第28話 宿の手配
「罰則は罰則だよね。ちゃんと受けなければ駄目だ」
俺たちの目の前で、サクラが襲ってきた男たちを正座させ、そう言い聞かせている。巨体の男性陣が、神妙な顔つきで頷き、うちの魔人を熱のある目で見上げている様子は、ちょっと怖い。
ちなみに全員、サクラの魅了の技で陥落済みである。
何だこれ、変態の守備範囲が広すぎる。
「あの……我が女神よ、せっかくなのでどこかで食事でも」
やがて、ミカエルが説明を求めて場所の移動を提案してきた。
何故ここに来たのか訊いてみたら、どうやら薬屋の店員さんがギルドに駆けこんでトラブルが起きていると助けを求めてくれたらしい。ちょうどその場にはミカエルがいて、慌てて飛び出してきたんだという。
まあ、助ける前に俺たちが返り討ちにした――というか、色々と再起不能にしたわけだが。
男たちは最終的に、イケメン魔人サクラに心酔して、罪を贖って真面目に生きていくことを約束して帰っていった。とりあえず、男同士の恋愛ゲームが始まらなくてよかったと胸を撫でおろしたところである。マジ怖い、うちの魔人。
「ところで、我が女神」
何だか、自然な動きで俺をエスコートしようと手を差し出してくる大天使。きらきらした王子様スマイルを向けられるのもそうだが、女神呼ばわりはちょっと居心地が悪い。
「……アキラと呼んでくれませんか」
その手には気づかなかったふりをしつつ、引きつった笑顔でそう返すと、彼はさらに輝くような微笑を向けてきた。
「あなたの名前を呼ばせていただけるとは光栄です」
むしろ、名前を呼ばなくてどうすんだ、と心の中で呟いておく。
「ところでアキラ様」
様付けか!
俺はどうしたものかと視線を彷徨わせながら歩く。アルトは俺たちより一歩後ろを歩いているし、サクラとカオルもそれより後ろで並んで歩いている。助けを求めようにも、明らかにあいつら、俺たちを生暖かく見守っている状態である。何故見捨てた!
「何でしょうか」
「失礼ながら、あなたの服装は少し……異国のものなのか、刺激が強すぎると思われるのです」
「そうでしょうか」
まあ、俺もそう思うけどな。たまに、この世界の男どもの視線が俺の足に向けられているのは気づいていた。解る、解るとも。俺から見ても、この太腿は美味しそうだと思う。色が白くて柔らかそうだし。ある意味、大福に通じるものがある。かぶりつきたくなるような感じと言ったらいいのか。
「実際、先ほどの光景は少々、うら……いえ」
うらやましかったのか。そうか。
ちなみにパンツは白だ。
「先日、助けていただいたお礼がてらと言ってはなんですが、私に贈り物をさせていただけないでしょうか。動きやすく、もう少し露出が抑えられたようなものを用意させてください」
「いえ、お構いなく」
「正直に申し上げますと、あなたはとても美しく、魅力的なのです。その服装のままですと、あなたによからぬ思いを抱く輩もいると思います」
おい、俺の話聞いてる?
「私はあなたに出会えて、神に感謝しています。この出会いが運命のように感じます。あなたはまるで月から落ちた女神。その黒髪は夜空の色。煌めく瞳は夜空に瞬く星。一見、冷たく見えるその美しさも、見たものを惑わせる熱を放っている。私はあなたが望むなら、何でもできる」
誰かこいつとめて!
俺のライフはもうゼロよ!
砂を吐きそうなほど甘いというのは、きっとこういうことだ。背中が痒くなるくらいに、ミカエルは俺の心臓を抉るような言葉を投げてくる。
無理。
俺、根っからの日本人だし。そういう外国人みたいな台詞には防御力が足りない。
「あ、あの、言い過ぎです。というか、とりあえず食事はどこで?」
必死に話をそらし続けながら、俺たちはミカエルに案内された店に入った。
前回奢ってもらった店とはまた違う。
少しだけカジュアルな、若い女性客が多いお洒落な店内。店員さんが笑顔で俺たちを奥まったテーブル席に案内してくれる。
そして、前回と同じく礼儀正しく椅子を引いてくれるミカエルに、俺は何とか笑みを向けた。
破壊力の高い台詞を途切れさせることに成功し、俺はやっと一息つく。そして、ミカエルは穏やかにそう俺たちの顔を見回しながら言った。
「できれば、旅もご一緒できませんか?」
ミカエルたちは呪いを解くための旅を、あてもなく続けているのだという。だから、俺たちの旅についてきたい、ということらしい。
「我々はこの国について詳しいですし、案内もできます」
彼は続けてそう言い、俺は自分のクエスト依頼の文章を思い出していた。
彼はまだ俺たちに自分の身分を明かしてはいないが、間違いなくこの国の王子様なのだ。だから、詳しくないはずがない。
買った地図で確認したが、俺たちが活動しているのはアディーエルソン王国という広大な土地の一部だ。
このユルハという街は確かに大きいが、アディーエルソンにおいては辺境とも呼べるほど南の端の方にある。アディーエルソンの王都、そして王城は遥かに北上しないと辿り着けない位置にあって、普通の人間からすると移動はかなり大変だろう。
そう、問題は移動なのだ。
俺たちはアバターの能力で凄まじく速く移動できるが、この世界の人間と一緒に動くならそれは無理だ。正直なところ、ずっと一緒に行動というのは足枷になるんじゃないだろうか。
「呪いを解くまでの期間と考えれば、いいんじゃない?」
俺が断ろうとする前に、サクラがあっさりそう言った。
え、ちょっと待とうか。俺の心痛を考えてくれないのか妹よ。あの言葉を投げつけられる俺の身になってくれてもいいんじゃないのか!?
そう咎める視線をサクラに投げたが、そこにあったのは面白がっている顔である。しかも、料理がテーブルに置かれると俺の視線を避けて料理に集中してしまう。
カオルもカオルで、フルーツとクリームの乗ったパンケーキみたいな皿がやってくると、上機嫌で耳をぴくぴく動かしながら食べ出して、こっちの話なんか気にしている様子もない。
「宿もこちらで手配しますので、この後、一緒にどうでしょうか。この街で活動するのも、できれば守らせていただきたいので」
ミカエルの話は続いていて、俺は我に返って口を開く。
「いえ、いくらお礼とはいえ、もう充分すぎますから」
「私の命のお礼と考えれば、まだまだ足りてませんよ」
ミカエルの笑顔が眩しくて、そろそろサングラスが欲しくなってきた。
っていうか、俺、何してるんだろう。
ミカエルは完全に俺を女として見ているが、この状況を受け入れたら駄目だろ。いくら身体が女だとはいえ、俺は男――。
このまま、ミカエルに女扱いされていると、何だかそれに慣れてしまいそうで怖い。
俺は男、俺は男。そう言い聞かせていても、この世界での俺の身体は女で。
このまま日本に帰れなかったら女のままだけど。
あれ?
俺、帰れるよな? 男に戻れるよな?
今まで危機感とか全くなかったけど、このまま女ってことはないよな?
何だか唐突に俺は混乱して色々考えこんでいて、気が付けばいつの間にかミカエルの希望を受け入れる形になっていた。
「二人部屋ってこうなってるんだー」
サクラがベッドの上に寝ころびながら笑う。カオルも、もう一つのベッドの上でごろごろしつつ、目を閉じている。
俺はその宿の部屋に入り、そこにあった椅子にぐったりと座って天井を見上げていた。
ミカエルがとってくれた宿は、街でも結構大きいのだろう。三階建てで、掃除の行き届いた高級宿、といった感じだった。
俺とカオルのための二人部屋、サクラのための一人部屋を確保してくれたミカエルは、その宿で夕食を共にした後に同じ宿の自室へと向かった。だから、俺たちは気兼ねせず話ができる。
でも、ちょっと疲れた。
うん、精神的に。
「律儀だよね、あの人」
サクラはベッドから起き上がり、にやりと笑って俺を見る。「お兄ちゃんに惚れてるみたいだしさ」
「それはどうでもいい」
俺は妹を睨むと、深くため息をついた。「俺はそういう関係になるのは厭だし、最終的には逃げるつもりだから」
「残念」
「何が残念だ!」
噛みつくような勢いでそう返すと、さすがにサクラは「ごめんごめん」と苦笑した。
「……とりあえず、日付が変わったら一度、ログインボーナスを取りに帰ろうぜ」
俺は頭を掻きつつ、そう提案する。すると、カオルもベッドから起き上がって眉根を寄せる。
「行くのは三人同時じゃない方がいいかな。あのミカエルって男、夜這いをかけてくるかもしれないし、全員いなかったらきっと騒ぐにゃ」
――夜這い。
俺はぐったりと肩を落とし、またため息をつく。もう、ため息をつくたびに幸運が逃げてたら、俺の最大値レベルの幸運もそろそろヤバい勢いじゃないだろうか。
「まあ、夜這いをかけられたらマジで殴る」
「死んじゃうからやめて」
俺の心からの本音にサクラが慌てて言ったが、それよりも俺は気になることがあった。
――腹、減った。
夕飯を食べた直後でこれである。
窓の外はすっかり暗くなっていて、星空も見える。陽が落ちたせいか、身体の調子はすこぶるいい。昼間、少なからず感じている気だるさは全くなくなって、マチルダ・シティの中にいる時みたいに爽快感もある。
でも、お腹が空いて喉が渇くのだ。
解ってる。これは、一度マチルダ・シティに戻ってリセットしないとヤバいってこと。
吸血鬼アバターになって初めて、切実なまでの血への渇望に心の奥が疼いていた。
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