第16話 魅力、幸運、飢餓耐性?

「ツリーハウスって、男のロマンだよなあ」

 俺はぼんやりとそんなことを呟いた。

 目の前にある木は、元の世界でも滅多に見られない――というか、映画の世界でしか見られないだろう大木だった。木の幹の太さだけで、何百年どころか何千年も育ってきたんだろうかと思えるくらいに太い。

 その樹上の枝が開いたところに、こじゃれたログハウスのような家がある。木の壁には青々とした蔦や丸みを帯びた葉っぱが絡みつき、なかなかの風情を感じさせてくれた。


「しかし、普通、どこから登るんだろうね」

 サクラが上へ登るための足をかける場所のなさそうな木の幹に手を伸ばし、ニヤリと笑う。「まあ、わたしたちには無意味だけど。ちょっとジャンプすれば」

 すると、頭上から呆れたような声が降ってきた。少しだけ掠れたような、クールな響きのする落ち着いた女性の声だった。

「勝手に入らないでもらえるかしらね。ここにはわたしが許した相手しか入れないことにしてるから」

 見上げた先にいるのは、開いたツリーハウスの扉のところで、燃えるように赤い髪の毛を掻き上げている女性だ。

 おそらく、年齢は三十代前半、といったところだろうか。痩せてはいるが、女性らしい丸みを帯びた魅力的な美女でもあった。シンプルな黒いドレスに身を包み、アクセサリーは赤い石のついたネックレスのみ。

「あなたが未来が見えるという魔女ですか」

 俺がそう問いかけると、いきなり彼女の身体が目の前に降りてきた。

 まるで、背中に羽根でも生えているんだろうかというくらい、優雅でゆっくりとした動き。降り立った足音すらしない。

 そして彼女は無言のまま、軽く右手を上げた。

 その途端、ただの草むらだった地面の上に、白いテーブルクロスのかかったテーブルと、木の椅子が四つ姿を見せていた。

「あ、凄い」

 サクラが感心したようにそう言うと、その魔女は俺たちに椅子に座るよう身振りで示してきた。

 気づけば黄金色の輝きを放つお茶まで用意されている。

 俺はつい、さっきオルガからもらった焼き菓子の入った袋を彼女に差し出していた。


「わたしはクリスタ」

 魔女はお茶のカップに口をつけた後、ふっと笑いながらそう名乗る。だから俺たちも余計なことは言わず、名前だけ名乗っておくことにする。

 それに、未来が見える魔女というのが本当なら、何も説明せずともこちらのことは解るだろうと期待した――というか、テストしたわけだ。

「このお菓子、美味しいわね。ありがとう」

 魔女は俺のそんな考えを見抜いているのかいないのか、オルガの焼き菓子に舌鼓を打ち、平和な森の空気とお茶を楽しんでいるように見えた。少なくとも、俺たちに対して警戒はしていないようだ。


「何故、あなたみたいな綺麗な人がこんな森の奥に住んでいるんですか?」

 ナチュラルに誉め言葉を織り込んだ言葉を口にするのは、やっぱりうちの広報担当、サクラである。イケメンに綺麗な人と言われて厭な気分になる人間はいないだろう。

 しかし、魔女――クリスタは眉間に皺を寄せた。

「ちょっと、やめてくれないかしら。あなた、魅力最大値を超えてるでしょう? ほんの僅かな言葉で、相手を虜にする能力持ちよね」

「え? 最大値?」

 サクラが困惑しつつ、じっとクリスタを見つめる。俺とカオルも、お茶を飲みつつ首を傾げる。

 すると、クリスタはテーブルに頬杖を突きながら意味深に微笑んだ。

「こちらの世界ではね、大抵の人間が持って生まれた『能力』を持っているの。神様が適当に分け与えたものね」

「適当に……」

「それが、美形さん、あなたにもある。あなたの場合、周りの人間を有無を言わせず自分の虜にする魅了持ち、といった感じかしら」

「有無を言わせず……」

 サクラはそう言って、酷く真剣な顔で何か考え込んでしまった。

 そして、ふと辺りを見回し、俺の顔の上で視線を留めた。


「ってことは、異世界に転生した人間の野望でもあるハーレムが簡単に作れるということでもある? それこそ、下は幼女から上はおばあちゃんまで、より取り見取りの素晴らしい世界が」

「おばあちゃんはやめとけ」

 俺が額に手を置いて突っ込みを入れると、カオルもちょっとドン引きした様子で小声で言うのだ。

「ハーレムかあ、それって……単なる浮気者というよなー……」

「いや、安心して!」

 そこで、サクラは椅子から立ち上がり、カオルの猫獣人の手をがしっと掴み、熱っぽい視線を向けながら大声で叫んだ。「一番はカオル君だから!」

「はあ?」

「信用できない、にゃ!」

「にゃって言うな」

「でも、世界で一番可愛いと思うのは、カオル君だけだから! この気持ちに嘘はないから!」


 ……あれ?


 違和感を覚えたのはこの時だ。

 サクラとカオルの位置が近すぎないだろうか。

 カオルは俺の友人であり幼馴染でもある。でもそれはサクラもそうだった。俺たちは子供の時から三人で遊ぶことが多かったし、間違いなく『友人関係』だったと思う。

 だが。

 どうも、サクラとカオルの目には、それ以外の何かを感じたような気がした。


「まさかとは思うが」

 俺は恐る恐る、サクラに問う。「お前たちって、まさか、だよな? 恋人とか……その」

 サクラはカオルの手を握ったまま、真剣な目を俺に向ける。

「そのまさかにしたい今日この頃」

「信用できない今日この頃、にゃ」

 カオルも真剣な目を俺に向ける。やめろ。

「っていうか、いつからそんな関係になった。全くそんな空気なかったろ」

「夕べ、ベッドの上で」

「抱きしめられて口説かれたにゃ」


 夕べって、えええええ?

 お前ら、ベッドの上で何やってんの!?

 っていうか、俺が寝ている横でナニしてた!?

 そんなことのために一緒に寝ていいなんて許可してないからな!?


「だって、ふわふわなんだよ!? こんな巨大な猫がいたら口説くでしょ!?」

「うるさいわ、ボケぇ!」

「しかも、身体は幼女だよ!? こっちは魔人アバターで、腕力だけなら絶対男であるわたしが有利!」

「何する気だ!」

「大丈夫、合意の上でするから!」


 ――駄目だこりゃ。

 頭の中がとんでもないことになっていそうなサクラを目の前に、俺はテーブルに顔を突っ伏したい気分になっていた。

 変態だと思っていたが、やっぱり変態だった。そう考えたら、もう――。


「それに、あなたは幸運持ちね。それも、こちらも最大値」

 俺たちの混乱など気にした様子もなく、魔女は淡々とそう言葉を続ける。ぐったりしつつ視線をそちらに向けると、クリスタの美しい瞳は俺に向けられていた。

 淡い茶色の瞳だが、その中に不思議な光が瞬いている。魔法なのか魔術なのか解らないが、何らかの力がそこに働いているんだろう、と直感で解った。


「幸運って、俺ですか」

 俺、それともこのアバターだから『わたし』って言った方がいいかな、と思ったが、疲れ果てているのでもうどうでもいい。

「そう。あなた、昔から『そう』でしょ? あなたには極端な悪いことなど降りかからない。自然と幸せがその手の中に転がり込んでくる。危険なものは簡単に察知して、無意識に避けていく。あなたに関わる人間も、その幸運のおすそ分けがあるのよ。だから、あなたに敵意を持つ人間も……いつしか消えていくの」

「そう……だったかもしれません」


 考え直してみれば、今まで俺は特に苦労したことがない。

 厄介な状況になりそうな時も、周りの人間は自然と俺の味方になってくれて、協力してくれた。

 それに、幸運といえば、確かに自分でも驚くほどガチャ運は強かったし――。


「あなたはこっちの世界に来てから、その幸運の値も随分と高くなったの。それこそ、怖いものなんて何もないくらいに」

 クリスタがそう続けて、やっぱり彼女は俺たちが異世界からやってきた人間だと気づいているのだと確信した。

 こっちの世界、と口にしたからだ。

「それは結構危険な力でね。あなたのおこぼれに預かろうと狙ってくる人間も出てくると思う。この世界において、幸運持ちというのはとても重要な立場なの。戦においても、味方に一人いれば勝利を約束されたも同じ。あなたの人格なんてどうでもよくて、いるだけでいいのよ」

「いるだけで……」

 俺が何て応えるべきか悩んでいると、彼女の視線はカオルへと向けられた。

 猫獣人がサクラの手を振り払おうと四苦八苦しているのを見つつ、クリスタは少しだけその顔を困ったように歪めた。


「……あなたの場合は、ちょっと特殊ね。色々と重なってる」

「何のことですかにゃ」

 そこで、やっとサクラの手を振り払い、唇を尖らせてサクラを睨んだ後、お茶のカップを手に取ってとぼけたような顔をするカオル。

 彼がお茶を飲んで落ち着くのを待ってから、魔女はため息をこぼした。


「あなたには、色々能力があるの。自衛のためなのかもしれないし、獣人としての肉体的なものと言えるかもしれない。めぼしいところを言うとしたら、飢餓や痛みに対する耐性持ち、精神攻撃にも強い、普通の人間では耐えられないくらいの孤独も、あなたにとっては無害に近い。他人に与えるものとしては、自分を庇護対象と認識させることができること。つまり、あなたを守りたいと感じる人間が多くなるわ」

「それはつまり……」

 と、カオルの顔色が少しだけ悪くなったように思えた。

 不安そうに魔女を見つめたカオルは、恐る恐るサクラに目をやった。それから、俺にも。


 それは、懸念。

 疑念。

 不安。

 色々な感情。

 サクラはそれを受けて、慌てたように何か言おうと口を開いた。

 しかしその前に、クリスタは苦笑してカオルの心配を吹き飛ばした。


「ああ、あなたたちの間には関係ないわね。昔から、あなたはその二人から色々分けてもらってきたでしょう? それはただ、純粋な優しさだったはずよ。あなたが持っている能力など関係なくて、あなたを大切にしたいという感情に嘘はなかった。少なくとも、咲良さんと秋良さんはそうね」

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