第59話 天使の顔を持った……

「アイテムボックスから出したやつじゃない……」

 居心地のいい情緒ある店内に入り、ふかふかの革張りのソファに座ってのんびりしているところに出されたのは、これまた風情のある陶器のカップ。湯気が立ち上るコーヒーは、マチルダ・シティの畑とレストランで作れるやつじゃなかった。

 店内を見回してみても、こだわりが凄い。

 カウンターの中にあるのは、喫茶店でみる大きなコーヒーミル。棚に並ぶガラスの瓶には、色々なコーヒー豆が入っていて、どうやらそれは焙煎の度合いで豆の色が違うらしい。

 お洒落なカップとソーサーもずらりと並べられ、コーヒーサーバーとドリッパーも何種類か並んでいる。

 それに、焙煎機っていうんだろうか、大きな機械のようなものが目立つところに置いてあり、コーヒー豆がガラガラと掻き回されている。動力は何で動いているんだろうとよくよく見てみれば、大きな魔石のようなものが土台に嵌め込まれているから――魔道具みたいなものなんだろうか。


「マチルダ・シティの畑でコーヒーの木とか、茶の木が育てられるだろ? こっちの世界でも育てられるのかと思って、植えてみたら上手くいったんだ」

 店内には俺たちの他にもお客さんがいたが、ほとんど女性かカップルだ。それなりに賑わっているようだったが、三峯は店のドアの前に準備中の札を下げて戻ってくるとそう笑いながら言った。

「マジか……」

 店の一番奥にある、大人数のためのテーブルを陣取った俺たちは、出されたコーヒーを飲みながら呆然としていたと言っていい。

 セシリアはコーヒーって砂糖とミルクを入れるの? とか目をキラキラさせているし、アルトは毒見のためか先に飲んでコーヒーの苦さに目を白黒させているし、ミカエルはただじっと俺たちの会話を聞いている。

「この店の裏に畑を作ってさ、育てたわけ。ちょっとズルして植物成長促進剤を使ったけどさ、あれを使うとコーヒー豆が凄く質のいいのができるんだよ。欠点豆が一つもない」

「欠点豆?」

「そう。育成不良だったり、虫食いだったり。そういうのが混ざってるとコーヒーの味が悪くなるからさ。だから、使えるものは全部使って、この店のメニューを増やしている途中」

「はー」

「店員が俺しかいないから、まだ食事はアイテムボックス頼りだけど、そのうち、全部俺の手作りにしたい。でもまだ俺、コーヒーを極めてないからさ。焙煎機を作ったら豆の販売は結構安定してきたけど、問題はエスプレッソマシンが完成してないってこと。魔道具の制作も楽しいし、色々チャレンジしてるけどさ。やっぱり俺、コーヒーマシンって格好良さも重要だと思うんだよね。機能だけじゃなくてデザインも考えたいし、完成したらマシンだけでも売りに出したい。そして、俺はコーヒーマスターとしてこの国の頂点に立って、名前を売りたいし」

「お前、何しにきたの。魔物討伐は?」

 俺が目を細めて彼を睨むと、白銀色の天使が無邪気に笑う。

「あー、そういうのいいや」

「おい」

「俺、ここで骨を埋めるわ」

「おい!」

「っていうか、アキラたちはどうするつもりなの。どうしてここに?」


 とまあ、そんな流れから――色々とこちらの事情も説明することになった。ちょっと長い話になったから、時折、三峯はソファから立ち上がって焼き菓子とかお茶の追加をしてくれた。そして、それのどれもが美味しい。

 さらに、お客さんが帰っていくたびに立ち上がり、「ありがとうございました」と見送る姿も様になっていて、女性客がきゃあきゃあ言いながら頬を赤らめているのも目に入る。

 本当に何してんだ、こいつ。


「へー、面白いことになってんのな」

 俺たちの話を聞き、三峯は完全に他人事のように驚いていた。「しかし、婚約者。へー、婚約者」

「そこは聞き流して欲しいところ」

 俺が低く唸るように言うと、彼はその秀麗な顔には似合わず、にしし、と笑う。

「でも、もったいないなあ」

 そこで、サクラがコーヒーカップをソーサーに置き、眉根を寄せながら続けた。「わたし、闘技場で三峯さんに勝てたことないし。強いですよね、もの凄く。だから魔物討伐とかは一緒に行動できたらって思ったんですけど」

 サクラは確か三峯とはフレンド登録はしていないし、それほど接点がなかったはずだ。でも幾度か闘技場イベントでやりあって、何度もぼろ負けしているから、ある種の尊敬みたいな感情があるらしい。だから、大人しく敬語で話をしている。

「それはアレだね、ここよ、ここ」

 三峯はニヤリと笑って右腕を左手でぱしぱしと叩く。「アバターの強さもあるけど、結局は腕! 長くやっていれば強くなれるよ。遠くで応援してるから頑張って」

「遠くでってことは、ずっとここでスローライフするつもりにゃ?」

「にゃ……」

 三峯は猫獣人を胡乱そうに見つめた後、そっと肩を竦めた。「俺さ、ここで運命を見つけちゃったかもしれんのよ」

「運命?」


 なんだそりゃ、と俺たちが困惑していると、三峯は少しだけ切なそうな目つきでため息をこぼす。


「恋しちゃった、というかさ」

「恋?」

「何それ詳しく! ……お願いします」

 サクラの食いつきが半端ない。


「すっごくね、可愛いというか可憐というか綺麗というか、そういうアイドルを見つけちゃったというか」

「アイドル」

「アイドル?」

「一目惚れってあるんだなあ、と思ったんだよね。まだ遠くから見つめることしかできないけど、もう本当、もの凄く好きでさ。俺、この街から出られないと思う。魔物討伐とかやってらんない」

「えええ……」

 俺たちが顔を見合わせていると、三峯はさらに――天使の色気を振りまきながら遠くを見つめる。くそイケメンなんだし、簡単に相手は落ちるだろ、と思うんだが。

「どこで出会ったんだ? この店の客か?」

 そう訊くと、彼は首を横に振って窓の外にまで視線を飛ばした。

「あの神殿の聖女様だよ」

「聖女……」

「それは無謀な」

 そう、険しい恋だとすぐに理解したのはミカエルのようだった。俺たちの会話をずっと聞いていて、聖女と耳にしたらさすがに黙っていられなくなったらしい。

「無謀ですよね」

 三峯はあっさりとそれに頷き、俺たちに視線を戻す。「聖女様ってのは、この国においてとても立場が上の人でさ。まさに雲上人ってやつだからきっと、王族よりも上だね。その聖女様を見たのは、この国の建国祭っていう派手なお祭りとパレードがあった時。白い馬車に乗って、聖女様たちがそれに乗ってたんだよ」

「聖女様たち?」

 俺が首を傾げると、ミカエルが三峯に変わって説明してくれた。神殿には神官、巫女がいる。しかし、さらにその上には聖女と呼ばれる存在がいる。

 聖女は他の神官たちに比べて、遥かに強い浄化の聖魔法が使える。

 魔術でも魔法でなく、古代から伝わる神の力によるものを聖魔法と呼ぶらしい。

 そして、聖女というのは一人ではなくて何人もいるんだとか。彼女たちは交替で神殿を出て、聖騎士たちを連れて国の穢れを浄化する役目を持っている。とても重要な立場の人間だ。

 さらに、聖女というのは力を失うまで――つまり死ぬまで、神の妻として生きる運命にある。だから、誰とも結婚もできないし子供も作れない。


 そういう相手に恋した時点で、三峯の想いは成就しないことが決定していた。


「その聖女様たちの遠くから見かけて、凄い綺麗な子を見つけちゃったというか。アイドルにハマってサイリウム振る連中の気持ちが解ったし、握手会とかあったらチケット欲しさにCD大量に買い込む気持ちも理解できた気がする。マジでやって欲しいと思うけど相手が聖女様なら無理だし。でも、やっぱり近くで見ていたいから出待ちがしたくて」

「出待ち?」

「だから、こんな神殿の近くに自分の店を持ったんだよ」


 こんなに微妙な気持ちになったのは初めてだ。

 日本に帰る方法を探すとか全くしないまま、現地のアイドル(聖女)にハマってコーヒーの木を育てる男がどこにいる。

 っていうか、これはスローライフに入るんだろうか。


「まあ、そのうち……俺が惚れてる聖女様が浄化の旅に出る時がくると思うんだよね。俺、こっそり後をつけて陰から聖女様を守ろうと思ってさ」

「は?」

 俺の怪訝そうな顔を見ながら、三峯はまた腕をぱしぱし叩きながら笑う。

「ここよ、ここ。俺、聖女様ご一行を守るためなら全力で敵と戦うし、その時は当分の間、店を閉めるから。万が一、店が閉まってたら察しろ」


 ……どうしよう、この天使の顔を持ったストーカー。

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