全な村にできるのか、って色々試してるよ」
「このままここに永住するつもりですか」
それは冗談のつもりで言った言葉だ。随分と二人がこの村に入れ込んでいるような気がしたから。
すると、思った以上に真剣な響きの返事が返ってきた。
「シロは多分、元の世界に戻りたくないんだと思う。随分とここで楽しそうだし、永住でもいいかもって思ってるはず」
「シロさんがですか? じゃあ、凛さんは?」
「……そうだね、私も帰れなくても……いいかな」
一瞬だけ、躊躇いがあったようだった。
俺はそんな彼の顔を見上げながら、やっぱり彼らにも色々と事情があるのだろうと考える。元の世界にいたくない理由。ここで暮らした方がいいと考えるだけの理由。
「アキラ君たちは帰りたいんじゃないの? だから頑張ってるんでしょう?」
質問されるのを避けるかのように、凛さんがそう俺に言葉を投げてきた。探るような視線を受けながら、俺も少しだけ考えこんでから言った。
「帰る方法も知りたいですけど……それより先に、アバターの性別を変える方法を知りたいですかね……」
「ああ、なるほど!」
そこで、急に凛さんが同情に満ちた目で俺の肩を叩いた。「頑張って」
「え、何を?」
「うん、応援しているから頑張って」
「だから何を!?」
そんな意味不明の激励を受けていると、遠くから聞き覚えのある明るい声が飛んできた。
「あらあらあら、朝ごはんができたって呼びに来たのに! 久しぶりじゃないの、美形さんたち!」
大きく手を振りながらこっちに歩いてくるのは、村長さんの奥さん、ええと……そうだ、オルガさんだ。相変わらず太陽のような無邪気な笑顔で、純粋に俺たちとの再会を喜んでいるみたいだった。
「せっかくだから、一緒にご飯食べましょう! 賑やかになるわね、今日は!」
「お久しぶりです」
俺がそう言いながら頭を下げると、サクラやカオルも塀から飛び降りてこちらに駆け寄ってくる。そして何だか知らないうちに朝ごはん、お昼ごはんをごちそうされることとなり、俺たちもアルミラの村の整備に時間を使うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます