第25話 薬のレシピ
「よし、帰宅!」
俺はマチルダ・シティの自分のホームに戻ると、大きく深呼吸をした。
今日はあまり遅くならずにマチルダ・シティに戻ってきた。それまで感じていた身体の違和感……というか、だるさはどこにもなくなって、随分楽になった。
今のところ、外で誰かの血を吸う羽目にならずに済んで、よかったというところか。
っていうか、外で長い時間活動していたら、俺の身体はどうなるんだろうか。
何となく、そこで厭な考えにとらわれそうになって、慌てて首を横に振る。
サクラもカオルも、まずは自分のホームを確認してくると言って、俺の部屋には誰もいない。
フレンド一覧を確認してみても、やっぱり三峯のホームには鍵がかかったままだ。
俺たちより先にこの世界に来ている人間なら黒いフードの男について知ってるかもしれないと考えたのだが、三峯とはなかなか会うことができないかもしれない。
じゃあ、凛さんたちはどうだろうかと思い立って、俺は大広場に行ってみることにした。
残念ながら、まだ時間が夕方ということもあってか、大広場には誰の姿もなかった。綺麗な街並みであるせいか、人影一つない光景だといくら綺麗でも寒々しく感じる。唐突に、この世界に一人きりだったら怖いだろうな、と変なことを考えた。
そんなことを考えていても仕方ないので、俺は闘技場へ移動。
クエストクリアの報酬をもらうため、受付の金髪ウサギに声をかけた。
「マチルダ様とやらは帰ってきてる?」
「来てませんよ!」
満面の笑顔、そしてあっさりと言われる残念な言葉。
うん、期待はしてなかったけど残念。
俺は魔物を倒した報酬を受け取りながら、次の質問を口にした。
「ここにいる他のユーザーで、黒いフードを被った奴って知ってる?」
「はい、もちろんですよ!」
「え」
期待していなかったけど、普通に答えがここにあった。そうだよな、俺たちと同じ立場だったらクエスト報酬を受け取りにくるはずだし、ウサギが一番よく知っているだろう。
「何て名前?」
「個人情報はお教えできません」
「えっ」
「逆に、普通はそうじゃないですか? それに、マチルダ・シティは基本的に、ユーザーの皆さんが交流していただくための街なのです。だから、お互い、見かけたら話しかけて自己紹介していただければすぐに名前は解りますよ!」
「使えねえな」
俺ががくりと肩を落とすも、全く同情してくれる様子もなく、ウサギは報酬のコインをチャリンチャリンと音を立てながら俺のアイテムの中に放り込んでいく。俺の視界にあるクエストクリアの文字の横に、報酬受け取り済みのマークがついた。
そして、クエスト一覧のところを改めて確認してみると。
『アディーエルソン王国の第三王子、ミカエルにかけられた呪いを解こう! 無期限、クエスト報酬・アディーエルソン王国の王都への通行証、魔輝石のネックレス』
――通行証? 魔輝石?
よく解らんが、重要なアイテムっぽい。どうせならゲットしておきたいよな。
っていうか、第三王子だったのか、アレ。
「じゃあ、個人情報は訊かないとして。前はいつここに来たか解る?」
すると、ウサギは少しだけ口元に手を当て、それは個人情報に入らないですかね、とかぶつぶつ呟いた後に困ったように笑った。
「闘技場には滅多に来られないですね。報酬も、まとまってから受け取りに来られてます」
「……そうかー……。一応訊くけど、ここでそいつを見かけたら俺を呼び出してくれるシステムなんてものは」
「ないですね!」
「ですよねー」
そこでため息をつきつつ、考える。
そういや、黒いフードを被った魔術師? とかいう情報だけは知ってるけど、それ以外は全く解らない。アバターがどういう風貌をしているのかとか。もうちょっと、大天使に詳しく聞いておけばよかったか。
今の状態で外の世界で会ったなら、見分けはつかないわけだし。
しかし、そいつに会って、呪いだか何だか知らんが解いてもらうより、いっそのこと自分の畑のレベルを上げて、作れる薬を増やしてみる方が簡単か?
運が良ければ、呪いを解く薬が出来上がるかもしれない。まあ、無理かもしれないけど。
俺はアイテムボックスの中に、昔から溜め込んでいた植物成長促進剤がかなりの数があることを思い出す。ログインボーナスやらレベルアップボーナスやらで溜めたやつ。
よし、思い立ったら即行動。
というわけで、大広場を経由して、目ぼしい人影がないことを確認してから自分のホームに戻る。
で、薬草中心に植えては育て、植えては育てて。
アイテムボックスの中に、薬草の山を作りつつも畑のレベルが順調に上がった。レベルアップボーナスでまた植物成長促進剤をもらいつつ、植えられる薬草の種が増えたのも確認。
早速、新しい種をコインで買って、育てて収穫。
薬屋に移動して、薬のレシピを確認するといくつか新しいのが増えていた。
が。
『惚れ薬(小)』
『自白剤(小)』
『精力剤(大)』
全部違う。
しかし、出来上がったものが色々ヤバくないだろうか。
俺はカウンターテーブルの上に置いたその薬の瓶を見つめ、深いため息をこぼす。しかし、これは外の世界で売ったら金になりそうだな、と思ったのも事実。
薬草が足らず、それぞれ二本しかできていないが、とりあえずアイテムボックスの中に放り込んだ。
気が付けば随分と時間が経っている……と思ったら、急に薬屋のドアが開いてカオルが入ってきて疲れたように手を上げる。つい、俺も手を上げて返すと、彼はぐったりと椅子に座って俺を恨めし気に見つめてきた。
「アキラ」
「どうした」
「サクラちゃんがおかしい」
「いつものこと」
「真面目に俺の話聞いてー! にゃ!」
「にゃって言うな」
カオルはそこでテーブルに突っ伏して、俺より深いため息をこぼした。猫獣人は妙に潤んだ目で遠くを見ながら、ぼそぼそと続ける。
「二人きりになると身の危険を感じる。セクハラというか……まさか、猫の性感帯がどこにあるのか身をもって知ることになるとは」
「すまん、あんまり聞きたくないかも」
俺は微妙な気分になりつつ、カオルの姿から目をそらす。「でもまあ、自分のホームには鍵がかけられるから、そこに逃げれば安全じゃね?」
そう、自分の家に入れば、他人の入室を拒否する設定ができる。俺はフレンド登録している人間は無条件に入室可能にしてあるけども。
「んー……」
そこで、カオルは少しだけ悩んだようだった。でも、カオルは顔を上げて首を横に振った。
「まだしばらくは、アキラのところに入り浸っていい? 何かさ、一人になるのって怖くない? まだこっちの世界に慣れていないから、何かあったらって思うと不安になる」
確かに。
俺もその言葉に頷いた。
よくよく考えてみれば、俺が昨夜、あんなによく寝れたのもカオルとサクラが一緒だったからなのかもしれないし。
そう考えたら。
俺たちは三人でここに来てよかったと思う。他のユーザーがどんな状況でこの世界に呼ばれたのか知らないが、仲のいい友人がいなかったら心が折れそうになるかもしれない。
俺はそこでカウンターの中から出ると、カオルを手招きして自分の家へと向かった。カオルも俺の横に並んで小走り。その動きが可愛いのは否定できない。サクラが血迷うのも解る気がした。
そして、家の前で魔人アバターを発見。
「よう、セクハラ魔人」
俺がそうやって手を上げて挨拶すると、サクラは不満げにその秀麗な顔を歪ませた。俺の背後に猫獣人が隠れたのを見たからかもしれない。
「セクハラじゃないもん。愛情表現だもん」
「もんって言うな。その顔で」
「サクラちゃん、俺は今日、アキラにくっついて寝るから!」
俺の腰に抱き着いた状態で、カオルが警戒したようにそう叫ぶ。余計なことを言うな、サクラが怒るかも……と思った俺だったが。
「どうしてこの世界、スクショできないんだろう。お兄ちゃんとカオル君……百合百合しい光景なのに、それが後世に残せないなんて最悪……」
と、サクラが苦々し気に呟くのを見て、やっぱり変態は変態だった、と頭痛を覚えることになる。
でも。
その夜は猫獣人が俺に抱き着きながら寝たのだが、無防備に口を開けて寝ているカオルの尻尾が俺の足に絡みついて変な気分になって。
俺も少しだけ変態に近づいた気がした。
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