第22話 魔術文字
「呪い?」
俺は胡乱そうに相手を見つめただろう。彼が小さく苦笑したが、その瞳の中にも複雑な光があるのが解った。俺が思っていたよりは、脳内お花畑じゃなさそうだな、と思ったのはこの時だ。
だから、真面目に話を聞こうと思った。
「私が旅に出ようと思ったきっかけは、この身が呪われたからです」
ミカエルはそう言いながら、シャツのボタンに触れ、躊躇いがちに俺を見つめ直す。「とある……魔術師なのか何なのか、ある男に呪いをかけられました。その時から、私の腹の上には奇妙な魔術文字が浮かび上がっています」
「魔術文字?」
「はい。何かの封印魔術なのかもしれませんが、その文字を解読することはできませんし、消すこともできません。そしてそれ以降、私は治療魔術を使えなくなりました。その魔術文字に、私の能力が吸い取られていく感覚だけは感じます」
「治療魔術」
俺はただ、オウム返しに単語を繰り返すだけになっていた。
下手に何か訊くと、俺たちがこの世界について何も知らないということがバレてしまう。だから、静かに次の言葉を待つしかできない。
「あなたもご存知の通り、我々は成人の儀の際、神殿にて一つの加護を受けることができます。私の場合、水の精霊から加護をいただき、上級治療魔術を行うことができるようになりました」
――なるほど。
成人の儀とか加護とか解らんけど、とりあえずジャパニーズスマイルで誤魔化せ。曖昧に笑っていれば、後は相手が判断してくれる。
「凄いんですね」
俺が相槌代わりにそう言うと、彼は少しだけ照れたように口元を緩め、慌てて首を横に振った。
「でも、今は使えないので困っているのです。何とかその魔術師を探し出し、呪いを解いてもらおうとしているのですが見つからず……」
ミカエルが沈んだ表情でそう言った後、アルトが神妙な面持ちで口を開く。
「あなた様方に命を助けていただいた際、もしや呪いも……と思ったのですが、残念ながら魔術文字は消えていませんでした。呪いさえ解けてしまえば、ミカエル様は戦いでどんな大怪我を負ったとしても、すぐに回復することができます。しかし……」
蘇生薬でも呪いは解けなかった、わけか。
呪いを解く薬なんてのも合成できればいいんだろうが、今の俺にはできないし、これからも作れるかどうか不明だ。
やっぱりできないことはできないと伝えた方がいいだろう。
「残念ながら、わたしは」
と、口を開きかけるが。
「どんな呪いなのか、どういう魔術文字が浮かんでいるか、本当は実際に見ていただいた方が解りやすいのでしょうが、女性に……というのは」
ミカエルは困ったように笑いながらそう言って、そっとサクラに視線を投げた。サクラは「えっ」と自分の顔を指さして困惑する。それはそうだろう。サクラだって見た目はイケメン魔人だが、中身は女子高生である。何が嬉しくて男の腹など見たいものだろうか。
いや!
女だからこそ、見たいんじゃないか?
相手はイケメンなんだし、タダで見られるんだから儲けものだろ!
と、頭のどこかで思うものの、一応サクラは俺の妹である。兄として、どこの馬の骨とも解らん男の腹など見せたくない。それにもしかしたら、イケメンでも外国人だし、腹はギャランドゥーかもしれんし。
「……わたしには呪いを解くことはできないと思いますが、後学のために見せてください」
色々考えた後、俺はふとそう言ってみた。呪いは解けないとしても、知識はあっても困らない。
「しかし」
「大丈夫です」
「そう、ですか? 我が女神……」
「見慣れてますし」
「えっ」
「えっ!?」
ミカエルとアルトがそれぞれ驚愕の表情を作るので、とりあえず俺は手を軽く振りながら誤解を解く。
「いや、呪いのことじゃなくて、男の腹」
「やっぱりそっちですか!? 我が女神よ!」
ちょっとした混乱がミカエルの表情に見られたし、その後少しだけその場の空気が乱れたが、結局は大天使様がシャツのボタンを外すことになった。
で。
俺もサクラもカオルも、それぞれ微妙な表情になりつつそれを見た。そして、椅子から立ち上がって個室の角に集まり、男二人に聞こえないようにこそこそ話し合う。
「なあ、呪いをかけたのって」
「やっぱり、そうだよね」
「どうするにゃ?」
そう、ギャランドゥーではなかったし、がっちがちに鍛えた腹筋の上に色々文字が浮かび上がっていたのは確かだったけども。
『リア充死ね』
『粗品』
『ハゲ』
『モテなくなる呪い』
『ステータス低下』
とか、色々『日本語で』文字が書かれていた。しかも、油性マジックで書いたような、雑な文字である。『粗品』の下には矢印マークがついていて、明らかにミカエルのブツの方を指示しているという残念さ。
可哀そうに。
読めなくてよかったな。
俺は少しだけミカエルを同情するが、何故こうなった、という思いの方が強かった。
まあ、そんなことをやっていたら、可愛いウェイトレスさんが食事が運んできて、半裸のイケメンを見て顔を赤らめるという一幕もあった。慌ててミカエルはシャツのボタンを留め、その女性に謝罪の言葉を連ねていた。
まあ、イケメンがモテなくなる呪いは発動していないようで、ウェイトレスさんはミカエルの顔を見て恋に落ちたような顔をしていたけども。
うん、リア充は死ねばいいと思うよ。
その後、もう一度俺たちは椅子に座り直した。
アルトが話せるところだけ話します、と言って説明してくれたいきさつはこうである。
ミカエルというのは、とある国の騎士団をまとめていたのだという。どうも、治療魔術が行える騎士というのは、騎士団において重要なんだそうだ。
若く、婚約者もいない将来有望な騎士。しかも、明言はされていないが彼はその国の王子のはず。色々な女性からきゃーきゃー言われていたというが、それは何となく想像ができる。
そんな時、魔物討伐で戦った際にどこかのギルドメンバーと共闘した。
しかし、そのギルドのメンバーの中にいた若い女戦士が、ミカエルに興味を持ったとかでトラブルが起きたんだという。
女をめぐってのトラブル。
なるほど、これも予想の範囲内だ。
そこで、黒いフードを被った魔術師が、ミカエルに喧嘩を売ってきた。その魔術師はその女戦士に付きまとっていたとかで、彼女には迷惑がられていたらしい。ストーカー魔術師から守ってほしいというアピールも女戦士からされたらしいが、ミカエルは魔物討伐に集中していたので、それどころではない。
できるだけ自分で何とかして欲しいと頼んでいると、ギルドメンバーたちの仲間割れが酷くなり、仕方なく仲裁に入ったら呪いの魔術をかけられたのだそうだ。
何そのとばっちり。
騎士団にいた魔術師ではその呪いを跳ねのけることもできず、気が付いたら治療魔法もできなくなっていたミカエルは、その魔物討伐において期待されていた力を使えなかった。
いつの間にか魔術師は女戦士と仲違いしてその場から姿を消し、その後もずっと行方不明。
魔物討伐が終わってから呪いを解こうと色々やったものの、成果は出ず。
そして、ミカエルは魔術師を探す旅に出ることにしたんだとか。
アルトはといえば。ここも明言は避けていたが、王子である彼の側近だったんだろうと思われる。主を守れなかったことに責任を感じて一緒についていくことにしたようだ。
色々大変だなあ、と思う。
でも、あの日本語を見てちょっと安心したのは、そのフードを被った魔術師とやらも、きっとログインボーナス目当てにマチルダ・シティの自分のホームに戻るだろう。そうすれば、遅かれ早かれ見つけることができるんじゃないか。
それを掴まえて、呪いを解けと言ってやれば――。
って、こちら側の人間にかけた必殺技は解除できるんだろうか。
そういえば、ガチャから出る必殺技で、状態異常解除みたいなやつもあった気がする。俺たちは持っていないけど、他に誰か持っていれば、その魔術師じゃなくても解除できるのでは?
とりあえず、エルフの凛さんとかに期待しておくか、と心の中で呟いておく。
「何か情報がありましたら、お伝えします」
俺はやがて彼にそう言う。ミカエルもアルトも、当分はユルハの街でギルドの依頼を受け、金を稼ぐつもりでいるらしい。だったら、掴まえるのも簡単だろうと思ってそう告げたのだが、ミカエルはあからさまに落ち込んだ。
「我が女神よ、一緒に私も行動させていただけませんか。私はあなたをお守りしたいのです。このまま神殿にいって、剣を捧げる儀式をしてもいい。私はあなただけの騎士になりたい」
「駄目です」
「しかし、我が女神! あなたは一目惚れというのを」
「信じません」
「何ということだ」
そんな感じで色々言い合った後、食事を終えて俺たちはその場を後にした。買い物をする予定だと言ったら、ミカエルが嬉しそうについてこようとしたので、慌てて断っておく。さすが犬属性。見えない尻尾がだらんと垂れるのが見えた気がするが、俺は犬を飼うつもりはない。
それに、これが一番重要だが。
男の恋人は作るつもりはない!
男の恋人は作るつもりはないのだ!
そして、別れ際に膝の上にあったハンカチをミカエルに返そうとしたら、断られた。
「では、次回会った時に返してください。少なくとも、次回があると望みができますから」
と、切なそうにいうミカエルは――やめろ、そんな目で見るな。
まあ、何だかんだ言って、ミカエルもアルトも悪い人間ではないのは確かだ。力になってやりたいのも事実だが、後々のためにも節度のある距離は保っておきたい。
そんなことを考えながら、ユルハの街の中を歩く。やっぱり獣人は目立つようで、時々通りがかる人間の視線がこちらに向くが気にしない。
差しあたっては、カオルがずっと持ち歩いている魔石を入れるバッグも欲しいし、色々な店を見て歩きたかった。そして、とある店でランドセルに似た茶色い革のカバンを見つけ、テンション上がっているとカオルは笑った。
「アキラって、ぶれないなあ」
「え? 何が? 海外にはランドセル背負ってギター弾くおっさんもいるんだぜ? カオルの方が似合うから買ってやるよ、さっきのお礼の金で!」
「いや、そうじゃなくてさ」
小さな猫獣人は、ふにゃりと笑って続けた。「困ってる人を見かけると、助けたくなる性分っていうのかな。そういうの、俺は凄いなって思う」
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