第21話 呪いを解く手段

 金髪と目を合わせるのが怖かったから、俺は他の人たちと一緒に歩き続ける。

 しかし金髪は諦めず、俺の右隣にやってくる。

「お礼をさせていただきたいのですが」

「いえ、お構いなく」

 俺の素っ気ない声が必要以上に彼を攻撃したのか、明らかに落ち込んだ空気が漂ってくる。やめてくれないだろうか、何故か俺が悪いことをしたような気分になる。

「何かその、お気に障るようなことをしてしまったでしょうか」

 その沈んだ声に、思わず横目で彼の様子を窺うと、叱られた大型犬みたいな姿が目に入る。高貴そうな大型犬――サルーキみたいな感じか?

「いいえ、その」

 本当にやめてくれないだろうか!

 動物は愛情を持って接するべき、という俺の信条に反するから!


「……すみません、何と言うか、男性が苦手なので」

 俺が何とか引きつった笑みを浮かべつつ、そう言葉を絞り出すと、彼は悲し気な瞳のまま微笑んだ。

 ああ、やっぱり俺には無理だ!

 うちの広報担当、何とかしてくれ!

 と、少し後ろを歩く妹を見れば、意味深な笑みを浮かべつつ俺たちを見つめていた。肉体は変わっても、見覚えがある表情というか、何か妄想している時の瞳である。しかも、その唇がゆっくりと動く。

 その動きを追うと、『ガ・ン・バ!』と言っているのだろうと見て取って、俺は頭を抱えた。

 やっぱりこっちも駄目だった!


 何とも微妙な空気のまま、俺たちは森を抜けて大きな村の入り口にまでやってきた。

 ここがユルハ。

 初めの村、アルミラとは比べ物にならないほど大きな集落だ。夜には扉で閉められてしまうだろう大きな門、村を守る石造りの塀。行商人らしき人間が馬車で出入りし、冒険者らしき人間が武器を背負って歩く。

 村の中に入れば、大通りにはたくさんの商店が立ち並び、買い物客の姿も多い。どこからか音楽も流れてきている、と思ったら、村の広場では旅の楽団が演奏を披露して、観客によって小さな銅貨が彼らの前に少しずつ置かれていく。

 俺も音楽とかできれば、ああいうふうに金が稼げるのに、と残念に思う。

 こちらの世界での通貨はまだ持っていないのだ。これも何とかしなくてはならない。


 マドッグが俺たちを案内するように前を歩き、大きな建物へと案内する。レンガを積み上げた二階建て、余計な飾りなどない武骨な外見。

 出入りする誰もが剣や斧、槍といった武器を持っている。玄関辺りで立ち話をしていた背の高い男たちが、こちらに気づいて驚いたように目を見開いた。

「マドッグ! 死んだって聞いていたぞ!?」

 一人の大男がマドッグに駆け寄り、無事を確認するためなのか、ばしばしとマドッグの肩やら腰やらを叩く。マドッグは大げさに肩を竦め、わざと大きな声で応える。

「死んだことにした方が都合がよかったんだろうな、先に帰ってきた奴は!」


 そして、例の作り話が真実として語られることになったのだ。

 俺たちという生き証人の説明と共に。


 その結果、いい感じにまとまった。

 色々説明しているうちに、ギルドの長とやらが建物の広間に姿を見せ、こちらの話を真剣に聞いてくれた。白髪頭で年配であったが、長と呼ぶに相応しい……というか、どこかのヤクザですかと言いたくなるほど顔立ちは恐ろしく、その頬には剣によるものなのか、大きな傷のある男だ。

 その彼は、一通り話を聞き終わると無言のまま怒気らしい気配を放ち始めている。これ、絶対に怒らせてはいけないやつ、と直感で解る。


 どうやら一足先に、馬車は貴族の家へと送り届けられ、報酬は先に帰ってきた人間に支払いの手続きが進められてしまっていたようだった。その手続きはすぐさま中止され、救助しなくてはならない怪我人を放置したということで罰則が与えられることになったらしい。

 余所者であるミカエルとアルトにも、ギルドの長が直々に頭を下げ、謝罪した。責任を持って、二人(と、マドッグ他)を見捨てた者たちにペナルティを与えるとも約束したが。

「幻覚を見ていたようなので、仕方ない部分はあるかもしれませんが」

 と、ミカエルは王子様スマイルでそう言って、無難な収束を求めた。いつかこの村を離れる自分たちよりも、住んでいる人間を大切にして欲しい、と。そのため、ギルド長は余所者二人の配慮にさらに感謝して頭を下げることになる。


「それと、お客人」

 やがて、ギルド長は俺たちに穏やかな、それでいて鋭い目を向けた。「マドッグたちの怪我を治すために、治療薬を使っていただいたとのこと。かなりの重傷だという話でしたが」

 どんな薬なのかと探りを入れてこられそうだったので、うちの広報担当が魅力溢れる笑顔と共に先制攻撃。

「そうなのです。体力値の高い獣人が死にそうな大怪我でも治るという、とても高価な治療薬です。我々も苦労して手に入れましたが、全て使い果たしてしまいました」

 心から残念そうに眉尻を下げるサクラに対して、ギルド長も見事にあっさり納得してくれた。すげえな、うちの魔人の魅了技。

「一部の獣人が持ってる薬だけど、薬草も滅多に取れないし、高価すぎて出回らないにゃ」

 カオルも可愛らしいポーズでとどめを刺し、それ以上の追撃を許さない。ギルド長も諦めたようで、やがて金庫から出してきたらしいお金を袋に詰め、謝礼として出してきた。

「余裕があれば買い取りたかったのですが、残念です。とはいえ、我々のギルドメンバーの命を助けていただいたこと、感謝してもしきれません。これはお礼と……それに、またその薬が手に入りましたら、情報だけでも教えてください」

 サクラが困惑したように笑う。

「お約束はできませんよ?」

「かまいません」

 にこりと笑うギルド長の圧を感じつつ、俺たちはその場を後にすることになった。


「お腹空いたにゃ!」

 ギルドの建物から出て、カオルがユルハの街の中を見回した。疲れたと言わんばかりに両手を上げ、猫らしい伸びを見せる。

 確かに、俺も妙に疲れを感じている。というか、俺には日差しが強すぎる。曇りだったら、もっと楽に動けるだろうに、と少しだけ顔を顰めた。

「どこかでご飯食べる?」

 サクラも俺にそう声をかけてきたが――。


「食事をご馳走させてください」

 と、ギルドの入り口から声が飛んできた。キラキラした微笑みと共に、大天使ミカエルさんが優雅な足取りでこちらにやってくる。何だかんだとギルド長との会話は長かったが、その合間に彼はぼろぼろだった服から綺麗なものへと着替えている。

 身なりを整えてしまえば、さらにその眉目秀麗さは目立つ。だからか、辺りに通りすがる人たちがこちらを見た。こちらには魅力最大値の魔人もいるし、視線の主は若い女性が多い。

「いえ、お気遣いなく」

 サクラがそう断ろうとするが、迷いなく彼は俺の前に歩み寄り、いかにも貴族っぽい動きで頭を下げた。しかし、ゆっくりとその顔を上げた時、彼は笑みを消して囁いた。

「一度は失ったこの命、次はあなたのために捧げたいと言ったら笑われますか?」

 笑いたいけど笑えない雰囲気。


 そしてさらに、俺たちの前にアルトも姿を見せた。こちらも、きっちりとした襟の服装に着替え、いかにもミカエルの秘書然としたイケメンに変身していた。

 彼はミカエル以上に緊張した目でこちらを見つめている。

「……ミカエル様の怪我は致命傷でした。いえ、間に合いませんでした」


 まあ、何が言いたいかは解るよな。


 誤魔化せると信じたかったが、彼らはあの『治療薬』が単なる治療薬ではないと気づいた、ということだ。


 ミカエルが案内してくれた食事処は、ユルハでもちょっとお高めの店なんだろう。建物の造りが他のところよりも繊細だったし、壁紙も床に敷かれている絨毯も質のいいものだった。

 テーブルや椅子もシンプルながらしっかりとした造りで、客層も高価そうな服に身を包んだ人たちばかりだ。

 しかも、案内されたところが個室ともなれば、身構えるのも当然だと言えた。


「誤魔化したかったのに、俺の可愛いポーズでは効かなかったにゃ」

 カオルがそう言って肩を落としていたが、それを慰めるサクラの言葉が、「ロリコンじゃなかったんじゃない?」というのはどうかと思われる。


「何か食べたいものはありますか? 肉も魚も、そして酒も、この店はいいものが出ます」

 俺が椅子に座ろうとすると、紳士らしく椅子を引いてくれる大天使様。それに、短い俺のスカートを気遣ってか、ポケットから出したハンカチを俺の膝の上に乗せるというサービス付き。

 しかし、その王子様スマイルの裏にはちょっとだけ不穏な響きも感じ取れるのが困ったものだ。

「おすすめがあればそれで構いません」

 俺がにこりと笑って言うと、大天使とその部下は店員を呼んで色々と注文を済ませてくれた。そして、個室の扉が閉められて、俺たちだけになるとミカエルはじっと俺を見つめて微笑んだ。

「死者を蘇らせる薬というものが存在するとは聞いたことがありません。だからこそ、私はあなたを女神と呼びたいのです。あなたは神の使徒、特別な存在なのではないでしょうか」

「違いますね」

 俺は慌ててそう否定したが、すぐにミカエルは軽く首を横に振った。

「身分を隠すという意味では、同じ立場です。どうか、少しだけでもいいのです、話を聞いていただけないでしょうか」


 ヤバいなあ、と思った。

 この流れ、彼が自分の秘密を口にする予感がする。

 そして案の定である。


「我が女神よ、あなたは呪いを解く手段に心当たりがないでしょうか?」

 ミカエルは不安と期待にその瞳を輝かせながら、自分の胸に手を当ててそう続けたのだった。

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