第26話 ユルハの薬屋

 爽やかなお目覚め。

 ……だと思う。

 俺の腹に猫獣人が抱き着いていて、その背後から魔人が抱き着いていても。

 俺は二人を蹴り飛ばしてベッドから降り、庭とフレンド一覧を確認する。これが日課になりそうな感じだな、と思いながら肩を落とした。朝も夜もいないとなると、一体、三峯はどこにいるんだか。


「もっと山の方へ行く?」

 午前中、早い時間からマチルダ・シティの外に出ると、サクラが遠くの空を見上げながら言った。今日もいい天気で、これだけ見ていると魔物なんているとは思えないほど平和な光景だ。

「今日も魔物退治するのかにゃ?」

「んー」

 俺はカオルの問いに少しだけ考えこんだ後、首を横に振る。「それより、先にユルハの街で何か情報を集めたいと思うんだけどどう思う? 他の街の地図とかあったら買いたいし、この世界の薬屋も覗いてみたいんだけど」

「オッケーだにゃ」

「ユルハに行ったら、あのイケメンにも会えるかもしれないしね?」

 サクラがにやりと笑ってそう茶化してきたが、俺は軽く肩を竦めるだけだ。まあ、会って黒フードの情報をもらってもいいんだが、女神呼ばわりされて疲れるのも目に見えている。


 というわけで、俺たちはマップ移動を使って一瞬でユルハの街へ飛ぶ。

 門から中に入ると、まだ朝と呼べる時間帯なのに大通りにある店は開いていて、人通りもそれなりにあった。

「異世界名物、憧れの屋台にゃ」

 カオルが浮かれたように、大通りにある屋台の並びを指さした。お祭りで見かけるようなサイズ感の、小さな屋台。炭火の上に鉄板が置かれ、何かの肉がこんがりと焼かれていた。その脇にはパンが山積みになっているから、きっとそのパンに肉を挟んで食べるものだろう。

 確かによく解らないが、異世界というと屋台飯、みたいなのが俺のイメージにある。

 他の屋台も、焼きそばみたいなものだったり、ワッフルみたいなものだったりあるけれど、日本とはちょっと違う味付けやトッピングらしいと見て取れる。全部試してみたいという欲求に駆られてしまう。それくらい、どこもかしこもいい匂い。


 そして、こういうところこそ情報収集に相応しい。

 この街の人間だけじゃなく、旅人とかも寄るだろうから。


「おじさん、三つください」

 俺は、最初見たパンに肉を挟んである店に歩み寄り、自分の美少女アバターを最大限に利用した微笑を向けた。

「いらっしゃい!」

 気の良さそうな、五十代くらいの髭面のおっさんが目尻を下げて俺に笑いかける。俺よりずっと身長が高く、日焼けしていて筋肉もりもりである。冒険者と言っても良さそうな風貌だが、ぱぱっとパンにナイフを入れ、刻んだ野菜と焼き立ての肉、ソースをかけて袋に入れる、というのを三回繰り返した。その流れるような動きに「おお」と感心していると、おっさんは意味深な目を俺に向けた。

「お嬢ちゃん、もしかして昨日、噂になってる子じゃないかね?」

「噂?」

「この街のギルドの連中を助けてくれた子たちがいるって噂になってるぞ」

 おっさんの目が、俺の背後にいたイケメンと猫獣人にも向いた。「連れに獣人もいたっていうから間違いないだろ」

 おっさんは俺たちにそれぞれ、パンを渡してくれる。

 温かい包みを受け取って、俺はその匂いを嗅いだ。ちょっとスパイシーな感じの香ばしさ。

「うん、まあ、そうかな」

 俺はそう言いながら、服のポケットからお金を取り出した。こちらの世界のお金は大金貨、金貨、銀貨、銅貨、小銅貨、となっているのは昨日、ギルドで謝礼を受け取った時に学んだ。

 屋台にはパンの値段がこちらの世界の言葉で書かれている札が立ててあり、日本語ではないのにちゃんと読める。不思議なことだが、文字を勉強しなくて済むというのはありがたい。

 パン一つ、一銅貨。パンの支払いは三銅貨でいいはずだが、俺は六銅貨を渡して訊いた。

「旅をしているから地図が欲しいと思ってるんだけど、どこに売ってるのか教えてくれませんか? あと、品ぞろえのいい薬屋さんがあったらそれも」

「ありゃ、こりゃすまんな」

 受け取った銅貨を数えて、情報料と理解したおっさんは話が早かった。地図は本屋に売っているらしく、大通り沿いにある大きな書店を教えてくれた。薬屋は、昨日行ったギルドの傍にある店がおすすめらしい。

「ありがとう」

 俺は満面の笑みで彼に手を振って、その場を離れる。スマイルゼロ円。笑顔は交流における潤滑油とはよく言ったものだ。俺は結構、人付き合いとか苦手な方だけど、必要なら仕方ない。いくらでも美少女スマイルを振りまこう。頬が筋肉痛になったとしても頑張ろう。


「これ、美味しいにゃ」

 買ったばかりのパンにかぶり付く猫獣人は、俺よりずっと無邪気で可愛い笑みをこぼしながら尻尾を左右に振る。可愛らしさではカオルには勝てないな、と思いながら大通りを歩いた。


 地図は簡単に買えた。

 書店は何だか、理由も解らないけれど懐かしい雰囲気がした。いかにも海外の書店。天井が高くて本棚も天井まで伸びていて、びっちりと色々な本が詰まっている感じ。

 時間さえあればもっとそこに入り浸りたいとは思ったが、さっさと次。


 大通りから外れて、ギルドの近くにある薬屋へ。

 何だか、日本にある病院の横にある薬局と似た感じ。薬を調合する大きな部屋みたいなのが建物の奥にあって、大きなカウンターには店員さんが数人並んでいる。座って待つことのできる椅子があるのも似てる。

 でも、低めの棚が並んでいて、色々な薬が並んでいるのはなかなかの壮観だった。


「すみません、傷薬ってどんなのがあるんですか?」

 俺はカウンターに近づいて、そこにいた若い女性に話しかけた。髪の毛を後ろで結い上げていて、利発そうな顔立ち。その女性は、穏やかに微笑んで説明してくれたが、俺の背後に立つイケメン魔人に視線を奪われるようで、時々ちらちらとそちらに視線を投げる。

「怪我を治すのでしたら、こちらの薬がおすすめです。薬草はリュウノキを使っていて、止血、鎮痛、化膿止めの効果があります」

 そう言って、貝殻のような小さな入れ物に入った薬を出してくれる。

 でも俺は、リュウノキという言葉に首を傾げてしまう。それ、俺の畑でも採れる薬草だ。体力回復薬、魔力回復薬で使うやつ。

「リュウノキ?」

 思わずそう呟くと、女性はどことなく自慢げに頷いた。

「はい、なかなか質のいいリュウノキは手に入りません。採取してから時間が経つと調合しても薬の効果が落ちてしまうため、当店では敷地内で栽培しています。新鮮な薬草を使っていますから、当店の薬は効果も高いのです」

「へー」


 マチルダって奴が作ったあの街も、この世界を元にして作ったんだろう。だから、こちらの世界に存在する薬草があそこで育成できるんじゃないか?

 ってことは、俺が育成した薬草も、もしかしてこっちの街で売って稼ぐことができるんだろうか。いや、それ以前にリュウノキをこの店に渡せば、俺のレシピにはない傷薬を調合してもらえるのでは?

 しかし。

 俺のアイテムボックスにはリュウノキも入っているけれど、ここで出すのはちょっと不安がある。下手なことをして疑われるのも嫌だし、事前に確認しておかねばならない。


「もし、リュウノキとか薬草を採取したら、どこかで買い取ってくれたりするものなんですか? もしくは、調合してもらったりとか」

「そうですね、小さな薬屋さんなどは、採取のための人員が確保できなかったりするので外注がほとんどです。それはギルドを通して依頼が出されますね」

「ギルドですか」

「薬草は個人取引が取り締まりの対象とされていますので、下手に売ると問題になりますよ? お客様もお気をつけくださいね」

 にこり、と笑った彼女。

 多分、勝手に色々想像してくれたんだろう。俺たちが旅人らしいと知って、路銀稼ぎのために薬草を売るルートを探しているとか、かな?

 さらに、さりげなく釘を刺された。

「それに、知識のない人がリュウノキを採取しても、調合はできないと思います。採取したリュウノキがありましたら、ギルドに依頼を出していただければ調合まで引き受ける薬屋がありますので」

「なるほどー」


 やっぱり薬に関しては、蘇生薬に限らず、使用を気を付けなくてはいけないだろう。下手に出所を疑われても困る。

 俺は愛想笑いをしつつ、彼女が出してくれた薬を買い込んだ。

 とりあえず、今買い込んだ傷薬は、蘇生薬を使わなくてはいけなくなった時のカモフラージュ的な感じで皆の前に見せびらかすことにする。

 平穏に、目立たず、この世界でクエストをクリアするために――。


 さて、この店からそろそろ引き上げるか、と思ったら。


「お前たちか?」

 急に、店の出入り口から野太い声が飛んできた。振り返ると、そこにはいかつい顔立ちの男性が肩の上に大きな剣を担ぎ上げて立っている。明らかに殺気じみた雰囲気を漂わせながら。

「にゃ」

 警戒したカオルが俺の腕に抱き着き、サクラが悠然とした様子で俺たちの前に出る。


 すみません、カオルさん。尻尾を俺の太腿に絡ませるのはやめてもらえませんか。ふさふさしていてくすぐったいです。っていうかお前、幼女ポーズ上手すぎじゃないか!? 誰に教えられた!? うちの魔人か!?


「どちら様?」

 サクラはまるで闘技場で戦う前のような、ちょっと相手を挑発するかのようなポーズを取っている。こうしていると、無駄に格好よくて悔しい。その実、変態だけど。

「お前たちが昨日、ギルドの連中の大怪我を治したとかいう冒険者か?」

 入り口に立ったその男の背後にも、数人の男が立っている。

 皆、これから戦います、と言いたげに武器を手にしていて、こちらへの敵意を隠してはいなかった。

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