第13話 七夕
今日は七夕である。城之内含む女子グループが教室を七夕飾りで飾り付けていた。この高校の制服の赤いセーラー服が、咲き誇る薔薇のように一堂に会している。そこには慈美子も混ざっていた。
しかし、指揮を執っているのは出しゃばりの城之内である。
「さぁ!皆様!あとは短冊に願い事を書いて吊るすだけですの!」
「何を書こうかしらぁ!城之内さんはもう願い事決めたの?」
三バカトリオの1人が、城之内に質問した。城之内は当然だと言わんばかりの自信に満ちた顔で、自分が書いた短冊を見せつけた。その短冊の枚数は30枚以上にも上る。
「これがわたくしの願いですわ!」
短冊には「不老不死に成れますように 競子」「わたくしの美髪と美貌が永遠に失われませんように 競子」「世界一長い髪の人間になれますように 競子」などと書かれていた。その数の多さに慈美子は子どもの日の柏餅を独り占めにする悪ガキをみるような目で呆れていた。
「こんなに書くなんて、まったく欲張りねえ」
慈美子の何気ない言葉に、城之内はムキになって反論する。城之内はまるで自分の弁護をする弁護士である。
「あ~ら。七夕の願い事は願って良い数は別段と決められてませんのよ~?ご存じありません?いくつでも願って良いのでしたら、沢山願いを込めようと思うのは当然じゃありませんこと?」
「それが欲深いって言ってるんじゃない!願い事は普通1つに絞って願いを込めるべきでしょう?」
慈美子は敏腕検事のように城之内を問い詰める。しかし、城之内は全く動じていない。まるで居直り強盗のように堂々としている。
「あ~ら。でしたら、地味子さんは1枚で良いのね!」
城之内は真っ白い短冊を慈美子に1枚だけ投げ渡した。慈美子はヒラヒラ舞う短冊をキャッチャーのようにしっかりキャッチした。
しかし、慈美子はとても不満そうな表情だ。
「私は真っ赤な短冊の方が良いのだけれど…」
「あ~らぁ!あなたには淡白な真っ白い短冊の方がお似合いですわよ~あなたみたいに地味で!」
城之内は嫌味を言い、慈美子に赤い短冊を渡さなかった。仕方がないので地味子は白い短冊に願い事を書く事にした。
城之内は厭味ったらしく「ほほほほほ」と上品な笑い声を挙げた。
「あなたはその1枚だけで良いんですのよね?わたくしはさらに3~4枚書かせて頂きますわ!」
「ええ、1枚だけで十分よ!」
(そう。1枚だけで…、ね…!)
慈美子はこの1枚の短冊に特別な思いを込めて書いた。そして、誰にも見られないように抜き足差し足忍び足で短冊を吊るした。
短冊をこっそり吊るし終えると、城之内がそれに気が付いてしまった。
「地味子さん。あなたはなんて願いを書いたんですの?」
「ひみつよ!ひ・み・つ!!」
慈美子はそういうと自慢の長い三つ編みを掻き揚げ、逃げるように去って行った。この願いは城之内にだけは見られたくない。そして、慈美子は他のクラスの七夕の他の飾りつけの手伝いを始めた。一方、城之内は自分の短冊に願いを書くのに夢中である。
そして、放課後。今日は校内で七夕のイベントがあるのである。そのため、殆どの学生は帰らずに校内に残っていた。勿論、慈美子と関都もである。
誰も居ない教室にぽつんと佇んでいる慈美子に関都が呼びかける。
「慈美子!1人で教室に残って何をやっているんだ?早く七夕祭りの会場に行こうぜ。他の皆はもうとっくに行ってしまったぞ!」
七夕祭りの会場は体育館である。他の学生たちはもうとっくに体育館に集合していた。しかし、慈美子には別の目的がある。
「短冊をみてたの…。色んな願い事があるなぁと思って…」
慈美子は短冊が吊るされた竹のうちの1本を指さした。関都もその竹をパンダのように興味深く見つめた。
「関都くんも短冊を見てみて!面白いわよ!」
そう。関都に短冊を読ませる事。これが慈美子の本当の狙いである。関都は短冊に次々と目を通していく。すると白い短冊に目が留まった。
「『関都くんと恋人に成れますように』?」
しめた!慈美子の狙い通り、慈美子が書いた短冊を関都に読ます事ができた。慈美子は最初からこれが目的だったのである。慈美子は関都の反応を窺った。
「はっはっはっは!」
関都はギャグ漫画でも読んだかのように大笑いした。慈美子は関都の予想外の反応に戸惑う。これは喜んでいるのだろうか…?
「はははは!誰だ?こんな事を書いたのは~!」
「!?」
しまった!慈美子は重大なミスを犯していた。短冊に自分の名前を書くのを忘れたのである。しまったと思った時にはもう時すでに遅し。慈美子は仕方がなく、しらを切った。
「きっと関都くんの事を想ってる女の子が書いたのよ…」
「はは!美人だといいな」
「そうね…。きっと美人よ…多分…」
「さあ、そろそろ体育館に向かおうぜ」
「ええ」
目論見が外れた慈美子は、関都に連れられて、大人しく体育館に向かうのであった。告白に失敗した慈美子は亡者のようにフラフラ付いて行く。
体育館ではもう全員集まっていた。学生たち待望の大イベントがあるのである。それが「ミスター彦星」と「ミス織姫」を決めるイベントである。このイベントはネット中継されていて、ミスター彦星とミス織姫を決める投票は、一般の人も含めてネット投票で決めるようになっているのである。
「さぁ!今年もやって参りました!『ミスター彦星・ミス織姫は君だ!』コンテスト!」
ピューピュー!
パチパチパチパチ!!
会場は口笛が鳴り響き、盛大な拍手に包まれた。このコンテストは基本当日参加なのである。そのため誰が選ばれるかは全く予想できない。
「関都さん!ぜひミスター彦星に立候補して!」
関都に真っ先に白羽の矢を立てて、檄を飛ばしたのは、他ならぬ城之内であった。関都は、迷子の小猫ちゃんを見つけた犬のおまわりさんのように困った顔をした。
「いや、僕は大丈夫だよ。遠慮しておく」
しかし、城之内は弁慶のように一歩も引かない。そこに慈美子も加勢しにやってきた。慈美子も関都にミスター彦星になって欲しいのだ。
「そうよ!関都くん!ぜひ出て!」
「えー?でもよー…」
それでも関都は気が進まない。しかし、三バカトリオがカラスが騒ぐように、関都を後押しした。
「そーよ!そーよ!関都くん!ぜひ立候補して!」
「関都くんが出れば優勝間違いなしよ!」
「ここで出なきゃ男が廃るわよ!」
関都は考える人のようにじっと考え込み、ついに決心した。関都は男らしく、自分に言い聞かせるように豪語した。
「よし!僕はミスター彦星コンテストに出る!」
こうして関都はステージの袖口に行きエントリーした。関都はステージの脇で待機している。
「さぁ!関都さんがミスター彦星に立候補した事ですし、わたくしもミス織姫に立候補しますわよ!」
城之内の狙いはこれである。関都と共にミスター彦星とミス織姫になるのだ。そのために、関都をミスター彦星に参戦させたのである。それは、慈美子も同じだった。
「もちろん私も出るわ!ミス織姫に!」
それを聞いた城之内は、慈美子を揶揄いにきた。まるで揶揄い上手のガキ大将のようである。
「ほほほほほ!あらあら!地味子さん!恥をかくだけだから出ない方が身のためですわよ?」
「そんな事!出て見なくちゃわからないじゃない!」
「分かりますわ!優勝はわたくしに決まってますの!もう分かってますの!」
「分かってる?それはユニークな表現ね!」
城之内と慈美子はバチバチと火花を散らした。今にも自慢の赤髪に引火してしまいそうな派手な火花である。
2人は躊躇なく、ミス織姫にエントリーした。どっちも優勝する気マンマンである。しかし、勝負は城之内に分があった。城之内には秘策があったのである。
先にミスター彦星を決める投票が行われた。アピールタイム終了後の投票の結果、ダントツで関都が1位であった。2位とはダブルスコアの差があったのだ。こうして関都はミスター彦星に選ばれた。
あとはミス織姫を選ぶだけである。しかし、ミス織姫の投票は、アピールタイムを前に、城之内が独走していた。城之内はこの日の為に学生たちを買収していたのである。
「ほほほ!言ったでしょう?分かってるって!」
「汚いわよ!他の学生を買収するなんて!」
「あらあら?何のことですの?勝ち目がないからっていいがかりはやめて欲しいですわ!」
そして城之内のアピールタイムである。城之内は大きな乳を揺らし、セクシーなベリーダンスを披露した。一般の投票からも城之内に票が集まりはじめた。
「くっ!負けないわ!」
いよいよ、慈美子のアピールタイムである。慈美子は扇風機を持ってステージの上に現れた。
「ほほほ!劣化エアコンなんて持って何をする気なのかしら?」
城之内は初めて見る扇風機にあざ笑った。城之内の家は全室エアコン完備で扇風機など買った事も無かったのだ。
すぅ~
慈美子は大きく深呼吸した。そして、綺麗な美声で歌いだした。会場がざわめいた。とてもきれいな歌声である。まるでプロのオペラ歌手のような歌声だった。その歌声に城之内もたじろいでいる。
慈美子は合唱コンクールの後も一生懸命歌の練習を重ね、プロも顔負けの歌声を身に着けていたのだ。慈美子は世界一に匹敵する声域を手に入れていたのだ。その歌声の魅力はにわか仕込みのベリーダンス比では無い。
「あの女!こんな歌声を隠し持ってましたの!?」
合唱コンクールの頃とは比べ物にならないくらいの成長に城之内は驚く。一般からの投票が慈美子に集まり、急速に城之内を追い上げた。一般からの投票は城之内でも操作できないのだ。
さらに、慈美子は追い打ちをかけるように畳みかける。扇風機の強風に自慢の長い三つ編みを靡かせ、美声で歌い続ける。そして、その三つ編みを一気に解いた!慈美子の解かれた真っ赤な長い美髪は扇風機の風にキラキラ靡いて、宝石のように輝いている。
慈美子の歌声と解かれた自慢の長い美髪がさらさらと靡く姿。この2つが合わさり人々の心を一気に魅了した。城之内に投票していた一般の票は次々と慈美子に流れ込んだ。投票終了まで、何回でも投票し直せるシステムなのだ。そして、ついに慈美子の票は城之内を抜き去った!
「いい~!悔しいですわ~!こんなのありですの~!?」
城之内は激しく悔しがるが、もう城之内にもどうしようもできない。
そして、ミス織姫の投票は終了した。優勝は勿論、慈美子である。ミスター彦星となった関都とミス織姫となった慈美子はそれぞれ彦星と織姫の衣装を着て、表彰台に上り、記念撮影を行った。
この写真は地元の新聞の記事にも載るのである。撮影されながら、関都は驚いた様子で慈美子に喋りかける。
「まさかお前が優勝するとはな」
「…ふふっ!別にこの日の為にって訳じゃなかったけれど、歌の練習をし続けてた甲斐があったわ!」
「扇風機にキラキラと靡くその自慢の赤髪も素晴らしかったぞ」
「ええ!ずっと大切に伸ばしてきた甲斐があったわ!」
2人の彦星と織姫の寄り添い合う写真は、翌日の地元の新聞の1面の隅を飾った。ミスター彦星・ミス織姫の記事が1面に載るのは今年が初めての事であった。
街中でサラリーマンがその新聞を歩き読みし、羨むように呟いた。
「この2人まさにお似合いのカップルって感じだなぁ~」
それを偶々耳にしていたのは城之内であった。城之内は烈火のごとく怒りを露わにした。城之内の瞳は、スポ根漫画の主人公のように燃え上がっていた。
「い~!悔しいですわぁ!!絶対にこのままじゃ済まさないんですから!覚えてらっしゃい!!」
城之内は1人で負け惜しみを呟くのであった。
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