第15話 行き当たりばったりでも上手くいく
「あ、これ美味い」
マチルダ・シティの扉の外に出て、俺たちはアイテムボックスから取り出したお菓子を食べながら歩いている。オルガからもらった焼き菓子である。クルミみたいなナッツが入ったマドレーヌみたいな感じだろうか。
「お礼言わなきゃね」
サクラがそう言ったすぐ横で、カオルが幸せそうな顔でもぐもぐと口を動かしている。平和そうな光景で何より。
「とりあえず、さっさと移動するか。今日は、魔女だか何だかのところまで足を延ばしてみたいし」
俺がそう言って辺りを見回しながら、静かな森を見つめた。頭上の空は青く、鳥の鳴き声も平穏さを示している。魔物がいる世界とは思えないほどに。
「……もう、倒してくれたのですか」
村長は俺が差し出した魔石を見るなり、ぽかんと口を開けた。「あの、湧き水のところに出る魔物、ですよね?」
「ええ、そこで倒しました。黒い蛇みたいな毛皮の魔物ですね」
そう返したのはサクラだ。見た目で言えば、俺たち三人の中で一番強そうに見えるサクラが前に出るのは当然とも言えた。
「ああ、そうです、そうです! ありがとうございます!」
そこで、我に返ったような村長が、慌てたように辺りを見回し、家の中に入るよう促してくる。玄関先のやり取りであることすら忘れていたらしく、お茶でも、と言ってくれた。
「あらあらあら、いらっしゃい!」
その気配に気づいたらしい奥さん――オルガも、俺たちの姿を見て嬉しそうに顔を覗かせ、お茶の用意のために奥に引っ込んだ。
また昨日通されたリビングへいき、ソファに座ってすぐに、オルガがこの村特産のお茶を持ってきてくれる。その時、お菓子が美味しかったことを伝えると、嬉しそうに笑ってくれる。やっぱり、こういうのを見ていると彼らがゲームの世界の人工物とは思えないのだ。
そして、お茶を飲んでちょっと一息つくと、村長が口を開いた。
「本当にありがとうございました。魔物がここのところ力をつけてきているので、とても心配だったのです」
「そうなんですか? 森の中を通ってきたのですが、とても平和そうに見えましたが」
つい、俺が今日の森の様子を思い返しながらそう返すと、彼は眉根を寄せて「この辺りはまだそうですね」と苦笑した。どことなく歯切れの悪い口調だな、と俺が目を細めていると、サクラも俺と同じように感じたらしく、疑問を口にした。
「ということは、他の村などではもっと危険とか?」
「……ええ、まあ……」
そこで、村長の隣に座ったオルガが目をキラキラさせながら笑うのだ。
「でも、こんな旅人さんがいるなら安心じゃないかしら! ほら、わたしも前から言ってたでしょ? 獣人さんだって魔物と戦ってくれるんだって! しかも、こんな幼い子まで!」
「解った解った」
村長は呆れたようにオルガを見て、何か言いかけたもののすぐにため息をつき、こう続けた。「焼き菓子を気に入ってくれたらしいから、また作ってもらえるか? 何かすぐに渡せそうなものがあるかい?」
「焼き菓子なら簡単よ! 混ぜて焼くだけだからね、ちょっと待ってて!」
「いいえ、おかまいなく!」
「いや、こちらとしても魔物を倒していただいたのですからお礼がしたいのです」
サクラはいかにも日本人らしく遠慮しようとしたが、村長の口調ははっきりとしていて、やっぱり受け入れる形になってしまった。オルガはいそいそとソファから立ち上がり、リビングを出ていく。
そこで、村長の顔を見ると――ああ、オルガに聞かせたくない話があるんだろうな、と予想のつく表情をしていた。
「お察しの通り……妻はどうも、人間以外の存在にも好意的で危機感が薄いのです」
「そうですね。うちのカオルにも優しくしてくださいますよね」
そうサクラが話の先を促すと、村長は申し訳なさそうにカオルを見た後、思い切ったように俺たちの顔を見回した。カオルは演技なのだろうか、無邪気に首を傾げて見せている。敵意など全くありません、という子供っぽい顔だ。だから村長も安心したんだろうと思う。
「実は……少し前から、色々問題が起きているのです。魔物が酷く凶暴化していて、小さな村から襲っているという情報が入ってきています」
「小さな村?」
そこで俺たちはそっと顔を見合わせる。厭な予感というものは当たるもので、村長は頷いて見せた。
「ここから随分離れた村なのですがね、一晩で壊滅的な被害を受けたと聞いています」
ここから離れた村。
凛さんとシロさんが言っていた……ええと、女の子みたいな名前の村。名前は何だっけ、ミヨコとかサチコとか……。
「ヨウコという村なのですがね。私もそちらの村の長とは交流がありました。しかし、その村を襲った魔物は……どうも、今までの魔物よりも穢れているというんでしょうか、毒素をまき散らしたようでして。畑も水場もとても使い物にならないといって、全ての人間がその村から出て行ってしまったのだと聞きます」
そうだ、ヨウコだって言ってた。
その村のほとんどの人間が出て行った? だからマチルダ・シティから出てくるときのマップから消えた? もう村という形態が崩れてしまったから。そういうことだろうか。
「お亡くなりになった方とかは?」
俺が思わず身を乗り出しながらそう訊くと、村長は安心させるように微笑んでくれた。
「運よく、皆が逃げられたようです。ただ、魔物が……餌となる人間がいなくなったので、おそらくは近々こちらにもくるのではないかと心配していたところ、今回の水場の件です。ヨウコの長から聞いていた魔物が蛇のような毛皮をしていたと言っていたので、同じ魔物じゃないかと私は疑っています」
同じ魔物。
つい、俺は考えてしまった。
クエストの依頼の期限が二日、ってあったな、と。
もしかしたら、二日以内にあの魔物を倒せなかったら、あの湧き水があった場所は魔物によって穢されていたのかも、と。水が汚染されたら、やはりその周りではまともな生活が送れないだろう。
そうしたら、この村もいずれ――人間が住めなくなっていたのかもしれない。
「間に合ってよかったです」
サクラが神妙な面持ちでそう言うと、村長も笑顔で頷いて。
「……まあ、もしも良ければ、なのですが」
と悩んだ様子を見せつつ、彼は提案を口にした。「もしかしたらあなた方は、昨夜、野宿されたのでしょうか? それでもし、あなた方がこの近辺で魔物を退治されることをお考えでしたら、この村には空き家もございます。移動が大変でしょうし、そちらはいつでも使っていただいて結構です。むしろ、こちらからお願いしたいというか」
「え、いいのですか?」
サクラがそう確認すると、村長は気の良さそうな笑みを返してくれる。
「はい、ぜひ。何しろ、こんな辺境の村には魔物を倒せるほどの人間はいませんし、どこかのギルドに依頼しても、充分な謝礼も出せません。また近くを通る時など、気が向かれた時でもお声をおかけください。寝床と食事は用意しますから」
「ありがとうございます。宿代と食費が浮くだけでも助かります」
サクラの嫣然とした笑みに、村長は照れたように頭を掻いた。
「このくらいしかできずに申し訳ないくらいです。ですから、魔物から採取できるその魔石はどうぞ、そのままお持ちください。大きな街には商業者ギルドがあり、そこで高価で買い取ってくれるはずです」
「ありがとうございます」
そして俺たちは、またオルガにお菓子のお土産をもらって村長の家を後にした。
少し複雑に感じたのは、村長は俺とサクラが人間であることを疑っていないということだ。やっぱり村長の目は、カオルに対する疑念を完全に払拭できていないような輝きがあったし、他の人間も少なからずそうなんだろう。オルガのように好意的なのがイレギュラーなのだ。
だから、下手にこのまま関わり続けているのも、心苦しい感じはした。
それでも、俺たちの目の前にはクエストクリアのマークがついていた。このまま、獣人に対する偏見の目とか、消えてくれたら――と思う。そうすれば、俺たちも何の気兼ねもなく、素の能力を彼らの前で披露できるのに。
「森の北の方って言ってたよね!」
鬱蒼と茂る森の中を走りながら、サクラが叫ぶ。「こんな、適当に走ってて目的地に着くと思う!?」
俺たちの気配に気づき、木の枝にとまっていた鳥が逃げていくのも目の端に捉えつつ、俺も叫び返す。
「何とかなるだろ!」
「いつも思うけど、お兄ちゃんって行き当たりばったり!」
そこで、猫というよりも猿か、と思えるくらいの身軽な動きで、飛ぶように移動するカオルが叫んだ。
「でも、それでいつも上手くいくのがアキラ! すげえ!」
「もっと褒めろ! っていうか、上の方から何か見えないか!?」
「ちょっと待つにゃ!」
と、カオルがガガッ、と爪を大木の幹に突き立てながら、あっという間に上へと昇って叫んだ。「このまままっすぐ進んだところに、何だあれ、ツリーハウスっていうやつ? あるぜ!」
「マジか!」
そう、行き当たりばったりでも上手くいくのが俺たち。
そしてあっという間に、誰かが住んでいそうなツリーハウスの前に到着したのだった。多分ここが、村長が言っていた魔女の家だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます