第27話 路地裏の惨劇?
「もし、そうだと言ったらどうするつもりなのかな?」
そう返したサクラももちろん、背中に剣がある。相手がそれを警戒しているのも知りつつ、わざとサクラは剣の柄の方へ手を上げていく。
好戦的ですね、うちの魔人。
俺はカオルの猫耳を撫でながら、他人事のように考える。後ろに倒れる耳って、イカ耳って呼ぶんだよな、イカ焼き喰いてえ、とか思いつつ。
「えっ、あの」
カウンターの中にいた女性が慌てたように声を上げるのが解って、俺は苦笑した。
「外出るか」
俺のその言葉は、サクラよりも好戦的に相手に伝わったらしい。気色ばんだような顔がこちらに向いて、俺はわざとらしく怖がっているポーズを取る。
まあ、全然怯えていないのがバレバレどころか、茶化している雰囲気もあったようだけど小さなことは気にすんな。
薬屋の中には他のお客さんもいたわけだが、誰もが遠巻きにしながら心配そうにこちらを窺っている。でも、筋肉ムキムキの男たちが威嚇するように時々そちらを見るので、誰もこの場から動けないようだ。
「強気だねえ、お嬢ちゃん」
最初に声をかけてきた男が、鼻で嗤うようにして言った。多分、こいつがリーダー的な存在だろう。金髪ゴリラと呼べばいいのだろうか、前世でも日本では滅多に見かけない感じのヤツ。
そいつは顎でしゃくるようにして、俺たちを外へと促した。
店の前はそれなりに人通りがあるからか、彼は裏道へと歩いていく。そいつの連れは、いつの間にか俺たちの背後に回り、こちらの逃げ道を塞ぐようにしてついてきた。
「間違いなく、マドッグたちは死んでたんだ。俺が見間違えるはずはねえ」
路地裏、俺たち以外の人間は通らないだろうと思われるほど寂れたところに誘い込んで、その男は唸るように呟いた。それから、ゆらりと頭を揺らしながらこちらを振り向く。
「それを、怪我を治しただあ? 説明しろや、余所者さんよ?」
「ああ、やっぱりあなたたちが彼らを見捨てて逃げた人?」
サクラが納得したように笑う。「魔物が怖くて、『余所者』に任せて逃げちゃったんだよね? あの二人、頑張ってた……」
「うるせえ!」
煽りまくるサクラの言葉に、その男は肩に担いだままだった剣を軽く振り下ろし、地面に突き立てた。鞘ごとだから重いだろうに、力だけは強いらしい。
そこで少しだけ、サクラが厭そうに眼を細めたのが解る。
俺もカオルを背後に隠しながら、前に出た。妹だって怖くないはずがない。相手は魔物じゃなくて人間であり、こんな荒事に巻き込まれたことなんて日本ではなかった。
「幻覚を見せる魔物だと伝えたはずですが?」
俺はサクラの隣でそう口を開く。一応、女アバターであることを意識して敬語。
俺だってこうも真っ向から誰かと争ったことはない。闘技場で戦うことは慣れていても、今の相手はこちらの世界の『か弱い』人間だ。やりすぎれば――。
「アキラ」
そこで、背後からカオルが俺のスカートを軽くつまんで引いた。何だ、と思って視線だけそちらに向けると、カオルは不安げに顔を顰めている。
「こっちの世界、現地人と争ったらペナルティとかつかない? 普通、SNSゲームの世界ならユーザー同士の争いは垢バンもあるだろ?」
――おお、予想外の意見。
垢バン。アカウントを消される、ということ。課金だろうが無課金だろうが、それまで溜めていたアイテムも没収されてゲームにアクセスできなくなるという悲劇。
なるほど、確かにここが『本当に』ゲームの世界ならそれもありうるかもしれないが。
後でウサギに確認するか。
しかし。
「正当防衛だから、運営……マチルダ様とかも許してくれんだろ。それに、無抵抗のままここで死に戻りとか……試してもいいけど、やっぱり厭だな」
ぼそりと返してから、改めて敵の方を見る。カオルは、背後に回っている男たちの方へ顔を向け、「にゃー」とか弱く鳴いて見せていた。油断させようという考えがあるのだろうと俺には解るが、相手は多分、その見た目に騙される。
「何、ぼそぼそ言ってやがる!」
とうとう、目の前の男が地面に刺さった剣を抜いた。鞘だけ地面に残され、抜身の剣が鈍い光を放っていた。
「いいか!? こっちは仲間を見捨てたと言われて罰則を食らってんだ! 俺たちは余所者は見捨てたが、仲間は見捨てちゃいねえ! あいつらは死んでた!」
「だから幻覚だと」
俺がそう言いかけた瞬間、男たちが一斉に飛び掛かってきた。
目の前に振り下ろされる剣先を見ながら、俺はその遅さに驚く。
男たちの動きは、俺たちモンスターアバター持ちにとっては、簡単に目で追えてしまう速度だ。俺もサクラも、そしてカオルも、男たちの攻撃を軽々と避ける。こっちは武器すら手にかけていない状態で、軽く跳躍しただけで安全な距離にまで逃げることができる。
これ、大丈夫だ。怖がる必要なんてない。
俺がニヤリと笑うと、サクラもほっとしたように俺を見たのが解った。
「もしも、お前たちがあいつらを助けたというんだったら、その薬を出してみろよ」
リーダー男が軽く肩で息をしながら悔しそうに俺たちを睨む。「出せねえんだろ? あいつらを助けられるような薬なんか、あるとは思えねえ。だとしたら、お前たちは何だ? 大体、獣人なんか連れてる奴なんか、信用できるはずがねえ」
「そうだ、お前らは化け物なんだろう!?」
背後からも別の男が叫ぶ。
「マドッグたちに何をした!? お前ら、魔物の仲間だろう!?」
「都合がよすぎるんだよ!」
路地裏に男たちの叫び声が響く。
そして気づいた。
目の前の男たちの目には、怒りもあったけれども畏れもあるのだ、と。
「ふうん」
サクラはそこで、興味深そうに彼らを見回し、首を傾げた。「聞いたことあるよ。怯えるものは長生きする、って」
「何だと?」
「魔物もそうだけど、自分より強い敵が目の前にいたら、怖くて逃げる。それが正解。今もそうなんじゃないのかな? あなたたちは、わたしたちには敵わないと解っているんじゃ」
――おい!
いくらそれが真実でも、煽りすぎ!
俺がサクラの脇腹にチョップを入れそうになった瞬間、リーダーがカッとなったように足を踏み込み、剣をまっすぐにサクラに突き出してきた。
サクラは優雅な動きでそれを避ける。
そして、背後からも他の男たちが襲ってくる。
一番弱そうに見えるカオルはいい標的のようで、数人がかりで剣を突き立てようとしてきたが。
「マグロ・アタック!」
巨大化したマグロが男たちを襲う! 何という理不尽な武器だろうか!
っていうか、そういう必殺技名じゃなかったろ、と突っ込みを入れる暇もなく、カオルに飛び掛かった男たちが吹っ飛ばされて地面に倒れこむ。
俺にも、男が襲い掛かってきた。買ったら高そうなブラウスを掴んで引き裂こうとするので、その直前に俺は男の腹に蹴りを入れて地面に転がしてやった。
「特別に、俺のパンツを見る権利をやろう」
倒れた男の首の上に、俺は軽く自分の足を乗せる。ちょっと力を入れたら、喉が潰されると解ったのか、男が怯えたように俺を見上げている。
しかし、めっちゃ俺のパンツが見える位置なんだよな、そこ。
ミニスカートって戦う時、問題ありなんじゃないだろうか。
「ねえ、おじさん?」
いつしか、サクラの声が今までで一番冷えていた。凄みを帯びて響いたその声は、優しい口調なのにヤバい雰囲気が漂う。
「うちの可愛い猫に何してくれてんの? ムカつくんだけど」
サクラの動きは、俺でも見えないくらい素早かった。
距離を置いて立っていたはずのサクラは、瞬きする時間も与えず、リーダーの目の前に移動していた。
そして、巨大な筋肉といかつい顔を意味ありげに見つめた後、ふっと馬鹿にしたように嗤う。男がハッとしたように後ずさろうとしたが、サクラはその男の髪の毛を掴んで逃がさなかった。
あ、別の意味でやべえ。
俺はおそらく、一瞬だけ足にかかった力が緩んだんだろう。地面に倒れていた男が暴れたので、慌てて力を入れる。
「お前はそこでパンツ見てろ」
「我が女神!」
そこに、路地裏への入り口から駆けてきた男がいる。もう、その呼び方で誰が来たか解る。
「ご無事ですか!?」
大天使の側近、アルトもその背後から姿を見せて。
「……あの、ご説明をいただけると幸いなのですが」
大天使ミカエルは、きっと俺たちを助けに急いでやってきたのだろうということは解る。しかし、この現状に困惑する気もよく解るのだ。同情してしまうくらいに。
俺は男にパンツを見せながら女王様プレイみたいな体勢を取っているし、猫獣人の周りでは意識を失って倒れている男たちはいるし。
それに最大の問題。
多分、サクラは目の前の筋肉男に魅了を使って隷属させようとしたのだろう。攻撃を防ぐには一番いいのかもしれないが。
いつの間にか、その場に膝をついて熱いまなざしをサクラに向けているリーダーは、恋する乙女のような顔でうっとりとしていたのだから……大惨事である。
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