第61話 いいタイミングだった

「蘇生薬ぅ!?」

 三峯が呆れたように大きな声を上げる。

 とはいえ、先ほどの『魔王様が突然登場大事件』があった後、三峯の喫茶店内からは全ての客が出て行き、そのまま準備中に変わった。だから、店内に戻ったのは俺たちだけだったからどんなに騒いでも問題ない。

「本当にお前って……ああ、前からそういうところあったよな。何でもない顔をしながらとんでもないことしてんの」

 三峯がぼりぼりと頭を掻きつつ、俺たちをテーブル席に残して立ち上がる。そして、新しいお茶を入れて戻ってきた。

「確かにお前のホーム、薬屋があったっけ。なるほどなあ、そこでできた奴をさっきの魔王様とやらに渡したのか。すげえな。っていうか、アニメとかの世界だけかと思ってたけど、幼女姿の魔王って実在すんのな。ただ、さっきのは……もうちょっとおしとやかさが欲しいけど」

「魔王に何を求めてんの」

「エロさ」

「違うだろ」

「邪悪さとか求めてないからな! 聖女様が苦労するだろ!?」

 恐ろしいことに、三峯は大真面目に発言している。自分の言葉に何の疑いも揺らぎもない。

 彼は自分で淹れたコーヒーを美味そうに飲んで、ほっと溜息をこぼしてから大天使ご一行様の方に視線を投げて一言。

「すみません、俺の友人は変な奴だけどよろしくお願いします」

 変な奴って……鏡見せてやろうか、と本気で悩みながら三峯を恨めし気に睨んでおく。

「え、ああ……」

 ミカエルは一瞬だけ困惑したように曖昧に返事をした後で、三峯の名前を呼ぼうとして失敗していた。「ミツ……?」とか何とか言いかけて、三峯が明るく笑った。

「ミッチーって呼んでください。それが俺のユーザーネームなんで」

「ユーザー……」

「愛称ですから」

 俺は慌ててミカエルに言うと、なるほど、と頷いてくれる。素直で何よりだ。


「でもまあ、いいタイミングだったんじゃねーかな」

 やがて、三峯がコーヒーカップをソーサーに戻しながら言うと、ミカエルもそれに同意した。

「そうですね。神殿側としてもまさか、魔王という存在があんな……子供だとは考えてもいなかったでしょうから、対策の練り直しが必要でしょう」

「魔王が幼女で、無害そうだと一般人が知ってしまったからな。これで戦争を起こしたとなれば、誰もが人間による魔族領の侵略と考える。正義の味方であるはずの神殿が聖騎士団を派遣するなんて、問題になるだろ、なるでしょうね」

 ふと、三峯が我に返ったように慌てて口調を改める。


 ――なるほどな、と思う。

 確かに、普通の人間だったら無用の争いごとは嫌うだろう。しかも、戦争とかになれば金もかかれば人間の命も消費する。何を好き好んで、今の平和を壊そうと思うのかって話だ。


「ところで、あなたは王子様なんですよね? すみません、たまに俺、礼儀とか忘れてしまって言葉遣いが荒くなるんですが」

 三峯が申し訳なさそうに続けると、ミカエルはいつもの天使の笑顔で首を横に振った。

「いえ、気にしないでください。元々、今の我々はお忍びのような形ですから」

「なるほど」

 三峯はしばらくミカエルの表情の裏を読み取ろうとしていたらしいが、やがて諦めたらしく、くるりとこちらに顔を向けて変な笑みを見せた。

 何か企んでるな、と思ったら。

「優しそうな連れだし、話も通じそうだから良かったな。なあお前ら、しばらくこの街に滞在すんの? だったらさ、時間があったらバイトしていかないか? アキラとカオル、メイド服着せて『いらっしゃいませ』とか言ってくれたら、男性客も呼び込めると思うんだけど」

「メイド喫茶にする気かよ」

「いや、ありかと思うにゃ」

「アリだよね!」

 浮かれた口調のサクラが何を考えているのかは解ってしまう。解りたくもないが、目をキラキラさせてカオルを見つめていれば良からぬ考えを抱いているのはまるわかりだし。

「でも、今日はメイド服が用意できないから明日以降にしてくれ」

「いや、やるって言ってないから! それに、結構忙しいからな、俺たちは!」

 そう必死に俺だけが抵抗し、何とかその店から逃げ出すことに成功したわけだ。


 意外と日本からやってきているユーザーは多いんだろうか、なんてことを考えながらの観光再開。

 大通りも人の波は途切れず、誰もかれもが先ほどあった魔王様のテレビ出演? のことを話題にしながら歩いている。

 そのせいかもしれないが、猫獣人を連れているというだけで人の目を引く俺たちであったが、誰もこちらの様子を窺ってくる人間はいないようだった。だから俺たちも周りを気にせず、色々と会話ができる。


 そして、もうちょっと静かな場所で言おうかと思っていたことを口にする。

 ろくでもない女、ロクサーヌのことである。

 俺たちの後をつけてきて、俺たちを殺そうとしてきたことを伝えたら、案の定ミカエルの目が吊り上がって怒りの感情を吹き出させていた。しかし、俺たちが彼女を返り討ちにして装備を取り上げてフルボッコにしたと続けたら、微妙な顔をされた。

 まるで、それは自分がしたかった……と言いたそうな、残念そうな目つき。

「俺、じゃなかった、わたしは強いから大丈夫ですよ?」

 そう言うと、彼はそっと首を横に振って優しく笑う。

「確かにそれは認めましょう。それでも、あなたは女性だ。私にとっては、守るべき女性なのです。だから、次に危険なことがあった時、あなたを守る盾でありたいと考えてしまうのです」


 いや、男だけどな、中身は。

 俺はそう眉を顰めながらも、何だか最近、下手に言い返すのもミカエルが悲しそうな顔をするだろうと考えてしまって困惑している。何だろうこれ、流されてるんだろうか。下手に黙って受け入れていたら、このままライスシャワーを浴びることになるんじゃなかろうか。

 それは駄目だ!

 絶対に駄目だ!


 しかし。


「私は頼りないでしょうか。どうすれば信用してもらえます?」

 ミカエルが訴えるような目つきでそう言うものだから。

「いや、信用はしてますけど」

「本当に?」

「ええ、まあ」

 何故か、大天使は俺を探るように見つめた後、困ったように笑う。信用してないのはそっちじゃないだろうか、と言いたくなる表情。何を考えてるんだか。

「じゃあとりあえず、帰りは遠回りしていきましょうか。魔族領に近いところは、きっとまだ危険な魔物も出るでしょうし、私が強いところをもっと女神に見てもらわないと納得してもらえないと解りましたので」

「いや、知ってますよ? お二人の剣が凄い力を持ってるというのは見せてもらったし、その」

 慌てて俺は手を振りながら否定するも、彼は決して頷かなかった。


 で。

 セシリアに精霊魔法を使ってもらって、魔族領に近いところの森だったり山だったりのマップを広げている状況である。

 俺たち三人は何もせず、ただ背後で見守るだけのお仕事。

 前も見た通り、ミカエルとアルトの剣は凄い力を秘めているのが解る。俺たちがガチャでゲットできる武器と同じように、魔法も魔術も使えなくても凄まじい破壊力を発揮してくれるのだから。


 っていうかこのくらい強ければ、俺たち――マチルダ・シティのユーザーなんかいらないんじゃないかな。

 それに、あの魔王様ってやつも頼りなさそうだけど健康になったって話だし。

 ってことは、邪神復活だって簡単に阻止できるかもしれないし、俺たちは三峯のようにスローライフが送れるかもしれない。


 ただし――そこでちょっとだけ、喉が渇いた気がして我に返る。

 サクラやカオルだったら、まだ平穏な生活が送れるだろう。こっちの世界の人間と一緒に暮らすのも、そんなに問題はないと思う。

 でも俺の場合、見事に人間の敵とも言える吸血鬼アバターなんだよな。どう見ても俺、魔物の部類です、ありがとうございました。

 俺がスローライフを送る方法は……きっと、マチルダ・シティの中でだけ暮らしていれば、なのかもしれない。


 魔物を倒して自慢げにこちらを振り返るミカエルを見ながら、彼らに俺が人間の血を吸って生きる存在なのだと伝えても、同じように優しくしてくれるだろうかと疑ってしまうのだった。


 ……ああ、そうか、と唐突に気づく。

 俺はまだ、彼らを本当の意味では信頼できていなかったんだ。でもきっと、言わなくてもいいことがあると思う。全部教えるのがいい結果をもたらすとは限らない。

 そうじゃないか?

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